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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第三章 闇神官を救う
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結末

 するとシルアがちょいちょいと私の袖を引く。


「ん、何?」

「いいんですか沖田さん。実を彼が自分で使うということは、そういうことですよ」

「分かってる。でも、彼がこの状況で死を選ぶのが許せなくて」

「沖田さん……。確かに村は彼にしか救えないかもしれない。でも、沖田さんのことは誰が救うんですか」


 シルアの声はいつになく憂いを帯びていた。もしかしたら私が絶対に意志を曲げないと察している故かもしれない。

 シルアは先ほど私のことが好きだと言った。この様子から察するにそれは言葉の綾ではなさそうだった。


「沖田さんのこと、私が救ってもいいですか」


 ここでシルアが実を私に渡されても私は救われたことにはならないと思う。それが出来るならここまで面倒なことにはなっていないと思う。

 だから私はシルアが剣にかけた手を押さえる。


「待って。私を救うのは、私」

「もう……」


 そう言ってシルアの手から力が抜ける。

 が、今のやりとりを見て神官は意を決したらしかった。


「分かった。この命で村を救おう」


 そう言って、神官は実を口元に持っていく。そして決然とした表情で飲み込んだ。

それを見て、傍らにいた大蛇は悲しげに目を閉じた。



 その後神官は村に戻った。彼はすっかりやつれ果ててはいたが、村人たちは歓喜をもって神官を迎えた。


 神官は村に戻ると休む間もなく今後の村の在り方についてアドバイスをし、心が折れている者がいれば励ました。荒れた地をどうすればまた作物を作れるか教え、作物が搾取されなければ貯めておいて高値がついたときに売りにいくとか、そんなことをひっきりなしに伝えていた。特に出来ることもない私たちは蛇の残党を狩りつつ村を見守っていた。




 そんなことをしているうちに数日が経過した。


「大変だ! 魔物の話を聞いた王国が軍勢を派遣してきた!」

「ついに来たか……」


 村の者の報告に神官は表情をこわばらせる。私たちが話し合ったところによると、神官が魔物を使役したことは調べれば分かることである。もし王国が調査してそんなことが分かれば彼一人の責任では収まらず、村はどんな目に遭うか分かったものではない。


 だから一つの方法を考えた。


 王国軍襲来の報を聞いた神官は村の者全員を集めた。まあ、大した人数は集まらなかったが。そして今一度村の今後のために力を尽くすよう述べた後に言った。


「よし、ちょっと村を救ってくる。最期に一つ言い残していくが、王国の者がどんなことを言ってきても怒ってはならない」

「どういうことです?」


 村の者たちは神官の言葉を理解出来ずに首をかしげる。


「じき分かることだ。色々思うところはあるだろうが、復讐ではなく村の復興を最優先して欲しい。では頼んだ」


 そう言って神官は私たちを見る。あまり気の進む役割ではなかったが、決まった以上私たちは引き受けるしかない。それにこの役割を引き受けられるのは私たちしかいない。


 私たちは縄をかけられた神官を曳いてやってくるという王国軍の方へ向かう。しばらく歩いていくと数十人の武装した兵士の集団に出くわした。兵士たちは皆どことなく緊張した面持ちをしている。おそらく、何人もの人を食い殺した魔物蛇と戦うことを想定しているのだろう。私は臆することなく軍勢の正面に立つ。


「すみません、この軍勢で一番偉い人に合わせて下さい」

「誰だ」


 私が声をかけると兵士たちは一斉に武器を構える。


「私たちはただの旅の者。この者が魔物を使役する禁呪を使った咎で自首するというので立会を務めます」

「な、こいつが……」


 兵士たちの目に一瞬で恐怖が宿る。

 何せその蛇のせいで王国兵は数十人も犠牲に遭っているのである。


「分かった、呼んでくる」


 すぐに私たちは軍勢の中へと通される。数十人か。最悪、切り結んで逃げられないこともない人数だ。私たちの目の前には部隊長と思われる勲章らしき物を服にじゃらじゃらつけた男が現れる。


「私がこの部隊の隊長を務めるグラッドである。早速だが、その者が魔物である蛇を使役し、何人もの人を殺したというのは本当か?」

「そうだ!」


 神官は目をカッと見開いた。

 そしてまるで何かに憑かれたように話し始める。


「そもそものことの始まりはお前たちの役人の収奪だ! 奴らは元々私腹を肥やすために税を多めにとっていたが、だんだんやり方がひどくなっていった!

 ある日役人は税が支払えない男の家に向かった。支払えないと言ってもそもそもの額は払っていて、役人が勝手に上乗せした分が払えないだけなんだがな! 役人は男に田畑を売ることを命じたが当然男はそれだけは勘弁を、と涙を流して懇願した。役人はそれならお前が払え、と男を連れて行こうとした。それを十歳にもならない娘が止めようとした。役人は激怒して娘も同時に連れて行ったらしい。後から帰ってきた妻が嘆願に行ったときには二人とも奴隷商人に売り払われた後だったという。

 だから俺は天誅を執行した! 性根まで腐った役人はどうしようもない! 奴らの暴虐をやめさせるには殺すしかなかったんだ!」


 その後も神官は怒涛の勢いで役人の悪逆非道を並べ立てた。その恐ろしい剣幕と話の内容に隊長も黙って聞きこまざるをえなかった。


 やがて、


「分かった分かった、その方の自首に免じて次の役人は特に清廉潔白な者を選ぼう」


 と根負けしたように言った。


「本当だな! 嘘だったら絶対に許さないぞ!」

「だが同時にお前がやったことも許されるはずはない。それも分かるな」

「分かっている」


 兵士の言葉を聞き、神官はようやく神妙な態度になった。

 さて、話がいい流れになったのでここからが私たちの出番だ。ちなみにここまでで悪い流れになっていたら私たちは力づくで脱走、残った兵士がさらに追ってきたら残っていた蛇を差し向けて次にやってくる部隊の隊長が話が分かる人であることを願うという作戦だった。いや、その流れは作戦とは言わないか。


「それについては私たちが勝手に判断させていただきます。もし不当な行為が続くようであれば、相伝した禁呪を使うこともやぶさかではありません」

「何?」


 隊長は思わず剣に手をかける。

 が、次の瞬間シルアが剣の柄を押さえていた。そしてキスでもせんばかりの距離に顔を近づける。


「包み討ちはいいですが、もし仕損じれば王国に魔物の大群を差し向けますよ」


 シルアはドスの利いた声で囁く。やはりこの娘は恐ろしい。多分私ではこういう迫力は出せないだろう。


 シルアの迫力と蛇への恐怖に隊長は顔を引きつらせる。


「わ、分かった、分かったからやめてくれ」

「では私たちはこれで失礼します。時々村に行きますので」

「分かった」


 隊長は力なくうなだれた。私たちは禁呪を使えないが、これで隊長は禁呪による報復を恐れてくれるだろう、と願うしかない。


 その後まもなく神官は処刑され、同時に村の減税と農具の支給など支援策も発表された。これで本当に村が復興するかは分からない。神官が処刑されれば村人たちはやはり逆上するかもしれないし、清廉潔白な役人でも荒れた村の再建は容易ではないだろう。


 しかし私たちには政治力はなく、個人的な戦闘力が多少あるだけ。手伝うことが出来るのはここまでだった。


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