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アリシア

 アリシア。

 現存する国家の中では桁が三つ四つ違う長い歴史と伝統を持ち,悠久王国,千年王城などの異名を持つ魔法王国。

 強固な防衛システムに護られ,侵攻のための軍備を放棄した不戦の国としても名高い。

 またその性格上,世界の存亡に関わる様々な予言が蓄えられており,文字通り世界の知恵袋としても存在感を放っている。

 そのアリシアは,今から五年ほど前に敵によって陥落した。邪神戦争とも呼ばれる戦争で世界をあと一歩まで追い詰めた帝国,その重鎮にして皇帝の片腕と目された漆黒将軍ヴァニティが,少数精鋭での強襲を成功させたのだ。自国に誇りを持つ一国民一兵士に至るまで,しばらくの間はアリシアの終焉を思い描いて眠れぬ夜を重ねた。

 ところがそれは漆黒将軍の孤独な戦いであった。敢えて悪逆非道の汚名を着て帝国の忠実な走狗を演じ,その実アリシアをその侵攻から遠ざけ続けていたのだ。

 その卓越した手腕と,伝説の龍戦士と互角と称される実力で女王ユーリエとアリシアを平和裏に護り抜いた漆黒将軍は,邪神戦争の終焉後ほどなく,アリシア国民の歓呼の嵐に囲まれてアリシアの王婿となった。

 そしてその類まれなる能力は三人の子たちに受け継がれ,次代のアリシアはこれで安泰と,国民たちは大いなる幸福の下で平和を享受していた。

 アリシア王都,クチューラ。

 もうすぐ昼になろうという,うららかな日差しの下を,二人の男女が城館へと続く道を歩いていた。

 城館の入り口を警護していた男が,その二人がこちらへ向かってくるつもりだと判断してそれへ意識を向け,何者かを理解して笑みを浮かべる。

「ようこそ。ご無沙汰しております」

 二人のうち女の方が,こちらも笑みを浮かべる。

「お久しぶりですね,シェスター殿。お元気そうで何よりです」

 警護についていた男,シェスターは,もと帝国黒軍にして漆黒将軍ヴァニティの忠実な部下だった男だ。

 帝国が滅亡した時,黒軍は当然のごとく解散となった。本来ならば敗戦国側の,それもエース部隊であるから,戦争責任を問われるところである。だが黒軍は,漆黒将軍の志に共鳴し部隊ごとアリシア側についた救国の徒ということになっている。

 相変わらず漆黒将軍と,その幸せを支える妻子たちのためにしか動かない堅物たち。事情通ならば誰でも知っている公然の秘密であるが,それは理念の話で,当然のごとく彼らもまたアリシアに根差し,そこで拠り所を作っている。

「エリィ殿こそ。相変わらず,世界中を巡っていらっしゃるご様子」

「あ,あはは…」

 エリィと呼ばれた女は,途端に曖昧な笑みに変わる。

「シャルル殿も」

 その笑みの意味もだいたい察しているシェスターは,しかしそれをさりげなく流してもう一人へと言葉をかける。

「…」

 口の端に僅かに笑みを浮かべて,軽く会釈するシャルル。

「どうぞ,お通り下さい。お待ちかねですよ」

「ありがとうございます」

 エリィが丁寧に言葉を返し,シェスターの前を通り過ぎる二人。

 だが言葉とは裏腹に,二人の五体に不測の事態に備える緊張が漲っているのをシェスターは感じ取る。

(さて,今回はどうですかね…)

