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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第四章 シルアを救うⅠ
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龍との戦いⅢ

「冗談ですよ。ところで沖田さんは毒に強いんですよね。ここに私お手製の毒消しがあります」


 そう言ってシルアは粉末の入った紙袋を見せる。


「これを使えばあの鬼殺しですら半殺しぐらいになります」


 半殺しも嫌だけど。


「それでどうしろと?」

「これを水に溶かして頭から被れば、龍の毒気にも勝てるかもしれません」

「なるほど。火事のとき頭から水を被って救助に行くみたいな感じだね」

「まあそうですね」


「でも近づいたとして、どうする? もう毒は効かないし、私が本気出しても剣だけで頭を斬り落とせるとは思えないけど」

「そこでここに消毒薬があります。相手が毒性の生き物なら今度は消毒薬を剣に塗れば弱点になるかもしれません」

「なるほど」


 分かるような分からないような話だが、シルアは私より毒に詳しい。もとより、薬に頼らずとも私の剣技だけで斬り伏せる気で臨めばいいという話でもある。


「分かった」

「じゃあ早速この水を頭から被ってください」


 シルアはすでに毒消しを溶かした水を作っていた。

 が、シルアの目は龍と戦っていることとは違う種類の興奮に包まれているように見える。私は不穏な気配を察した。


「はい、後ろ向いて」

「ちょっ、何でですか! 沖田さんの服が透けて水がしたたるなまめかしい姿を見たら私もやる気百倍ですよ!」

「シルア、出会ったころとは違う方向性でいい性格になってきたよね」

「ありがとうございます! 褒めていただいたのに免じて後ろ向いときますよ」


 結局、私はまだ生え残っていた木の後ろに隠れて水を浴び、龍の方へと走ったのだった。後に聞いたところによるとシルアは鏡を使って後ろを向いたまま私の濡れ姿を見ようとしていたらしい。恐るべき執念であると言わざるを得ない。


 さて、全身水浸しになった私は近くの民家から分厚そうな毛布を拾ってくるとそれを羽織る。羽織ってから毛布の方を水に浸せば良かったと後悔するが時すでに遅し。私は毛布を被ったまま龍の方へ向かっていく。シルアからの変な視線を避けたかったというのもあるが、毛布の方が薬をたくさんしみこませるのにいいと思ったからだ。


 さっきまで私の濡れ姿を見ることしか考えていなかったシルアは姿を消したかと思うと遠くから龍に向かって礫が飛んでいた。龍の注意がそちらに向き、毒霧が吐き出される。その隙に私は龍へと距離を詰める。


 三つ残っている頭のうちの一つが私に向き直り、毒を吐く。肌がぞわぞわして危険だと直感が告げるが私は意を決して龍の首に一直線に走っていく。霧にふれた毛布はすぐにぼろぼろになって吹き飛ばされていく。毒霧が私の身体に直接触れて皮膚を焦がすような痛みが走る。鼻の奥がツンとして吐き気がこみあげてくる。


 しかし、それだけと言えばそれだけだった。木造家屋でさえ溶かしていく霧に飛び込んで大丈夫というのはシルアの薬がすごいのか、私の体質がこの世界でよほど特殊かのどちらかだろう。

 気合を入れて吐き気と痛みに耐え、私は龍の首の根本に到着する。予想外に私が倒れないことに慌てた龍は私を牙で両断しようと首を伸ばしてくる。


 龍の鱗でさえ一閃する牙と撃ち合って勝てる訳はない。


 だから、やるなら一瞬。


 牙が当たるより早くに龍の鱗を貫かなければならない。

 向かってくる龍の頭に向けて神経を研ぎ澄ませる。ごつごつした鱗。血走った目。禍々しい霧を発し続ける口内。剣よりも大きくて鋭利な竜牙。それらが完全に視認出来るぐらいまで近づいてくる。


「ここだ!」


 私はこめかみの辺りに向けて突きを繰り出す。急所だけあって堅牢な鱗で守られており、腕に激痛が走る。


 が、間髪入れずに突きを繰り返す。ぐさり、という鈍い感触とともに剣がこめかみに沈み込み、牙は私の目の前で制止し、やがて崩れ落ちた。


「あと二つ」


 鱗は堅牢で突いた私の腕も痛むし、気を緩めると毒霧の吐き気と痛みにやられそうになる。


 が、左右から二つの首がこちらに迫る。浅い斬撃を浴びせたところで意味はない。ふと足元に今さっき倒したばかりの龍の首が転がっているのに気づく。口はちょうど人一人丸のみ出来そうなくらいに開いている。


 ならば。私はとっさに口内に飛び込む。死によって毒を分泌しなくなったのか、意外と居心地は悪くない。そんな私を死体ごと一閃しようと牙が迫る。


「!?」


 私は思わず体を喉元に突っ込む。直後、いきなり私の目の前が明るくなる。口の辺りは牙により一閃され、私が潜り込んだ喉元だけが残る形となった。


 が、攻撃を終えたところで龍の頭が正面になる。


「うおおおおおおおお!」


 私の突きが龍の脳天を襲う。同じ場所を正確に三度。突きは頭蓋骨を貫き、脳を直撃する。断末魔の悲鳴を上げてその首も絶命する。残った首は一つ。私に向かって他と同じように牙を構え、毒霧を吹き付ける。


「まだやる?」


 そこで私の身体から凄まじいばかりの殺気が放出された、のだろうか。不思議なことに龍は一瞬だけしり込みした。


 死闘の末に私は龍ほどもたじろがせる殺気を会得したというのだろうか。この好機、逃す訳にはいかない。


 次の瞬間、私の剣は龍の口内を舌ごと貫いた。剣を抜くと龍は苦悶し、やがて絶命した。


「ふう、やっと全部終わった……」


 戦いの緊張から解き放たれると急に体中を疲労が襲う。鱗を貫いた衝撃でやられた手首、毒にやられた皮膚、そして吐き気と疲労。


 だが心臓さえ手に入れれば……。私はほとんど執念のみで体を動かし、心臓がありそうな箇所の鱗の隙間に剣を入れ、梃子のように鱗をはがす。


 龍の内臓や肉の奥に、不思議な七色の光を発する物体があるのが目に入った。よく分からないがこれこそが心臓だろう。私は血まみれになりながら龍の体内に侵入し、光る心臓らしきものを取り出した。触ってみると心臓は人の体温より熱く、膨大な生命力を感じさせた。これを口に入れれば、健康な身体が手に入る。


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