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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第四章 シルアを救うⅠ
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シルアの気持ち

「いやあ今回は惜しかったねえ」


 悪魔は今夜も勝手に私の夢に現れ、愉快そうに笑う。


「あんなことされるなんて聞いてないんだけど」

「今回は誰かに譲ったりしなかったのに、普通に失敗することもあるんだねえ。本当はレーリアの身体の異常を治して更生させるために使わせるという意図でセッティングしたんだけど、普通に倒しちゃうとは」


 生命の実を使えばそんなことが出来るのか。確かにレーリアは自分が生きるために戦う、と言っていた以上もし生命の実を使って普通の人間と同じ存在になれば戦う必要はなくなるのかもしれない。私がそういう選択をしていれば彼女はどういう反応をしていただろうか、と少しだけ考えてしまう。


 言われてみれば、禁忌に手を出した神官の命は一度助けたのに、レーリアを助けなかったのは私の都合ではないかと思えてくる。程度は違えど、二人がやむをえない事情で悪事を働いたということに変わりはない。だとすると神官の時のように、レーリアを助けることを目標にすべきであったのではないか、という思いが首をもたげてくる。


「でも、まさか闇の十字架のアジトに単身乗り込んでいくなんて思わなかったよ」

「私あんまり作戦とか考えるの得意じゃないから」


 とはいえ、レーリアを討った以上シルアとカイラに追手が来ることはないだろう。そう思えば目的は果たしたと言える。私は首を振って自分のしたことを振り払う。


「しかしまさかここまで実を手に入れられないとは思わなかった。実の入手シチュエーションを考えるのも楽じゃないからそろそろネタ切れだよ」


 悪魔は困ったようにやれやれ、と首を振る。私の知ったことではない。


「そもそもそっちが意地の悪いシチュエーションばかり考えるからでしょ? そこまで言うならただでちょうだい」

「それだけはない。とりあえず、レーリアが召喚した魔物の心臓に実と同じ効能を持たせたからそれで」

「なんだ、今回は敵を倒すだけ?」


 良かった、正直また情に訴える感じの状況になったらどうしようかと思っていた。

 が、悪魔は嫌な感じの笑顔を浮かべる。相変わらず悪魔だ。


「大丈夫、今回は心臓関係とは別に面白イベントを用意してあるから、そっちがメインディッシュね」

「そんな無理しなくても……ん?」


 悪魔と話していると私は妙な気配を感じる。もしや寝ている私の身に何か起こっているのだろうか。


「ち、もうちょっと寝ててくれた方がおもしろかったのに」


 私が異変に気付いたのを見て悪魔が嫌そうな顔をする。

 私の体に絶対何かあった。反射的に飛び起きる。




 不意に私は不穏な気配で意識が引っ張られるようにして覚醒する。もしや闇の十字架の残党か、と思って身を起こすと目の前には縄を持ったシルアが緊張した面持ちで立っていた。他に怪しい気配は感じないからシルアは敵を捕えるために縄を持ち出してきた訳じゃないのだろう。

 シルアは本気で隠密していたようであり、彼女の気配に気づけた幸運に私はほっとする。


「……一応聞くけど何しようと思ってたの?」

「ちょっと好きな人を力づくで手に入れようかと」


 シルアは罰が悪そうに言う。こんな場面なのにちょっと可愛いと思ってしまい、私は冗談っぽく返してしまう。


「え、告白?」


 が、急にシルアは真剣な表情になる。


「ねえ沖田さん、実を手に入れたらいなくなってしまうって本当ですか?」

「っ」


 なぜそれを。確かに私は実を手に入れたら元の世界に帰るが、そのことを言ったことについては全く心当たりはない。そもそもこんな荒唐無稽なこと、ばれたとしても信じられるとは限らない。


 が、私の動揺は顔に出てしまっていたようで、シルアは私を見て深いため息をつく。


「前々からどこか変な方だとは思っていましたが……本当なんですね」


 シルアは諦めたような顔になる。私は何から言うべきか、聞きたいことだらけになる。突然の事態に頭の中がぐるぐると混乱して、結局最初に出てきたのは喧嘩腰の言葉だった。


「本当だとしたらどうする?」

「だから言ったじゃないですか、力づくで手に入れたいって。まあそれも失敗しちゃいましたけどね」


 シルアはやれやれ、と肩をすくめる。


「ごめん、分からない」

「ですから沖田さんは実を手に入れたら行っちゃうんですよね? ですから捕まえてそのまま私のものにしてしまおうかと」


 まじか。先ほどから何度か似たような発言を聞いているが、ようやくその言葉を事実として解釈出来るようになって私は戦慄した。


 まさかシルアがそこまで私に固執しているとは思わなかった。シルアとは正反対の私の性格に対して好意を向けられているのは知っていたが、その半分は打算で出来ていると思っていた。