 その理由わけも良く知っているシェスターは,にこにこと笑いながらその後ろ姿を見送った。

「お待ちかね…ときたか」

 苦笑しながらシャルルが口を開く。

「半分風物詩みたいになっちゃっているもんね…でも,そろそろ私じゃ厳しいかな…」

 こちらも苦笑交じりのエリィは,やはり臨戦態勢で,軽くステップを踏むような足取りだ。シェスターの前を通過した時は丸腰だったものが,二人とも鎧を装着している。

 シャルルの手にはいつ出したものか,剣も握られており,彼は二度三度とそれを振って感触を確かめる。

「さて…どこからどうくる…?」

 前回は連携の取れた奇襲だった。だが奇策に出るという事は真っ向勝負ができないという事でもある。そろそろそんな手に頼らなくとも,正面から挑めるだけの実力は身に付けているはずだ。

 だがだからこそ怖い。実力で押し切れるところに奇策が上手くはまれば,脅威は絶大なものとなるのだ。

「!」

 カチリ。中庭の中央付近で,エリィを先制飽和攻撃から守るべく心持ち先行していたシャルルの足が,何かを踏み込んだ感触を脳に伝えてくる。

「エリィ,罠だ…」

 そこでぴたりと立ち止まり,シャルルは言う。

 何かの感触は,まだ足下にある。ということは,足を離した瞬間に発動するということだ。

「!…分かった」

 こちらも瞬時に立ち止まっていたエリィが,くるりと後ろを振り返って,後方を警戒しながら距離を置く。自分の身体が物理的にシャルルの反撃を阻害している以上は,そちらの攻撃だけは自分で防がなければならない。

「さて…いくぞ」

「ん…」

 剣を,といっても騎士の剣は早々に返却してしまって王城内の元の場所に保管されているから,大尉クーラ時代に使用していたものの二代目であるが,それを構えて,シャルルは油断なく気を配りながら足をどかす。

「!」

 すると,青空の見えていた上方に突然大量の礫が出現し,自由落下を始める。

 このままいけばシャルルの周りに礫の雨が降ることになる。が,当然そんな甘い話ではない。

 突如として礫たちは加速し,明らかに彼を目がけて飛んできた。

(…神閃の狙撃手か…っ!)

 かつて共に旅をした”仮面の賢者”にしてエリィの叔父,ノーブルことクマルー卿の呪文を思い出すシャルル。

 魔力が尽きない限りにおいては,何でもかんでも魔法の矢(マジックミサイル)にしてしまう非常識な呪文だ。

 ノーブルは無造作に放り投げた投擲弾を片端から魔法の矢にして飛ばしていたが,おそらくは上空の一定範囲にその効果を付与する力場フィールドが形成されているのだろう。自由落下してきた礫がそこを通過すれば,魔法の矢の出来上がりというわけだ。

「ちぃっ!」

 おそらくは起動させた自分を狙う設定になっているのだろう。そう判断してエリィとは別の方向へ跳び退るシャルル。

「!」

 それで初撃はかわせると踏んでいた彼だったが,その見込みは甘かった。地面に着弾する直前で礫は彼の方へと鋭く角度を変える。いきおい,上空から直接こちらへ向かってくるものと,二方向からの同時攻撃のような格好になる。

 避けたら避けただけ攻撃の方向が増え,なかば十二神光雷砲のような状態に近くなる。飽和攻撃にしてしまうのは後手に回る,そう判断したシャルルは迎撃を決断して構えを取る。

音速の蹴撃(ソニック・シュート)!」

 シャルルは礫を蹴って弾き返し,別のそれへと当てる。

 しかし先の戦い以降つねに龍戦士の力を封じ込めている彼に,定点で全てを迎撃するほどの実力は無い。だからいきおい,ジグザクに小さく跳び退っては蹴るを繰り返してちまちまと数を減らしていく格好になり,徐々にエリィとの距離が開いていく。

(エリィは…ん?)

 ちらりと横目でそちらの様子を窺って,エリィが舞神流の礼をしている姿を認めるシャルル。

(なるほど,そうきたか)

 おそらく向こうの狙いは一人一殺だ。こちらへのこの攻撃は,距離を離して助勢できないようにするための一手だろう。

 純粋な格闘の技量ならエリィの方が強いが,武闘家の誇りなどとは無縁の自分には反則技の紅龍がある。二対二ならば展開に応じて相手を変えればいいのだ。

 だがそれは,あちらが本命であるということを意味しない。こちらはこちらで勝ちに来ているはずだ。

(…来たっ!)

