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第十六話 第四の男

 屋敷の玄関から空を見上げる。空はたしかに晴れている。なのに、雨は降り続いている。リサのいた故郷では晴れている日に雨が降る日を妖精の涙と呼ぶ。


 妖精の涙が現れる時は悲しいことが起きると言い伝えがあった。


「嫌な感じ」と思い屋敷に入ろうとした。すると、目の前を白い牡鹿が横切った。この地方では鹿は珍しくない。でも、白い鹿は見た記憶がない。鹿はリサと目を合わす。


「クルウクルウ」と鹿は鳴き、数歩進んで振り返る。


 リサは鹿が誘っていると感じた。雨に濡れるのは嫌だが、気温はまだ温かい。雨に濡れて森の中で凍える可能性はない。


 ここは不思議の島である。ならば経験できることは経験してやろうとリサは雨の中に踏み出した。リサが歩き出すと、鹿も歩き出す。


 鹿は時折と振り返る。リサが従いてきているか確認していた。雨が降る中進んで行くと、森は狭いが開けた場所があった。開けた場所には小さな大理石の墓があった。


 墓の前まで来ると、鹿は森の奥に走り去った。


 鹿は墓の前にリサを連れてくることで役目を終えたのだろう。墓碑銘はレイア・ローズと記してあった。没年から墓の主は十年前に亡くなっていた。


 モジリアニの妻が亡くなったのと同時期なので妻なのだろうが、妙な気もする。


 モジリアニの妻であるなら、こんな寂しい場所に葬る必要はない。他にローズ家の人間の墓がないので、なにやら疎外感すらある。


「何か理由があって他の人と一緒に埋葬できない事情があったのかしら?」


 考えられる可能性はある。モジリアニの妻のレイアは下層階級の人間だった。嫁の出自を良く思わないモジリアニの母ないし父はレイアを快く思っていなかった。


 レイアが亡くなった時はモジリアニの親はまだ生きており、一族の墓の近くに埋葬するの嫌がった。親に逆らえなかったモジリアニは泣く泣く墓を森の中に建てた。


 エランやカインの母は嫁姑問題で嫌な思いをしたのかもしれない。墓を調べると、花は添えられていないが、周りに雑草はない。


 また、清掃も行き届いているので定期的に人がきていると思われる。


 リサは目を瞑り、短い弔いの祈りを捧げる。目を開けると近くに気配を感じた。鹿が戻ってきたのかと思い目をやると、黒いコートを着た人間が立っていた。黒いコートの人間の顔はフードで見えない。


 海賊の仲間がまだ残っていたのかもしれないと、リサはドキリとした。黒いコートの人間の手には鎌が握られていた。リサは一歩を後ずさると、黒いコートの人間が口を開く。


「ここで何をしている」


 声の感じから相手は若い男である。男はリサに対して怒りを感じている。下手なことを答えると危ない。男の手には鋭利な鎌があり斬りつけられれば大怪我する。


「白い鹿に導かれてここにきました」


 鹿が案内してくれたなんて馬鹿らしい言い訳かもしれないが事実だ。男がフードを取ると、フードの下にはエランとそっくりな顔があった。ただ、エランと違い髪は真っ白であり、そり残した髭がある。


 エランに似た男はリサを疑い深くジロジロと見て確認する。

「エランの奴に頼まれて墓を探していたのではないのか?」


 男の言い方から、エランに似た男はエランを良く思っていない。敵意があるようにも見える。

「違いますよ。私の名はリサ。ローズ家にお見合いに来た人間です」


 男の目が険しくなり、鎌を持つ手がぎゅっと握られた。

「エランの妻になるのか?」


 答え方を間違えると命の危険があるな、と感じた。

「いいえ、決まったわけではありません。今回の嫁選びの結果ではカインさんと結ばれる可能性もあります」


 鎌を握る男の手の力が弱まる。男は不機嫌な顔で忠告した。

「カインはいい奴だ。妻になるならカインにしろ。エランは選ぶな。あいつは絶対にお前を不幸にする」


 目の前の男はエランを憎んでいる。これまたなにか訳ありだなと感じた。リサは強気に出て質問した。


「なぜエランさんがダメなんですか、教えてください。嫁入りする私の身にもなってください。いざ嫁に来てこんなはずじゃなかった、なんて後悔したくありません」


 男は言葉に詰まってから乱暴に答える。

「とにかくダメだ。エランだけはやめろ」


 男の顔は厳しい。されど、粘っても理由は教えてくれなさそうだった。


 感じが悪いわ。こういう、何かあるけど、教えない男って嫌だわ。嫌いなら嫌いな理由ぐらい言えばいいのに。


 イラっとする対応だが、ローズ家の人間らしいといえば、らしいともいえる。


「わかりました。では、これ以上は聞きません。でも、名前ぐらいは名乗ってください。私が名乗ったんだから、それぐらいはいいでしょう」


 男は眉間に皺を寄せてリサを睨みつけた。男が答えないので、リサは挑発する。

「それともなんですか、レイアさんの墓の前で名乗れない事情があるんですか?」


 男の顔がグッと引き締まる。怒りではない、悔しさが滲んだ顔だ。リサが目をそらさないと男がぶっきらぼうに答えた。


「クランだ。姓はない」


 やはり訳ありの人なんだなと思った。クランはローズ家に認められなかった人間だ。だが、ここまでエランと同じ顔なので血がつながっていないほうがおかしい。


 エランはローズ家で不自由なく育った。だが、クランは違ったと見える。


「ややこしい家ね」とリサは心の中でうんざりした。ローズ家の家族仲は良いように見えたが、色々と綻びが見えてきた。恵まれたエランとカイン。不遇なロッソとクラン。


 ロッソは境遇を諦めて受け入れているが、クランには明らかに不満がある。だが、不満はエランにだけ向いている。


 エランが当主になると、この家では事件が起きる気がする。カインは次男であり家督に執着していないので、カインもまた当主に収まるかどうかは不明。


 モジリアニが後継者を決めないでポックリいったら、家の切り盛りは大変である。


 他人の家ならゴシップとして楽しめるが、リサはローズ家の一員になる予定なので全くもって笑えない。


 リサはあまり雨の中で話すのも悪いと思ったので切り上げる。


「雨が降っているので体にはお気を付けください。あと、次にお墓に来る時はきちんと供え物を持ってこようと思います。レイアさんが好きだったものはなんでしょう」


 ぐっとクランはリサを睨む。

「何もいらない。ここへもう来なくてもいい。ただ、願いがあるとすれば、この場所は絶対にエランに教えるな」


 リサはうんざりした。同じ母から生まれた兄弟なのに、墓参りすらさせたくないとはねえ。これは憎しみが深いわ、下手に触ると大火傷ね。


「帰り道はあっちだ」とクランが指さした。クランが指さした方角に進む時にちらりと振り返ると、クランは墓の周りで草刈りを始めていた。


 帰り道、先の鹿が目の前を通り過ぎた。鹿が通った後に女性の声がした。


「貴女を救う魔法の言葉。私は貴方を愛しています。私の生涯を貴方に捧げます。フェアリーサークルの向こうに連れてって」


 声は確かに聞こえたのだが、相手の姿が見えない。声は一度だけ聞こえたのみ。声の後には静寂があった。

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