闇神官
そんなことを話しているうちに私たちの行く手の山中に洞窟が見えてくる。地面を見ると、洞窟に続く道にはところどころ人間大の足跡が残っているのが分かる。
木々の間だったが、出入り口からは数匹の極彩色の蛇たちが出入りしているのですぐに分かった。それを見たシルアの表情が険しくなる。
「沖田さん、神官さんは蛇の餌になったか、蛇の親玉になっているかどちらかですよ」
「そうみたいだね」
どっちも嫌な可能性だったので私はため息をつく。
「どうします? 私が隠密して様子を見てきましょうか?」
「もうちょっと様子を見てからにしよう。蛇も四六時中出入りしてる訳じゃないかもしれないし」
「分かりました」
観察を続けることしばらく。洞窟に入っていく蛇はどうも皆動物の死骸や木の実など餌になるようなものを中に運んでいるように見えた。洞窟から出ていく蛇は大体手ぶら(手はないけど)で、よく見ると少し前に入っていった蛇たちがそのまま出てくるようでもある。ただ、中には新しい蛇も混ざっていた。
が、やがて戻ってくる蛇たちの数は減り、洞窟の入り口は閑散としてくる。もしかしたら私たちが来たタイミングだけたまたま餌をとって戻ってくる蛇が多かっただけかもしれない。
「じゃ、中に入ろうか」
「分かりました」
私たちは足音を立てないように洞窟に向かっていく。シルアは明らかに訓練を積んでいないと出来ない水準の隠密をしていたが、私も運動神経には自信がある。
入口のすぐ近くの木立まで来ると、私は携行食の干し肉を投げた。それに反応して近くにいた蛇がそっちに進んでいき、入口には誰もいなくなる。
「私が先に行きます」
「お願い」
シルアはするすると音もなく洞窟に入っていき、指で〇を作る。それを見て私も続く。
洞窟の中はひんやりとした湿気と血の匂いに満ちていた。入口近くは陽が入っていて明るいが奥は暗そうだった。足元がぬめぬめしているため、私たちはゆっくりと進んでいく。暗くてせまくてじめじめした中、蛇に出会ったらどうしようと気が気でなかったが、途中シルアが無音で小蛇を絞め殺したときはむしろシルアの方が怖くなった。シルアはそのまま何事もなかったように進んでいく。
さらに奥に入っていくと、前方にろうそくの火が揺れるような光が見えた。蛇も魔物になるとろうそくを使うようになるのだろうか。いや、蛇は夜目が利くようだし中に人がいるということだろう。なるほど、本当にそっちの可能性だったか。神官が死んでいるよりは良かったけど。
私たちは岩壁に身を隠してぎりぎりまでろうそくがある空間まで近づき、様子をうかがう。
その空間は今まで入ってきた洞窟の道を廊下とすれば部屋のようになっていた。中にはいくつかの灯りがついており、かなりやつれている男が背中を岩壁にもたれかけて座り、何かを食べている。
そしてその傍らにはかなりの大きさのとぐろを巻いた蛇がいた。ただし、生き物独特の生命の気配はない。もしかしたら死体なのだろうか。最初に私とシルアで倒したやつより大きそうだから、その方が助かるけど。
そして地面には数匹の蛇がいてかいがいしく男に食べ物を運んでいる。
さらに洞窟の壁には十字架のような紋章がでかでかと描かれている。魔術に必要なものなのだろうか。
『どうします』
シルアが私の手のひらに指を這わせて字で尋ねる。くすぐったくて思わず声を上げそうになるのを懸命にこらえる。
すると、そんな私の気配に反応した訳でもないのだろうが、大蛇がぴくりと動いたような気がした。死体ではなく瀕死の重体なのだろうか。
『蛇だけでも奇襲しますか』
相変わらずシルアは攻撃的だった。絶対に倒すと決めている相手と戦うならばその戦法は間違っていないだろう。基本的に先手必勝というのは間違っていない。
しかし今の状況はよく分からないが、蛇はある程度神官の言うことを聞いていると見て間違いないだろう。それなら下手に奇襲するのは藪蛇かもしれない。蛇だけに。
こほん、くだらないことを考えている場合ではない。
『話してみよう』
私はそう答えると、シルアの返事を待たずに岩壁から身を乗り出した。シルアが息をのむのが聞こえてくる。