 あらかた礫を迎撃し終わったところで,シャルルの視界の隅の方を小さな飛翔体がかすめていく。

<十二神光雷砲トゥエル・ウル・ラーザ!> 

 その飛翔体への見立てを裏付ける古代語が彼の耳に飛び込んでくる。

「!」

 いや,飛び込んできたのはそれだけではなかった。

 こちらを包囲した各々の飛翔体,円盤が反射してこちらへと収束される光雷の中を,その軌道上に己が身体を晒すこともまったく意に介さず一直線に飛び込んでくる者がいる。

「…っ」

 それは彼に忌まわしい記憶を呼び起こさせた。

 同じ世界からやってきた同胞,よき理解者となれたはずの同好の士。彼が名を借りた紅き流星(シャルル)の,恋人の名を借りたミリアが,命を棄てるために挑んできたあの戦いと同じ攻め手なのだ。

<十二神の盾(トゥエル・エージス)ッ!>

 能動的防御アクティブディフェンスで十二神光雷砲を発動するシャルル。こちらもあの時と同じ対応だ。瞬時に周囲に展開した円盤が自動で光雷を反射し,相手の円盤を撃ち落とす。

「!?」

 それに防御を任せて飛び込んでくる相手に意識を移したシャルルが驚愕する。その相手の前面には,今まさに撃ち落としている最中のはずの円盤が展開していたのだ。

(十二神光雷砲の…多重起動だと!?)

 考えられるのはそれしかないが,悠長にそんなことを考えている場合ではない。そんなものを至近距離から直撃されたら生きていられるわけがないのだ。

 もちろん,龍戦士の力をぎ込めば別だ。実のところ向こうの容赦のない攻撃も,それを前提にして組み立てられている。

 だが彼は死んでもそんなことはしたくなかった。万一暴走してしまえば,自分一人の損失ではすまないのだ。たとえこの場所にかつてそれを阻止した実績を持つ人物が居て,その意味では世界中でここが最も安全な場所であっても,もう二度と醜態を晒したくはない。 

<十二神光雷砲トゥエル・ウル・ラーザ!>

 展開していた円盤が一斉に光を放つ。

「ぐふっ…!」

 十二色の光の螺旋に押し出されるような格好で飛ばされるシャルル。

「えっ…!?」

 それは相手にとっても予想外だったようだ。まさか無策で直撃を喰らうとは。そんな驚きが表情を凍り付かせる。

 ここで冷静に考えれば,違和感に気づくことができたかも知れない。本来ならば,シャルルは胴体をごっそり削り取られて胸から上と腰から下に分断されてしまうはずなのだ。五体満足のまま飛ばされるなどという事態にはならないはずなのだ。

