龍との戦い
道を歩き始めるとすぐに王都の方から向かってくる大勢の人々と出会った。身なりは様々で、農民や商人、町人まで混ざっていたが皆手荷物だけ持ってかなり急いでいるのが見て取れた。というか私たちは道を逆方向に進むことが出来ず、道の脇の草むらを歩くことを余儀なくされた。
「あんな化物見たことない」
「王都はもう終わりじゃ」
人々は口々にそんなことを言う。道を埋め尽くすようにして行進する人々に話しかける気もおきず、私は道の脇で休んでいる農民を見ると声をかける。
「化物は今どこにいるの?」
「王都の北西から村を破壊しながら王都へ向かってきてるらしい! 王城と同じぐらいの大きさで九つの首を持ち、吐く息だけで家を吹き飛ばすらしい!」
農民は唾を飛ばして手をぶんぶん振り回しながらしゃべる。首の数が増えているのは噂に尾ひれがついているのか、本当に増えているのか。
「じゃあまだ王都にはついてない?」
「どうだろう、化物の移動は気まぐれらしいからな」
農民は首をかしげる。まあ、彼が大したことを知っているとは思えない。
「急ごう、シルア」
「でも沖田さん、龍が王都に着いてからなら王都の人々も迎撃に協力してくれるかもしれませんよ」
「そんなことしたら王都に被害が出るでしょ」
「でも倒すのに失敗したらより被害が出ますよ?」
「うーん、それは気が咎めるけどそこは絶対倒すっていう気持ちで行くしかないんじゃないかな」
それに、共闘相手がいると私が心臓を手に入れられなくなってしまうかもしれない。他の人にとられる可能性もあるし、魔法などで遺体を粉々にされることもある。
すると私の言葉にシルアははあっとため息をついた。
「困りましたね、王都の人々と一緒に戦う感じなら戦いのどさくさに紛れて心臓を手に入れやすいかと思ったんですけど」
「そういう正直なところ、本当に好きだよ」
そうは言いつつも、シルアは私の安全を気遣ってその提案をしてくれたのではないか、という気が何となくした。
「そんなこと言われたらやっぱり手に入れたくなってしまいます」
「じゃあせいぜい頑張って」
「もう」
少し王都に向かって歩いていると、王城と同じ大きさとはいえないまでも王城の半分ぐらいの黒いかたまりが遠目に見えてくる。黒いかたまりはゆっくりと王城に進んでいた。足元にはかすかに村だったようなものが見える。
私はちゅうちょなく黒いかたまりに向かって進路を変える。あれがレーリアが自分の命と生命の実を使って呼び出した化物。確かに王国を倒す戦力としてだけ見れば、これはかなり得な交換には違いない。
しかしこれはただのテロに過ぎない。能力も動機も情熱も間違ってはいないと思うけど、目的だけが間違えられている。まあ自分の命のために化物と戦っている私に言われてもレーリアも浮かばれないかもしれないが。
近づいていくにつれて化物の姿が徐々に明らかになっていく。全身を覆う黒々とした鱗。七つの首はそれぞれ意志を持って動き回り、そこから吐く息は家屋も大地も破壊していく。
それぞれの首は数メートルずつの長さがあり、胴体は大きめの屋敷一軒ぐらいの大きさがある。背には一対の翼があり、時折羽ばたいては巨体を飛翔させていた。もしかしたらこれが首に数えられて九本になっていたのかもしれない。
龍は一通り村を破壊すると次の村へと飛び上がる。破壊衝動のみによって生きている生き物なのだろうか。龍が着地するとそれだけで地鳴りがして、掘っ立て小屋などが倒れていく。そしてゆらゆらと周囲に土煙が巻き上がる。
私たちとは何から何までスケールが違い過ぎる。
「沖田さん……あれとどうやって戦えばいいんでしょう」
シルアが呆然とした表情で言う。
「どうするもこうするも、首を一つずつ切り落としていくしかないんじゃない?」
相手が人間だったら急所を一突きにすれば倒せるけど、化物の急所とかはよく分からない。心臓を一突きにしようにも胴体が大きすぎて場所が分からないし、第一、一突きにしてしまった心臓で私の寿命が延びるのかも分からない。
「斬り落とせるものなんでしょうかね?」
シルアに訊き返されるが私にもよく分からない。
とはいえ、胴体よりは首の方が鱗は薄いはずだ。
「さあ」
言うが早いか私は龍に向かって駆けていく。私の姿を見た首の一つがこちらに向かって息を吐いてくる。首とは言うものの、七つある頭のうちの一つだけで虎とかの頭よりも大きい。つまり猛獣七体と戦っているようなものだが、幸い相手は侮っているのだろう、今こちらに向かってくる頭は一つだけだった。
吐息が突風並みの威力を持っていると分かっている以上避けるしかない。私は近くの民家の屋根に飛び乗る。直後、私が立っていた辺りの地面の雑草が吹き飛ばされむき出しの茶色が広がっており、その中央にはきれいな穴が空いていた。
私はその息吹が通り過ぎていった直後に剣を抜き、首に向かって跳躍する。
龍は私ごときに負けるとは露思わないのだろう、その視線はわずらわしい蠅に対する程度のものだった。そして、私を一呑みにしてやろうとばかりに牙を伸ばしてくる。
私は龍の眉間に向けて突きを繰り出す。龍の牙は空をきり、次の瞬間私の手首に鉄板でも貫いたかのような衝撃が走る。
「痛っ!」
どうも私の突きは眉間を突いたものの貫くことは出来なかったらしい。鱗が固すぎて攻撃したこちらの方が痛いぐらいだ。剣道は当てれば勝ちだったから、こういう固い相手との戦いはよく分からない。
「ぐおおおおおおおおおおおおお」
龍の頭は悲鳴を上げて遠のいていく。私の手首はびりびりとしびれているが、龍の眉間からは赤黒い液体が噴き出しているのが見える。一応私の攻撃は龍に何らかのダメージを与えたらしい。
が、すぐに別の頭がこちらに向かって近づいてくる。私は急いで近くに建っていた家の影に隠れる。が、それだけでは不十分だと思い直して私は家の影で伏せる。
直後、私のすぐ上をすさまじい熱気が通り過ぎていった。噴き出された炎により家の上半分が吹き飛んでいる。
「沖田さん、大丈夫ですか?」
シルアが駆け寄ってくる。伏せたまま話すのは格好悪いとは思ったが、身を起こすのも怖いのでそのまま答える。
「うん、でもあいつ固い」
「なるほど。それなら効くかどうか分かりませんが、剣を貸してみてください」
私が無言で剣を差し出す。シルアは身をかがめて私に近づいてくると荷物から白と緑の二枚の布を取り出す。そして普通の布と思われる方で剣の汚れをぬぐうと、緑色の布で剣を拭った。
「毒?」
「はい。私が“闇の十字架”で教わった秘伝“鬼殺し”です。山間の秘境でしかとれないとされる薬草を三日三晩煮詰めて毒性だけを抽出したものです。これが体内に入ればたとえ鬼といえども一滴で崩れ落ち、二滴で絶命すると言われています」
「ごめん、私鬼に会ったことないからいまいち凄さが分からない」
「沖田さんの半分ぐらいの強さですね」
シルアは真顔で言った。思わず私も真顔になる。
「私はそれになんて反応すればいいの? というか鬼と比較されるのは心外なんだけど」
「じゃあ何と比較されたいですか?」
「花園を舞う蝶とか」
シルアは鼻で笑った。不愉快である。




