十四歳
月日は流れ、お互い十四歳となった。私たちは決まって週末、果てのない海へと続く防波堤の一番端で待ち合わせた。
彼女はある時から椅子をひとつ持って来るようになった。白いペンキが塗られた小さな木製の椅子だ。彼女はそれに腰掛け、ただじっと穏やかな表情で海を眺めていた。
この頃から彼女は町の住民から変わり者だと噂されるようになっていた。少女にはありがちな空想を夢見る時期というには、少しばかり長い時間が私達の間には流れていた。
けれどそれを口にすることは気が引けた。彼女とこうして海を眺めている時間が私は好きだったのだ。この時間だけは、私は寄宿学校のこともいつか父の跡を継ぎ、この町の新しい領主になる未来のことも忘れることができたからだ。
「今週はどうだった? ぼく…いや、私は相変わらず勉強についていけそうになくて毎日大変だよ」
「あら、わたしの前では僕でいいのよ? 未来の領主様」
クスクスと可笑しそうに意地悪く目を細めて微笑む彼女から目を逸らし、「立派な紳士になる為だから」とモゴモゴと言い訳じみたことを口にする。
変わっていく様を身近な人から指摘されるのは、どうにも気恥ずかしいものがある。彼女はそんな私を柔らかに笑い、そして拗ねたように唇を尖らせた。
「また嘘つき呼ばわりされたわ。わたしが嫌いなら放っておけばいいのよ。ねぇ、それよりも学校はどうだった? 何を学んだの?」
彼女は学校には通っていなかった。それもそうだ。この国では貴族か金持ちしか学校には通えない。彼女の家は貧しくはないが、子供を学校に通わせられるほど余裕があるわけではなかったのだ。女ならば尚更、学などというものは不要なものだった。そういう時代で、それが常識だったのだ。
「つまらないことだよ。ティーカップの持ち方やお辞儀の角度はどうのこうのって、本当にうんざりするよ」
彼女と通えればどれだけ良かったか。彼女はこの海の話をするとき以外は、とても話し上手で聞くだけでワクワクするような面白い少女だったのだ。
「そうなの? 学校って大変なのね。ねぇ、それよりも聞いてちょうだい。そろそろ雨が降る季節でしょう? お父さんもお母さんもその時期に海を見に行くのは危険だから行ってはダメだって言うのよ」
「それは…、残念だけど仕方ないよ。波が高くなったらここだって呑まれちゃうんだから。少しの間は我慢しないと」
慰めの言葉を掛ければ、彼女は落ち込んだ様子で小さく頷いた。彼女にとってこの海はきっとなによりも大切なものなのだろう。
夕焼けに染まる海を見つめ、彼女は「そうね、雨が止んだらまた会いに来るわ。それまでは毎日来るつもりよ」と笑って手を振った。穏やかにより寄り返す波に、彼女は温かな焦げ茶色の瞳を細める。
ある時から彼女はこうやって、誰も何もいない海に向かって話し掛けるようになった。姿は見えないけれどそこに人魚がいるのだと、彼女はそう言った。波が返事をするのだと、真っ直ぐと私の目を見て言った。
私はそれに何も言えず、ただ目を逸らして曖昧に笑うばかりだった。これもまたこの町の住民たちが彼女を気味悪る要因のひとつだった。




