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第十二話 マリアの動機

 芋の皮剥きが終わると、他の野菜の下処理をする。均等な大きさに切る作業はレシアのほうが得意だった。リサは水汲みと薪運びをした。


 具沢山の野菜スープと茹でたジャガイモができた。それだけでも充分なのだが、レシアはさらに卵と香味野菜を乗せたガレットまで焼き上げた。


 食事が完成したところで年配の女中が来る。女中はスープの味をみた。満足した顔でレシアを褒めた。


「いい味付けだ。これならみんなが美味しく食べられる。短い時間でよくできたね」


 ガレットを詰めたバスケットをレシアが女中さんに渡す。

「これはお弁当のガレットです。犯罪者の移送する人の昼食にと思い、作りました」


 レシアの気配りに女中は感心した。

「頼んでいなかったのによく気が付いたね」


「朝起きた時に浜に行ったら波が静かでした。食材を積んだ小船が来ると聞いていたので、罪人を輸送するのなら今日やるだろうと思い、簡単なお弁当を用意しました」


 閉じ込めておいた暴漢が暴れ出すと面倒だ。護送できるなら早く島から運んだほうがいい。だが、問題なく運べるかは疑問だった。


「ベルコさんを苦戦させた暴漢たちを運ぶって大丈夫かしら?」


 リサの不安を女中は笑った。

「大丈夫よ。旦那様とエラン坊ちゃんもついていくから問題ないでしょう」


 大した信頼されようだとリサは感服した。エランの実力は未知数だが、ベルコを相手に一歩も引かなかった。死霊術の腕も街の怪しいヘボ呪術師と段違いだ。


 モジリアニもエランの父なら見かけによらず剣の達人の可能性もある。


 レシアが柔和な笑みを浮かべて提案する。

「私はカインさんに食事を持っていきます。リサさんはマリアさんに食事を持って行ってください」


「これは使用人用の食事でしょう。同じ物をカインさんにお出ししていいのですか?」


 ちょいとばかり意地悪な心が滲んだ顔でレシアにピシャリと言う。


「お客さんが暴漢に襲われるのは家の一大事。そんな時に食事に文句を付ける殿方なら私に相応しくはありません。それならカインさんとの結婚はこちらから願い下げです」


 軍人の娘らしい言葉だと印象を持った。女中を見ると当然だというように頷いている。問題ないと判断した。もし、これでレシアがカインに嫌われたら、リサは失敗しないように参考にするだけ。


 レシアとカインの仲が深まるのは分が悪い。だが、先に台所の女中に話を付けたのはレシアだ。自分から進んで食事を作り完璧に弁当まで仕上げた。ここで僻む態度を見せればリサ自身の格をさげる。


 レシアに先制された事実は認めよう。


 マリアの部屋に食事を持って行くがマリアは留守だった。こんな時に部屋にいないなんてどこに行ったのかと不審に思った。されど、目下の問題は冷めていく料理だ。冷めると美味しくない。


「しかたないわ。私が食べよう」


 食えない時があったリサは食べ物を捨てるのに抵抗があった。料理を食堂に持っていって食べようとすると、マリアが既にいた。マリアの前に手付かずの料理がある。入れ違いになっていた。


 軽く挨拶してマリアがリサに隣の席を勧める。断る理由もないので隣の席に着いた。


「今日の食事会は中止だって。夕食は各自で適当な時間にやってきて摂るようにだってさ。仕方ないよね、暴漢が島に侵入したんだから」


 さらりと言ってのけたマリアの顔には怯えの色が一切なかった。当たり障りのない会話として尋ねる。


「ベルコさん大丈夫かしら、怪我が大したことなければいんだけど?」

「大丈夫でしょう。ベルコは強いから、あの手の戦士は一晩眠れば元通りでしょう」


 ちょいとばかり顔を顰めて非難がましい表情を作る。顔と心の内は違う。マリアの指摘は当たっている。ベルコが不死身や超人だとは考えていない。だが、見ていると不思議な安心感がある。


