龍との戦いⅡ
シルアが剣を吹き終えると刀身が禍々しい緑に染まっている。龍を倒したら元に戻るのかちょっと不安になるが、それは後の心配だ。ちなみにシルアが毒を塗っている間、何度か私たちの上を炎が通り過ぎていった。徐々に熱が近づいてきているのが怖い。
「ただ、鬼は殺せても龍が殺せるかは分かりませんが」
「もし殺せたら今後は“龍殺し”に改名したらいいよ」
そう言って私は家(だった建物)の物陰から飛び出す。私を探していた龍の首だったが、私の姿を見ると奇声を上げて襲い掛かってくる。そしてまたまた炎でも吐こうとしているのだろう、口を大きく開く。
そのとき私は嫌な気配を感じた。反射的に地面に臥せる。直後、私の背筋が凍り付くような寒気に襲われる。これは恐怖から来た寒気ではなく物理的な寒気だった。
龍の吐息が私の近くの地面に着弾して草花を凍り付かせる。よく見ると今度はさっきのとは違う頭だった。この化物は頭によって吐き出してくるものが違うのか。
ただの風、炎、冷気。
複数の頭が連携して攻めて来るとなれば厄介だ。冷気を通り過ぎた後に私が生きているのか確かめようとしているのか、単に食べようと思っているのか、炎の頭がこちらに近づいてくる。よく分からないがチャンスには間違いない。
私は寝転がったまま剣を握る手に力をこめる。
が、そんな私の殺気が伝わったのだろうか。龍の頭は咆哮を上げると突然加速して襲い掛かってくる。もしかしたら口を開けて息を吐くよりも全速力で噛みつく方が速いのかもしれない。
次に私が見た瞬間には私の目の前には私の剣よりも長い牙が迫っていた。
が、視認など必要ない。それに正確に私を狙ってくるということは私の目の前にいるということでもある。私はひたすら目の前にいる相手に突きを繰り出す。
龍の牙が私に接触する前に私の突きは三度龍の頭をえぐった。たまらず龍は私から距離をとる。頭部からは体液があふれ出ている。そして今度は遠距離から吐息で私を仕留めようと口を開く。
が、そこで龍は壮絶にせき込んだ。咳とともに業炎が噴き出す。これは伏せてもかわせない。私はとっさに爆風に身を任せて吹き飛ばされるようにして転がっていく。
瞬間、目の前は炎に包まれたがどうにか私は助かったらしい。
「普通に息吐いてくるよりこっちの方が手ごわいんですけど」
「でも沖田さんのおかげで鬼殺しが効くことが分かりました」
そう言ってシルアは建物の影に姿を消す。何かやれそうな雰囲気だったけど、何をする気なんだろう。
さて、炎の頭はそのままうなだれて行動不能になっているようだけど、代わりに別の頭が三つ同時にこちらに向く。先ほどの三連突きで接近戦は不利と察したか。まずい。さっきの炎みたいに、遠距離の広域攻撃を受ければどうしようもない。
だが、龍が口を開けたとき、不意に真下から二本の短剣が飛来した。龍も呼吸については普通の生物と同じらしい。息を吐く前に息を吸う。そのタイミングを突いて短剣は口内に飛び込んだ。タイミング、速さともに完璧だったと言わざるを得ない。
「ぐはああ!」
短剣を飲み込んだ龍は反撃なのか嘔吐なのか、真下に向けて稲光のようなものを吐き出す。シルアは大丈夫だろうか。
しかし今はシルアを心配している暇はない。両隣の首が動きを止め、残った首は動揺したのか動きが鈍る。私は残っている数少ない民家の屋根を踏み台にして龍の首へ跳ぶ。
「覚悟!」
とっさに龍は首をよじって避けようとする。目の前にあった首が消えて、私の目の前には龍の首の根本が現れる。一見すると鱗は堅そうだが、何度か近づくうちに鱗と鱗には隙間があることが見て取れた。私はその間隙を狙って突く。剣は何か堅い物にぶつかり、そしてそのまま皮膚を貫く感触があった。これで四つ目。
そこでふと私は気づく。今私は龍の首の根本にいる。必然的には目の前には龍の巨体がある。このまま胴体を攻撃すればいちいち首を全部落とさなくても大丈夫なのでは? 胴体にとりついていれば息で攻撃することもなくなるのでは?
