アリアの母親
アリアが作った夕飯は普通の洋食だったけど、パンに添えられているジャムが見たことのない色をしていたり、サラダに知らない野菜が入っていたりとところどころ異世界なんだなと実感する。
私が料理を物珍しそうに見ていると、アリアは照れたように頬を赤くする。
「そ、そんなに大層なものではないのですが……」
そこで私は料理を見て固まってしまっていたことに気づき、慌てて誤魔化す。
「ち、違うの、いや、違くはないんだけど何というか私の故郷の料理とは全然違うなと思って」
「え、すごく普通のものを作ったつもりですが……」
アリアは困惑している。それを見て私の方まで動揺してしまう。確かにメニュー自体はいたって普通なんだけど、でもこんな食材知らないとか言ったらまた心配されそうだし。
「……いや、それよりもまずは食べよっか」
結局うまい返しを思いつかなかった私は話題を変えることにする。
「はい、召し上がってください」
アリアの作った食事はどれも新鮮な味がした。サラダはみずみずしい食感の野菜に香ばしいドレッシング、スープは肉や野菜が柔らかく煮込まれていて口の中に入れるととろとろととろけた。パンはふわふわしてほのかに甘く、スープに浸して食べてもおいしかった。
飲み物は甘いけど一筋の苦みが混ざっており、飲んだことのない味だった。普段あんまり飲まないけどコーヒーに似ている気がする。食べている間の私の表情の変化が珍しいのか、アリアはおろおろして食事に集中できないようだった。
「ふう、ごちそうさま」
「あの、そんなに珍しかったですか?」
「うん、そりゃもう」
「そんな反応されたことないので照れてしまいます……。これまで普通の村娘としてしか生きてこなかったので」
そう言って赤面しているアリアは少し可愛かった。
その後私はお風呂をいただいたり、アリアの話を聞いたりした。アリアの父親はそこそこ名の知れた魔物ハンター(そういう仕事がこっちにはあるらしい)だったが、ある日強敵と戦って帰らぬ人となった。
幸い蓄えはそれなりにあったものの子育てと生計を両立させようとした母だったが、過労がたたって寝込んでしまったらしい。体力が落ちたところに病をもらってしまい、村の医者も首を横に振っているという。
「でもすごいね、そんな状況で一人で家を支えているなんて」
生まれてこのかたずっとぬくぬく育てられてきた私は感心する。
「いえ……。蓄えも薬もあとどれくらい持つやら……」
アリアは肩を落とす。正直、通りすがりの私にはなんて言葉をかけていいやら分からなかった。薬は高価だろうし若い娘一人で二人分の食い扶持を稼ぐのも大変だろう。
ただ、そもそもまず私自身の生計も寝床もない状態で他人の心配をしようというのがおこがましいことに気づく。私が重苦しい気持ちになっているとアリアはぱっと顔を上げた。
「すみません、助けていただいたのに嫌な気持ちにさせてしまって。でも実は治るかもしれない方法があるんです。だからそれを試してみようと思います」
アリアは何か重大なことを決意したような表情で言う。治るかもしれないという割にはあまり明るい表情ではない。
「本当!? それは良かった」
そう言いつつも私は疑問に思う。普通、そんな方法があるならすぐ試しているはずだ。試していないとしても、ああいう話し方にはならない。もっと明るい話し方になると思う。ということはそれは何らかの問題がある方法ということになる。危険が伴うか、副作用があるかもしれないのか、それとも倫理的に問題があるか。
でも、アリアの決断に私がいいとか悪いとか言う筋合いはない。私に出来ることがあるとすれば。
「ねえ、もし危険があることだったら私も一緒に行くけど」
が、アリアは静かに首を横に振った。
「ありがとうございます、でも危険とかはないですから」
私は別に他人の嘘を見破るのが得意とかではないけど、アリアの表情からは嘘をついている雰囲気は感じられなかった。というか、病気の母親を助けるためなら私への申し訳なさとかにこだわらずに私に助けを求めてくる気がする。だからやはり剣の腕で何とかなることではないのだろう。まあ、普通病気の母親を治すのに剣の腕は必要ないか。私は少し罰が悪くなる。
「さて、寝ようと思うけど布団だけ貸してもらえない? 私床で寝るから」
「え!? そんな、恩人を床で寝かせるなど私には出来ません! 私が床で寝ます!」
アリアが血相を変える。そうか、こっちの人はそういう風に思うのか。
「違うの。単に私の出身地では床に布団敷いて寝てたから寝台だと落ち着かないってだけ」
「なるほど、そうだったんですね」
アリアはほっとしたように息を吐く。日本で例えるなら恩人を庭に布団敷いて寝かせるようなものなのだろうか、と思って私は勝手に納得する。
こうしてなかなか濃厚だった異世界一日目は幕を降ろし、私は布団に入った。もしかしたら人生で一番濃厚な日だったのかもしれない。いや、去年の大会で負けた日の方が強烈さでは上だったかな、などと考えているうちに疲労がまぶたを押し下げ、私は眠りに落ちた。