謎の刺客
その後、私たちは引き続き王都に向けて旅を続けていた。
そんなある日の深夜、私は突然目を覚ました。強い殺気。私は思わず枕元にあった刀を手に取る。ここは宿の中、部屋の中には私一人。やはりこの世界に来てから感覚は鋭敏になったような気がする。
しかし次の瞬間、カチャリと音がして部屋のドアが開く。もちろんドアには鍵がかかっていた。私は窓を開けて星明りを入れると剣を抜いて侵入者を見据えた。
星明りでかすかに見えた侵入者はシルアと同じぐらいの年の少女だった。手には鎖鎌を構えているが、私が剣を抜いているのを見ると殺気が薄くなる。ぱっと見ただけだが並の使い手ではなさそうだ。
「気づかれたか」
彼女は少し面倒くさそうに言う。
「何者? 私を殺して何の得があるって言うの?」
この世界には知り合いはいないし、お金も持っていない。全く殺される心当たりはなかった。私の言葉に人影ははあっ、と面倒くさそうにため息をついた。
「私はシルアを連れ戻しに来た」
「シルアを連れ戻す?」
考えてみれば私はシルアの出自をよく知らなかった。どうも盗賊か何かのようだとは思っていたけど、それも本当かはよく分からない。私も出自を詮索されても困るから特に追及しなかったけど、剣の腕や明らかにカタギではなさそうな知識に通じていることから、それなりの過去があってもおかしくない。むしろ絶対に訳アリではあると思ってはいた。
私が困惑しているのを見て今度は刺客が困惑する。
「あなた、何も知らずにシルアと行動を共にしてるの?」
「そうだけど」
「え、ちなみにシルアのことは何だと思ってた訳?」
「やたら腕が立つ私に懐いてる謎の人?」
「嘘、信じられない」
私の雑な答えに彼女は頭を抱える。気持ちは分かるけど私も大概訳アリだし、大体いきなり部屋に侵入した相手と雑談しているあなたも大概だと思うけど。
「あーあ、連れの相手をさっさと討てばシルアも大人しく戻ってきてくれると思ったんだけど、失敗しちゃったしな」
女は心底困ったと言うように頭をかく。いや、そんな堂々と「さっさと討てばとか」私に言われても。
しかし今の彼女からは殺気を感じないので、私を討つのはとりあえず諦めたのだろうか。
「戻るって、何かの組織にいたの?」
「まあそんなところ。他人には言えない闇の組織だけどね」
闇の組織ではないけど似たような光景を違う立場から見たことがあったような、と私はふと思う。
「ねえ、相談なんだけどあなたはシルアとは身の上話をしないぐらいには親しくない関係だった訳でしょ? 私がシルアを連れていくのに協力してくれない? お金なら出すけど」
唐突に女がそんな提案をしてくる。うーん困った。シルアが逃げてきたということは本人はその組織に居たくないんだろうけど。でも、ちょっと何とも言えなさすぎるな。
「戻ったらシルアはどうなるの?」
「素直に戻ってくれたら私はまた一緒に組んで仕事をしたいって思ってる」
彼女の言葉を聞く限り彼女自身はシルアに好意を抱いているようだ。見た感じ、刺客とかではないように思える。そもそもシルアを殺すつもりなら私ではなくシルアの部屋に侵入しているだろうし。
「ちなみにどんな組織なの?」
「腐敗した貴族たちが圧政を敷く王国を倒そうって言う正義の組織」
彼女は自嘲するような笑みを浮かべて言う。真面目な顔でそのような紹介をするほどには本心ではそう思っていないのだろう。もしかしたら、世間ではテロリストと呼ばれるような類の組織かもしれない。
「なるほど。そういうことならシルアを説得するのを手伝ってあげる。じゃ、一緒に行こうか」
まだ私はどうすべきかよく分からなかったが、シルアを交えて三人で話せばもっと組織のことが分かるだろう。その方が、後悔のない判断が下せるはずだ、という打算はあった。判断をするにしても可能な限り情報を集めてからにしたい。少なくとも、ここで何も知らずにこの追手と戦ったり、シルアを突き出したりはしたくない。
「それはありがとう。ところで、シルアに縄をかけてから話す方が素直になってくれると思うんだけど、どうかな?」
シルアと言い彼女と言い、恐ろしい人物ばかりである。さすが”正義”の組織。やり方が物騒だ。
「さすがにそれはだめかな」
短いとはいえ一緒に旅していた娘にそんな仕打ちはさすがに出来ない。追手は落胆したようだったが、それ以上何かを要求して通るとも思えなかったのだろう、諦めたようだった。