そう思った私は龍の鱗に手をかけて胴体によじ登る。そんな私の方に残った三つの首が向かってくる。そして毒を受けた首の根本にかみついた。
「!?」
龍牙一閃、堅牢な鱗に覆われていたと思われる龍の首も一瞬で切断される。あれは人間が毒を受けたとき手や脚を斬り落とすのと同じ種類の行動なのだろうか。
私が呆然としていると一つの首が大きく口を開き、地に堕ちた首をぱくぱくと食べ始める。あれは何の首だったか。そう言えば遠くから一度だけ見た気がする。あの首が吐いていたのは紫色の霧だった。もしかしてあれは毒の首なのだろうか。だから毒を受けた首を食べることも出来る。
すると、奇妙なことが起こった。龍の鱗がじんわりと紫色に変色していくのである。この毒々しい色は先ほど首から吐かれていた霧の色と同じであった。もしや龍は毒を受けた首を食い、毒性を強めたのだろうか。
反射的に私は龍の身体から離れる。もし龍が毒を受けたことで毒を操る力を手に入れたのだとすれば今度は他の手で首を落とさねばならない。それに、紫色になりつつある鱗にしがみついていて無事とは思えない。
そう言えばシルアは無事だろうか。私も他人の心配をしている余裕はないけど、先ほどの稲妻の攻撃を受けていないといいけど。それに龍の首二つを同時に仕留めた手際は鮮やかだった。彼女を頼りに思ってしまうのは癪だったが。
私が龍から距離をとっていると残った三つの頭がこちらを向いて口を開く。三つとも、口の中が紫色の霧に染まっていく。そういう生物なのか。仕方がないので私は近くの民家の影に隠れる。
龍が毒霧を吐くが今回は風圧で民家が倒壊する兆しはない、と思っていると民家がみるみる紫色に染まり、朽ちた木が自然に倒れるようにくしゃりと倒壊した。そして、倒れたところから紫色の霧が流れてくる。私は身をかがめるが、頭上を流れていく霧はふんわりと漂いながらこちらに流れてくる。
そうか、今までの吐息はまっすぐ飛んでくる攻撃だったけどこれは拡散する攻撃なのか。慌てて顔を袖で覆うものの、鼻から霧が入り込んで鼻の奥がツンとしたかと思うと私は盛大にせき込んでいた。
「うぇっ、げほっ、ごほっ」
ふと私の顔を覆っていた袖が毒のせいだろうか、溶けているのが目に入る。
「うわあ」
が、袖がぼろぼろになっているのに反して私の皮膚は健康そのものである。毒気が直撃したからでないせいとも言えるが、悪魔の言葉を思い出す。私はこの世界の毒には全般的に耐性があるのかもしれない。
私は意を決して、多少毒霧に触れることも厭わずに身体を起こして走り出した。幸い、毒霧が目くらましになって龍からはこちらを視認出来ないはず。辺りを見回すと石で出来た窯のようなものがあった。鍛冶場だったのだろうか、建物はすでに倒壊して丈夫な石造りの窯だけが残っている。私はとっさにその中に駆け込んだ。
「沖田さん…」
「うわひゃあっ!?」
突然窯の奥からささやくような声がして、思わず私は思わず間抜けな声を上げてしまう。
思わず声のする方を見ると窯の壁だと思われた部分が盛り上がりシルアとなった。完全に気配を殺して潜んでいたのだろう、全く気付かなかった。
あちこちにかすり傷を負い、稲妻を多少受けてしまったのか焦げた臭いもするが元気そうではあった。シルアは驚く私を見て憮然とした表情をする。
「沖田さん、魔物を見た時でもそんな悲鳴上げなかったですよね?」
「いや、完全に気配と同化してたから。私でも気づかないってなかなかないよ」
私も他人の気配を察知することにはそれなりの自信があったけど。この能力が私のために使われたことに心の底から感謝する。シルアは立ち上がると私の身体を舐めるように見る。
「沖田さん、やっぱりスタイルいいですね」
ふと自分を見下ろしてみると、戦闘のあれこれや毒霧のせいでところどころ服が破れて肌が露出している。我ながらひどい姿だ。
「気づかれてないんなら不意打ちして襲い掛かれば良かったです」
「斬るよ」