「すみません、あなたが村の神官様ですか?」
「う、うわ、誰だお前は!」
さすがにこんなところで人に出会うとは思わなかったらしい。神官は狼狽して口から何かをこぼした。よく見るとそれはネズミの死骸だった。蛇の持ってくる食べ物だから仕方ないとはいえ、そんなものを食べていたのか。
最近はあまり人と話していないせいか、少し声がかすれて聞こえる。
「沖田さんは勇気ありますね。私だったらまずこの大蛇を奇襲して倒してからじゃないと怖くて会話なんて出来ませんよ」
「すみません、連れが物騒なこと言ってるけど、私たちはあなたに村に戻って欲しくて来たんです」
「村に、か……」
私の言葉に神官は自嘲気味につぶやく。
まあ、ここまでやっちゃったら確かに戻りづらいとは思う。
「残念だが、俺は見ての通り禁呪にどっぷりと浸かってしまった身だ。今更村に戻ることは出来ない」
予想通りの答えが返ってくる。やはり蛇たちはこの男が操っていたのか。
「しかし何で村のことを知っているんだ? 見たところ村の者ではないように見えるが」
「村の方に聞きました」
「今村には近づくことも出来ないはずだが」
「すみません、倒してしまいました」
悪いことをしたつもりは全くないが、彼にはほんの少し申し訳なさを感じないでもない。
すると私の言葉を聞いた神官は絶句した。暗くて良く見えないが、私を恐怖の眼差しで眺めているように見える。いや、あなたの方が恐ろしいでしょ。
「何……だと!?」
彼からすれば苦労して作った村を守る仕掛けがいきなり見知らぬ人に壊されたのだからそういう反応になったのだろうか。
「ちなみに今はここで何しているの?」
「わが身は禁呪に蝕まれて余命いくばくもない。最後に、我が命と生命の実を代償にこの魔物を復活させ、村を守らせようと思う」
それを聞いてようやくこの大蛇の死骸が何のためにここにあるのかを理解した。先ほどぴくりと動いた気がしたのも、復活しかけだったからかもしれない。
神官は覚悟を決めた表情で言い、「生命の実」という言葉に反応して後ろからシルアが息を呑むのが聞こえる。
一方、その言葉を聞いて私は嫌な気持ちになる。別に神官が元から寿命が間近に迫っていて助かる術がなく、最後に残った命を魔物復活に充てるというのならば、いい。だが、生命の実を自分に使えば生き延びることは出来るはずだ。
「ねえ神官さん、蛇をよみがえらせることが出来るぐらいなら自分の延命だって出来るよね」
「出来るが、こんな穢れた身が永らえたところで何になると言うのか」
やはりそうなのか。邪術を使って村を救い、自分はその責任をとる意味もこめてここで死ぬ。まるでそれが美しいことであるかのように目の前の人物は思っていそうなので、私は語気を強める。
「何になる、じゃないでしょ。村の人が望んでいるのは蛇が来ることじゃない。あなたが来ることなんだよ。分かってる? いくら村を蛇で守っても、人々をまとめて村を復興しようって人がいなかったら村は枯れたままなんだよ」
「それを俺がやるというのか? 禁呪に手を染めた?」
「うるさい!」
私は思わず怒鳴ってしまう。どうも私は自分の命を粗末にする人が許せないところがある。それが死んではいけない人であればなおさらだ。
「村の人をこのまま放っておくのは無責任だと思わないの!?」
「それはそうだが、蛇の守護があれば……というかお前たちが蛇を殺したせいじゃないか。なおさら、こいつを復活させなければ王国軍を打ち払えない!」
神官も神官で負けじと私を睨み返す。
禁術に体は蝕まれているようだが、その気迫は全く衰えていないようだった。
「王国軍を打ち払っても蛇では村は救えない! あなたは絶望的な状況を自分で解決出来そうにないからって大蛇なら何とかなるって思っているけどそれはただの思考停止。 村の人たちは皆あなたを慕っている。あなたが村を救えるかは分からないけど、あなた以外に村を救える人はいない。ここで死ぬのは無責任だ!」
「そうか……確かにそうだな……」
私の言葉にさしもの神官も考え直すそぶりを見せる。もしかしたら彼にも思い当たる節はあるのかもしれない。




