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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第一章 病人を救う
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シルア

 女は観念した表情でたたずんでいる。正直自分でも無我夢中で記憶が定かじゃないけど、日本にいたときは試合でもここまで冴えた動きが出来たことはなかったと思う。試合ではない本当の戦闘を行って、私の何かが覚醒したということだろうか。先ほどのゴブリンとの戦闘といい、まるで自分が自分じゃなくなったような気分になる。


 私は喉元に剣を突き付けたまま尋ねる。


「あなたの名は?」

「シルア」

「なるほど。シルア、諦めてくれたかな?」


 はいと言われたら解放するのだろうか、と自問しつつ私は尋ねる。


「諦めるどころじゃないですよ。勝てる気が全くしませんもん。ていうか、あなたはいいんですか?」

「何が?」

「何がって実に決まってるじゃないですか。あなたも実をとりに来たんですよね?」


 シルアはまっすぐな瞳で私を見つめる。欲しいものは奪ってでも手に入れる。そのために実力をつける。おそらく彼女はそのような思想の持主なのだろう。それゆえ私のやり方に疑問があるのだろう。ただ、それ以上に彼女の瞳には何か強い気持ちを感じた。例えば、私に何かを期待しているような。それが何なのかは分からないけど。


 結論が出ているとは言っても私も自分の中に迷いも葛藤もある。でも、出来るだけそれを表に出さないように毅然と答える。


「あの娘には病気の母親がいる。私は今のところ健康。理由はそれだけ」


 言ってから私は小さな痛みを感じる。だって私は全く健康じゃないから。


「!?」


 それを聞いてシルアは驚いたようだったが、少しずつ表情が複雑なものに変化していくのが見える。そしてシルアはどこかほっとしたような何かを決意したような表情になる。


 私が彼女のこの時の気持ちがどういうものだったのか分かるようになるのはもっと後のことだ。この時の私はよく分からないまま、彼女をこの場にくぎ付けにするべく台詞を発する。


「ということで分かってもらえた? 分かってもらえてなければ夜明けぐらいまでずっとこうしてるけど」

「分かりました。あなたはどうしようもなくお人好しだということが」


 あまりお人好しと言われても嬉しくはない。

 だが、シルアの心がふっと緩んだのは伝わってきた。


「そこはとても優しい人だ、とかそんな感じで言って欲しかったんだけど。それでどうする?」

「分かりました。実は諦めるのであなたを下さい」

「は?」


 彼女の意図がさっぱり分からない。

 こんな時間にナンパするのは非常識なんじゃないだろうか。私は困惑する。困惑する私をよそにシルアは私をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。


「私は単にお金のために実を探してたんですが、あなたに出会って実なんてどうでもよくなりました。この世のものとは思えない剣の腕。一生に何度も出会うことのない生命の実をあっさり譲っちゃうところに憧れました。ご一緒させてください」


 彼女は割と真剣な表情で言う。直感的に私は彼女が全てを語ってないような気がする。と言ってもそれがどういうことなのかはよく分からないが。ただ、命乞いにしては手が込んでいる。そもそも私が命をとる気がないことは彼女なら分かるはずだ。


 でも、この世界に詳しくない私に道連れが出来るならそれはそれで嬉しい。それに彼女にどんな目的があるにせよ、彼女が私に不利益を与えてくることはないはずだ。何せ私は何も持ってないのだから。この世界で恨みを受けていることもない。こうして私は不可解ながらもシルアを受け入れることにした。


「いいけど、私について来ても何もないよ?」

「いいですよ、私はただあなたを尊敬しているだけなので。それで、お名前は?」


 そんな手放しで尊敬されても困るんだけど。彼女には裏があると思った方がむしろ落ち着く。


「沖田霞」

「……聞きなれない名前ですね。とりあえず沖田さんってお呼びします」

「うん。それで早速なんだけどシルア、私と行動を供にするなら知ってもらわないといけないことがあるんだけど」

「え……なんですか? 実を探してるってことはもしかして……」


 いや、それもそうなんだけど。とりあえず今から言うのはもっと直近のことかな。


「今晩の寝床をなくしたんだけどどうしたらいいかな」

「え? 何でですか?」


 シルアはきょとんとした表情で尋ねる。


「だって私、さっきの娘の家に泊めてもらってたんだよ? 今戻ったら彼女、私に気兼ねして実を母親に食べさせてあげられないでしょ」

「実を譲った上に、そんなお人好しな!」 


 シルアが愕然とする。まあ自分でもそう思うけど。

 でも、こういう流れになった以上、黙って去っていくのが美しいのではないだろうか。


「ていうか私だって盗みにこの村に来たのに宿なんてとってるはずないじゃないですか」

「確かに!?」


 こうして、私の異世界一泊目の夜は野宿になったのだった。


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