 だが彼女にそんな余裕はありはしなかった。

「お…っ,叔父様っ!?」

 一瞬でその顔から血の気が引いた彼女は,植え込みに突っ込んだまま大の字に転がっているシャルルへと駆け寄る。

「ちょっ…何で…なんでっ!?」

 その側にへたりこんだ彼女は,顔を覆ってしまう。

「…大丈夫だよ」

 そこでひょいと上体を起こし,そう言いながらポンッとその頭に手を置くシャルル。

「え…?あ…?」

 目を丸くする彼女。しかしすぐにぱあっと大輪の花が咲いたような顔になり,続けてぷうっと頬を膨らませる。

「う…嘘つきっ!心配したんだからっ!」

「ははは…ごめんごめん」

 感情の豊かなところはさすがに血筋だな,などと場違いに勝手な事を考えながら,シャルルは優しくその頭を撫でる。

「しかし…十二神光雷砲の雨の中に無防備で飛び込んでくるのはいかがなものかだぞ?ルイーゼ」

 こちらがその身を案じて防御に力を割くことまで計算に入れたのだとすれば,それは公正フェアじゃない。そう苦言を呈するシャルル。

「そのへんは大丈夫よ」

 ルイーゼと呼ばれた少女は,しかしにっこりと笑う。

「この手は今回限りだからばらしちゃうけど。ちゃんと私の身体にも反射魔法をかけてあったの。叔父様が防がなければ,全部叔父様に向けて反射されることにはなっていたのよ?」

「…まいったな。だんだんやりにくくなってくる」

 苦笑するシャルル。さすがに龍戦士の力を幾重にも血の中に織り込み,覚醒もしているアリシア女王ユーリエと,伝説の一端を担う最強級の龍戦士たるヴァニティの間にできた娘だけはある。

 僅か四歳にしてこれだけのものを見せられたら,世のほとんどの者が研鑽など無意味と投げ出してしまうだろう。

「エリィのほうは…」

 そちらを見たシャルルは,ちょうどエリィが必殺の一撃を寸止めされる光景を目の当たりにした。

「ま…まいった!」

 負けを認めるエリィ。

 二人は距離を置いて,それぞれ舞神流の礼を交わす。

「…やったあああぁ!」

 するとそれを待ちきれなかったように,相手が喜びを爆発させる。

「やったぁぁ!」

 こちらでもルイーゼが小躍りする。

「…強くなったわねラーラ。いくら第二世代の龍戦士といっても,これだけ見せつけられるとくるものがあるわ。私もいちおう覚醒してるのに…」

 やれやれと肩をすくめながらエリィが言う。

「頑張ったもん!一生懸命鍛錬したもん!」

 えへへっ,と悪戯っぽい笑みを浮かべて,ラーラと呼ばれた少女は言う。

「…」

 シャルルも肩をすくめる。

 公正とは言い切れないところもある。何せ彼女は五歳だ。およそ世界のあらゆる武道は,その実力がピークとなる肉体年齢を相手にするために練られた業だ。これほど不自然に,あり得ないと言ってもいいほどの小さな的を相手にすることはそもそも想定されていない。

 そこへきて,相手がリーチの問題から超密着戦を挑んでくるとなれば,攻め手も受け手もかなりの制約を受ける。そのくせ相手の実力じたいは皆伝級なのだから,反則もいいところだ。

 魔法を使って誤魔化すことを厭わないシャルルならいざ知らず,武技のみで戦うエリィにはさらに分が悪い。

 しかしそれを言い訳にして無効にできるかと言えば,やはりそれは違うだろう。的が大きくなってこちらがベストを尽くせる状態に近づいても,彼女たちの成長はその分を軽く凌駕してくるはずなのだ。

「これでご褒美だねっ,姉様!」

 ぱたぱたと駆け寄ったルイーゼが,ラーラと手を取り合ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「うんうん!ご褒美ご褒美!」

「ご褒美?私たちから一本取ったら,何かもらう約束になっていたの?」

「うん!とってもいいもの!」

「…ちなみにそのご褒美ってのは何なんだ?」

 嫌な予感がする。背筋が震え,シャルルはそれを気取らせないように注意しながらそれとなく尋ねる。

「それは父様たちに会ってからのお楽しみ」

「そうそう,お楽しみお楽しみ」

 屈託のない二人の笑みが,ますます彼の背筋を寒からしめる。

「”純白の舞姫”の称号…とかじゃないわよね,やっぱり…」

 苦笑するエリィの表情もどこかぎこちない。

「もっといいものよ!いいもの!」

「うんうん!いいものいいもの!」

「まぁ,しょうがないな。あんまり無茶なものでないことを祈ろう」

「そうね…」

 ぱたぱたと走り出した小さな姉妹に続いて,二人は歩き出した。

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