婚約者の苦悩
短期集中連載作品です。四話で終わります。
次予定の連載がまたシリアスになりそうなので、次までの場繋ぎとして久々のコメディです。
よろしくお願いします。
公爵家息女、ミシェル・ド・シュレディンガー。
大国シェルガルド王国において大公爵の地位にある父と、隣国セルタリア王国第三王女を母に持ち、その清廉な美しさから白薔薇の乙女と呼ばれていた。
ふわりと風に靡く、銀に近い白金の髪。
青い血が流れるような、なめらかな白い肌。
小柄でたおやかな肢体は花の妖精に例えられるほどで、その美しさは周辺国すべてに轟くほどであった。
齢十五でありながら、その知識は政治学の講師を在籍する学園から請われるほどであり、慈悲溢れる心と光魔術を得意とするその魔力で聖女と讃えられ、多くの少女たちの憧れとなる、正に貴族令嬢のお手本となる人物であった。
「……でも、お前って、〝男〟だったよな?」
ミシェルの婚約者であり幼馴染みでもある、金髪の青年――シェルガルド王国王太子ディランが、どこか戸惑うようにそう問いかける。
王宮の庭園にあるテーブルで茶の香りを楽しんでいたミシェルは、花のように微笑んで、白魚のような指先で自分の頬に触れなら、不思議そうに首を傾げた。
「まあ、デュラン様。突然どうなさったの?」
「いや、だって……なぁ?」
誰に同意を求めようというのか、余人を廃した婚約者同士の茶会を行っていた今年十六歳となるデュラン王子は、どこか自信なさげに口ごもる。
ミシェルがデュランとの婚約が決まった十年前は、国内が王家派と貴族派に分かれて権力闘争が繰り広げられていた。
王家は早急に王家派の貴族家から婚約者を得なければいけなかったが、その当時、良い年回りの娘を持つ貴族家は中立寄りが多く、権力闘争に巻き込まれることを恐れて及び腰であった。
そこに白羽の矢が立ったのがミシェルだった。
生まれつき病弱であったミシェルは長くは生きられないとされ、ならばその命を王家のために役立てようと、シュレディンガー公爵家が名乗りをあげた。
シェルガルド王国では、いつ死ぬか分からない病弱な男児は、ある程度成長するまで女児の格好をさせて育てられる。周囲の認識もそうであったことから、情勢が落ち着くまで一時的な婚約なら構わないだろうと、王家もそれを受け入れた。
だが、情勢が落ち着いても婚約解消とならなかった。
ミシェルが光属性に目覚めて自力で健康な身体となり、ミシェルが王太子の婚約者として完璧すぎて、他の貴族家がそれを認めてしまったからだ。
それ以前にミシェルが淑女として完璧だったために、他の貴族家が自分の娘と比べられることに気後れしたのだ。
「幼い頃は、一緒に沐浴したこともございましたでしょ?」
「そうだけどさあっ!」
王家とシュレディンガー公爵家は血の繋がりもあり、王妃と公爵夫人が親友であったことから、幼児であった頃にそんなこともあった。
ディランにはミシェルの他に、遊び相手として二人の幼馴染みがいて、四人でよく遊んでいた。そのときに服を汚したことで四人で沐浴することになったのだ。
だが、それもまだ四歳と五歳くらいの出来事で、確かに記憶では全員男だったような気もするし、自分もそう疑いもなく認識していたのだが、十数年も経った今ではぷらぷらしていた小さな象さんが誰のものだったか曖昧で、よく思い出せない。
ミシェルには一つ下の弟カイルもいるが、病弱だったミシェルと健常なカイルはほぼ同じ体格で、それが認識の混乱に拍車を掛けた。
無理矢理当時のことを脳内で映像化しようとしても、何故か肝心な部分に白い靄のような光線が入って、よく分からなかった。
「あの子も大きくなりましたわ。ディラン様やニコライもそうですが、男の子はやはり違いますわね」
「ミシェルもそうだろっ!?」
結局、話が最初に戻る。
自分の記憶に自信がない。幼児とはいえ貴族の男女で沐浴をさせるのか? これまでの話の流れも、これまでの経緯も、すべてミシェルが〝男性〟であることが大前提であるはずなのに、断定ができないのだ。
「それなら、カイルに聞かれてはどうでしょう? あの子ならディラン様の悩みも聞いてくれると思いますわ」
良いことを思いついたように手を叩いて、可愛らしく微笑むミシェルに、ディランは思わず目を逸らす。
(カイルには聞けないんだよぉおおおおおおっ!)