「ベルコをヒーロー扱いしていいのは私だけです」との妙な独占感もリサにはあった。感情を隠すための表情だった。


 マリアは食事をパクパクと食べる。食事のペースは早い。食べ方を見ていると育ちがわかる。マリアもまたリサと同じく下層民の出身だ。


 下層民の子として育つと、食べられる時に食べる、盗られないうちに食べる、が自然と身に付く。

気取らないで付き合えるともいえるが、用心しないと出し抜かれるので注意が必要だ。


「マリアさんは誰と結婚したいとかありますか?」


 マリア相手に回りくどい聞き方は嫌われる。絡め手から行くと腹の探り合いになりいらない気苦労をする。だからこそ、直球勝負にでた。


 軽い感じでマリアは素っ気なく答える。

「誰でもいいよ、結婚できれば。別にお前が欲しいっていってくれるのならモジリアニでもいいさ」


 モジリアニを狙っているのではないかと、以前に思っていたが本人がはっきり認めた。ならば、マリアの狙いもリサと同じく財産に裏打ちされた平和な生活だろうか?


「さすがにモジリアニさんはないでしょう」


 常識的な回答をして様子を見る。リサの本心もマリアと同じ。エランともカインとも結婚できないなら、モジリアニでも妥協できる。だが、ここで手の内を明かすのは聡明ではない。


 マリアはどう出ると心の内で構えた。

 マリアはリサと視線を合わさずに語る。


「私にはね相棒がいたんだ。男のね。そいつはちょっと間抜けだが愛嬌のある奴だった」


 マリアの顔に悲しみはないが、マリアの相棒は既に死んでいる予感がした。気付かない振りをして先を促す。


「最初は男として意識していなかった。だけど、ある時にこいつとなら一生を楽しくやれると、思った先に相棒はヘマをして死んだ」


 マリアは嘘が上手いが、相棒の死だけは事実だと直感した。

「それはお辛いでしょうね。親しい人の死は誰にでも堪える」


 偽らざる感想だった。リサにも親しい人がいた。親しい人を襲った不幸は金があれば解決できる問題がほとんどだった。だからこそ、リサは今回のお見合いに参加した。


 マリアの瞳がちょっぴりだけ悲しみを帯びた。


「相棒が死んだのは悲しかった。だけど、相棒が死んだ理由が我儘女の気を引くための仕事だったと知り、もっと悲しかった。極めつけには我儘女は相棒の名前すら憶えていなかった」


 マリアも男運がないんだなと同情した。我儘女に対してマリアがそれほど怒りを覚えているようには見えない。ある意味、達観しているのが悲しくもある。


 だが、言葉に出しての同情は蔑みと同義だ。


 マリアの言葉は続く。

「私は相棒が手にできなかった分まで幸せになりたい。だから、ローズ家の男なら誰でもいい。だけど、予感もある。きっと誰と結婚しても私は家庭を壊す。私は幸せブレイカーなんだよ」


 マリアは自嘲したのかもしれないが、リサの心にも突き刺さった。結婚をすれば素晴らしい未来がくる。これは予感ではない。そうありたいと願う願望。母は幸せではなかった。


 だから、自分はああはなりたくないと願う。だけど神様はいつもリサに試練ばかりを押しつける。マリアの言葉はリサが無意識に押しのけていた思いでもある。


 食事を終えるとマリアは席を立つ。


「もし興味があるなら、フェアリーサークルを探すといいよ。せっかくマンサーナ島に上陸できたんだから見ておくといい。環状列石が本当にフェアリーサークルなら幸せを運んでくるよ」


「観光にきたのではないんだけどね」が本当の気持ちだ。でも、モジリアニとエランが外出中で、カインが家の内のことで手一杯な今しかないのも事実な気がした。


 昨日の食事会の話ではフェアリーサークルはよそ者には見せたくないものかもしれない。

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