 他人からここまでの好意を向けられたのも初めてだし、それがシルアであることも驚きだ。もっとドライな性格かと思っていたが、目的のために手段を選ばないところはシルアらしい。というか、唐突過ぎて現実味が湧いてこない。


「でもまあ、私が捕まえて自分の物にしてしまった沖田さんは私の好きな沖田さんじゃなくなるのでどっちもどっちですね。結局、本当に欲しいものは容易に手に入らない」


 シルアは寂しそうに嘆くがそれどころではない。

 そもそも私がいなくなるという話はどこで知ったのだろうか。


「ところで、その話どこで知ったの?」

「ちょっと沖田さん、一応告白してるんですからもうちょっと反応してください」


 シルアがジト目で見つめてくる。いや、寝てる最中に縄をかけられそうになってどう反応しろと言うのか。


「ちゃんと反応して欲しければもっと正々堂々と告白してよ」

「そこは正攻法だと勝ち目がないかなと」

「……」


 確かに真正面から告白されても受け入れることはない。

 方法こそぶっとんではいるが、シルアの現状認識はおおむね正しかった。もっとも、力づくで来られたからといって受け入れることはないが。


「悲しいけど、私の中の沖田さんの重みと沖田さんの中の私の重みは違うんです。沖田さんは元々違う世界の人だから」

「それも知ってるんだね」


 それを言われると、私には何も言えない。おそらくこの世界でどれだけよくしてもらっても私の中の重みが現代日本や剣道部の皆より高くなることはないだろう。


「なんか夢の中に悪魔を名乗る変な奴が現れて言ってったことだから半信半疑だったんですが、確かに沖田さんこの世界のこと何も知らないし、記憶喪失だって異世界から来たって思えば辻褄合いますし、あと常識もないですし。だから聞いてみたんですが、本当だったみたいですね」


 そうか。悪魔はなんか面白いことを用意していると言っていたが、そういうことだったのか。私はそれを聞いて瞬時に納得した。

 悪魔はシルアが私をここまで好いていると知ってこんなことを話した。シルアを使って私に元の世界に戻る決心を鈍らせようとするのだろう。本当に悪魔的な手段だ。


 だからといって、戻らない訳にはいかない。特に、戻れる手段が目の前にあると言うのならば私は絶対に戻って大会に出たいし、桜ちゃんや他の友達とも一緒に部活したい。

 シルアは答えない私の手をとる。答えないということが私の答えを示していた。気が付くとシルアの顔は私の目の前にあった。


「沖田さん、こっちに残ってください。私、沖田さんと一緒にいたいです。私は今まで私のこと嫌いじゃなかったです。利己的で自己中心的で、自分に甘いけど他人のことは道具としてしか思っていない私。でも沖田さんに会ってもっと格好いい生き方というのを知ってしまいました。もう今の私じゃ満足出来ません。でも、沖田さんと一緒なら変われる気がするんです。沖田さん、私を変えてください」

「シルア……」


 シルアの真剣な表情と言葉には私の胸を打つものがあった。元々打算や保身のために私に近づいたところは確かにあっただろう。しかし今のシルアからはそれらを差し引いても私と一緒にいたい、という意志がひしひしと感じられた。

 シルアの自己認識はおおむね合っているけど、それでも私の決心は変わらない。


「私は自己中心的なシルアも、変わろうとしているシルアも好きだから」

「もう、そんなこと言って。私を甘やかすならちゃんと責任とってもらわないと困ります」


 シルアは拗ねたように言う。確かに打算的な意図を隠しながら私についてきて、結局その意図通りに、もしくはそれ以上に彼女を助けてしまったのだから私は彼女を甘やかす形になったと言っても過言ではない。


 しかし私がここまで懐かれてしまったのが予想外だった。組織に追われているという話を聞いた時は、ドライに私を利用しているものと思って納得したけど。私との関わりで違う生き方に対する憧れが生まれてしまったのか。


 さすがに「私がいなくてもシルアは大丈夫」とは言えなかった。私がいなければシルアはまた必要に迫られて裏稼業に戻るかもしれない。


 とはいえ私はシルアを更生させるまで待つ訳にはいかないし、第一私もシルアよりはましだけど他人を教化するような大層な人物じゃないし。何より、元の世界には私を待っている仲間たちがいる。


 そこで私はほんの少しだけ譲歩することにした。


「ねえシルア。私を手に入れるのは無理だけど、一日だけなら手に入れられるって言ったらどうする?」


 私の言葉にシルアは驚く。そして一日だけ、というのがやはり受け入れられないと思ったのかしばらくの間悩んだ。

 が、少し考えてどうにもならないと悟ったのか、やがてうなずく。


「分かりました。どうしても行ってしまうんですね」

「うん。それはどうあっても変えられないことだから」


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