出会い
濃紺色の絨毯のような空を、一面に散らばった星たちが眩しく夜を彩る。真っ直ぐと延びる一本の防波堤を、海をも呑み込む暗闇に向かってまだ幼さの残る少女が息を荒げながら走り抜けていく。
細い顎は上を向き、だんだんと走るスピードは落ちていく。両親と喧嘩をしたのだ。とても些細なことが原因だったが、少女は家を飛び出して直ぐ近くにある海へと走った。
何処までも続きそうなその一本道、けれど終わりはある。少女は防波堤の一番端まで来ると肩で大きく息をしながら、溢れ出る涙を小さな両手で拭いながら嗚咽を零した。
今となっては喧嘩の原因など思い出せない。ただ悲しくて寂しくて、心臓が石になったかのように重くて仕方なかった。どうしてこんなにも涙が出るのだろうかとふと不思議に思うも、瞬間にはまた言いようのない悲しみに襲われて涙が出てくる。その繰り返しだ。
そんなとき、パシャリと波が勢いよく跳ねた。それは少女の濡れた頬にかかり、その冷たさにビクリと肩を震わせて少女は恐る恐る夜の海へと目を向けた。
途端に我に返って、今自分はたったひとりなのだと思い知る。夜を笑い飛ばしてくれる父も、温かに手を引いてくれる母もいない。真夜中の暗がりが恐ろしくなり、轟々と風の音を響かせる海に足が竦んでしまう。
その押し寄せる恐怖に、また大粒の涙が瞳から零れたときだった。ふいに今度は控えめにパシャリ、と波が跳ねた。その音の方向に目を向ければ、そこには長い黒髪を揺らし、何処か不安そうに眉を下げる金色の瞳をした女性が海のなかにいたのだ。
「──ッ、だ、だあれ?」
震えた少女の問い掛けに、その女性は驚いたように金色の瞳を丸く見開いた。そして驚きに泣き止んだ少女の涙が止まったことに微笑み、星色に輝く長い黒色の尾を海面へと優しく打ち付けた。音の正体はそれだったのかと少女は納得し、そして同時に彼女が人魚なのだと知る。
「──あぁ! 良かった、ここに居たのね。大丈夫よ、ママが悪かったわ。さぁお家に帰りましょう」
少女は突然聞こえた母親の声に小さく飛び跳ね、そして自身を抱き上げる母親の首に反射的に両腕を巻き付けて海へと振り返った。
「ママ、ママ! 今そこにね、」
けれどもうそこに人魚の姿はなかった。ただ静かに波を揺らす海が広がっているだけ。少女はパチパチと瞬きを繰り返し、「なんでもないわ」と頬を擽る母親の豊かな髪に顔を埋めて囁いた。
優しい人魚のことは秘密にしておこう。この夜の間だけは、私だけの秘密にしよう。
泣き疲れた少女は母親の温もりに安堵し、ゆっくりと思考を手放していく。明日、両親に話してあげよう。涙を拭ってくれた人魚のことを。そしてもう一度、会いに行くのだ。優しい人魚に、ありがとうと伝えるために。
水葬の魚たち - 完 -