ディランはそう叫びたかったが、ミシェルの前でそれを言うことは躊躇われた。
デュラン、ニコライ、そしてミシェルとその弟であるカイルが幼馴染みであり、幼い頃から四人でよく遊んでいた。
ディランには妹もいるのだが、その当時は妹もまだ幼く、混ぜると室内の遊びとなるので、男の子の遊びをするときにはいつもこの四人だった。
その当時からカイルはミシェルをいつも気遣っていたように思える。
そして現在、十四歳にしてすでに身長がディランと並ぶほどに成長したカイルが自分を鍛えているのは、病弱な『兄』を守るためだと聞いていた。
カイルもそれを聞かされたディランも、当時はなんの疑問もなかったが、年頃になってカイルがミシェルを見る瞳に戸惑いが見られるようになった。
自分が守ろうとしていたミシェルは、本当に兄なのかと……。
おそらくはもう一人の幼馴染みであるニコライもそうだ。
ディランと同じ歳の彼は、感情の整理ができないのか、しばらく前からミシェルの前に出てこなくなっている。
(逃げやがったな、あいつ……)
ミシェルと二人きりになる自分の身にもなってほしい。
ディランの認識ではミシェルは〝男性〟である。
だが、目の前にいる人物は、どう見ても極上の美少女にしか見えない。
どうしてあんなに肩が細いのか?
指も節くれ立ってはいないし、首回りも細くて骨格も華奢だった。
「どうなさったの?」
「いや……なんでもない」
目を細めて微笑むミシェルの姿に、デュランは言葉にできない感情を抱く。
肌もきめ細やかで、手もスベスベでいつまでも握っていたくなるし、歩いていると小ぶりな胸が揺れているような気もするし、歩くとチラリと見える足首なんて細くて綺麗だし、化粧なんてほとんどしていないのに肌もきめ細やかで、近寄ると良い匂いがするし、睫毛も長いし、唇もぷっくら艶々で、あの唇をいつか自分のものに――――
「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ガンッ!
「ディラン様っ!?」
勢いよく自らテーブルに額を打ちつけたディランは、額からだらだらと血を流しながら、悲鳴をあげたミシェルに端正な顔で爽やかに笑う。
「すまないが、少々疲れたようだ。今日はこの辺にしていいかな?」
「え、ええ。そのようですね……ディラン様、お大事に……」
少々引きながらも心から案じるようなミシェルの瞳に、ディランは心を痛めるが、最後に淑女の礼をとって頭を下げるミシェルの、襟元から胸の谷間でも確認できないかと血を流しながら凝視するディランは、傍から見れば紛う事なき変態であった。
「…………」
ミシェルが侍女を伴って庭園を離れるのを見届け、固まった笑顔のままもう一度テーブルに額を打ちつけた。
「殿下っ!?」
「殿下がご乱心っ!」
ディランは、侍従が慌てて侍医を呼ぶ声を遠くに聴きながら意識を飛ばす。
ディランは両親である国王陛下や王妃に訊ねてみたこともあった。
だが、婚約の流れを知っている国王はミシェルを男だと認識しており、王妃はミシェルを女と認識していたことで夫婦喧嘩になりかけた。
それでも話し合いで、沐浴をさせたことは覚えていても、十数年前のミシェルがどちらだったのか王妃も覚えておらず、最後には二人揃って首を捻っていた。
侍従たちに拘束され、自室に連行されたディランは、額の治療を受けながら真剣な表情で侍医に訊ねる。
「……男同士で結婚したら、子どもはどうしたら作れる?」
「殿下……私は精神科医ではありません」
大変ですね(他人事)
次は騎士団長令息のお話。明日の同じ時間に更新予定です。
これ、恋愛カテゴリーでいいですかね……?