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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第二章 商人を救う
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襲撃者

 翌朝、私とシルアは宿の酒場で朝食を食べていた。今回はちゃんと自費で出した朝食なので今までより少しおいしかった。財布の中身はさみしいけれど。


「ところで沖田さん、今日も山に入るんですか?」


 シルアがとても嫌そうな顔で聞いてくる。

 あるよね、質問の形をとってるけど相手に決まった答えを求めてることって。だけど私はシルアの圧力には屈しなかった。人にはどんなに困難と分かっていてもやらなければならないことがある。


「それしか方法はないから。嫌なら来なくてもいいよ?」

「ついて行きますよ、沖田さんが行くなら、地の果てまでも……」


 シルアはげんなりとした表情で答える。その台詞をそんなやる気なさげに言う人を初めて見た。逆にそんなに嫌なのについてくるシルアもすごいけど。


 そんな風に私たちが朝からテンション低くなっていると、宿の外からオズワルドが戻ってきた。確か私たちが朝食を食べ始めるのと入れ違いに出ていったはずだ。商人の朝は早いなと思っていたけどどうしたんだろうか。


 そして私たちの姿を見るとほっとした様子で声をかける。


「良かった、まだいたんですね」

「私たち? もしかしてもう熊はいらないとかですか?」

「まだ狩る気だったんですか」


 オズワルドは素で驚く。


「それもいいですが、昨日の村まで護衛をお願いしようかと。お二方それぞれ金貨一枚ずつでどうです?」

「え?」


 私は首をかしげる。最初は金貨三十枚に比べると断然安い金額ではあるが、今は金貨一枚を稼ぐ大変さを知ってしまった。

 村と村の間は熊を探しても全然見つからないし、他に危険な動物とか、あと魔物もいなかった。山の中を駆けずり回って銀貨八枚で村と村の間を歩くだけで金貨二枚。訳が分からない。


 もちろん危険が全くないとは言えないが、すでに六人も護衛がいるところに加わるのであれば熊の比ではないだろう。シルアも露骨に訝しそうにしている。


「いや、何というか宿を出たら嫌な気配を感じましてね。ただの思い過ごしだといいのですが」


 オズワルドの顔が曇る。今までもたくさんの恨みをかってそうな人物ではあるし、そういう気配には鋭いのだろうか。


「昨日もここの村長でしたっけ? その人にしこたま恨みかったんですか?」

「そうですね。それでも金貨三十五枚まで吊り上げましたが」


 オズワルドは涼しい顔で語る。すごいな。まあ私も金貨三十五枚持っていたら出すけど。日本には持っていけないし。


「いいんじゃないですか? 一日山の中を駆けずり回って金貨一枚より街道をゆっくり歩いて金貨二枚ですから」

「いえ、ですから嫌な気配が……」

「そ、それはもちろん分かってますよ」


 シルアが護衛の仕事を舐めていることが分かったが、熊相手でも何とかなった以上、ちょっと恨んでいる相手ぐらいなら大丈夫だろう、というシルアの気持ちは分かった。


「大丈夫です。私たちがどんな敵でも倒します」

「まあ、何もなければそれが一番いいんですけどね」


 オズワルドは少し不安そうに言う。しかし一回宿を出てからわざわざ戻ってきたってことはよほど不安な何かがあるってことなんだろうな。



 その予感は村を出て早くも的中した。明らかにこちらの様子をうかがっていると思われる人影がある。とはいえこっちをうかがっているからといって斬る訳にもいかない。相手はまだ何もしてないのだから。


「分かります?」


 私がそわそわしていると、オズワルドがこちらの表情をうかがう。


「分かりますよ。ただ見られてるだけですけど」


 オズワルドは荷馬車を一台曳いて移動している。そのため、私たちはオズワルドを荷馬車に入れて私が前を、シルアが後ろを歩き、左右を三人ずつの護衛で守るという布陣をとった。不穏な気配を感じつつもしばらくは何事もなく歩く。やはりこれだけ護衛がいれば数人の暴徒では手が出せないのか。


 そう思っていると、道は次第に山の中に入っていった。山道は狭く、馬車が通る際に左右を護衛することは出来ないため危険だ。やむなく護衛たちは前後に振り分けられるが、嫌な気配は濃くなっていく。


「オズワルドさん、気を付けて」

「私は素人なので気を付けてもどうにもなりません」


 それはそうだけど。


 が、そんな嫌な気配とは裏腹に一向に敵は襲ってくる気配がない。襲うのであれば狭い山道が一番都合がいいはずだけど。もしかしたら襲おうと思ったけど護衛が増えていてしり込みしているのだろうか。可能性は否定出来ないが、その可能性に甘えることは出来ない。


「どう思う?」


 しばらく歩いた後、しびれを切らした私はシルアに尋ねてみる。こういったことにはシルアの方が詳しいだろう。しかしシルアも怪訝な顔をする。


「分かりません。でも、相手の雰囲気は変わっていません。そもそも最初から襲う目的ではないのか、それとも私たちには分からない何かを待っているか……」


 確かに相手が必ずしも襲う目的とは限らない。例えば、オズワルドが隠し場所から生命の実を取り出すのを待っている、とか。いや、その場合は結局襲うのか。シルアの言葉に私は改めて気を引き締める。




 三時間ほど歩いたところで私たちは見晴らしのよい平地に出た。眼下には森が続いているが、遠くには村でもあるのか畑があるのが見える。やはりここは辺境の方であるようだ。小麦でも育てているのか、黄金色に見える。


「いったん昼食にしましょうか」

「はい」


 オズワルドの言葉で私たちは移動を止める。馬車を止め、オズワルドは一抱えもありそうな布の包みを持って馬車から降りてくる。そして包みを置いて馬車を背に腰を下ろした。


「宿で包んでくれた弁当です。一緒に食べませんか?」


 包みの中には竹の籠が入っており、ふたを開けるとたくさんのサンドイッチが現れた。今朝の朝食にも出たが、柔らかいパンで肉や野菜、卵などをはさんだものである。サンドイッチは竹の籠の中にぎっしりと詰まっており、オズワルドの分だけでなく私たち同行者の分も十分ありそうだった。


「ではありがたく相伴させていただきます」


 一応私たちは護衛なのでオズワルドを囲むように半円状になって座る。オズワルドがサンドイッチを口に入れると、それを合図にしたかのように皆がサンドイッチを手に取る。やはり主人より先にご飯を食べるのははばかられるのだろう。


 私も一応彼らを待ってからサンドイッチを口に入れようとする。私のは卵だ。柔らかいパンと柔らかい卵。卵はほのかに甘く味付けされている。そしてかすかな苦み。


「やられた!」


 突然シルアが口の中のものを地面に吐き出す。それを見て私は反射的に口の中のものを吐き出す。


 一方、最初に食べ始めたオズワルドは一つ目のサンドイッチを飲み込んでから初めてシルアの急変に気づく。


「どうしました……う」


 そして突然苦しそうに腹を押さえる。


「うああああああああああああっ!」

「苦しいっ!」


 それを待っていたかのように護衛たちも苦しみ出す。中には昏倒する者や倒れてのたうち回る者までいた。さっさと吐き出したシルアだけは苦痛に顔をゆがめているものの気は確かなようだ。たまたま口に入れるのが最後になった私だけは助かったらしい。


 正直、私は護衛と言っても斬り合うことと敵の気配を察知することしか出来ないので搦め手には無警戒だった。だが、怪しげな気配で私たちの注意をそちらに向けて毒を盛るという作戦だったのだろう。完全にしてやられた。


「……沖田さんは大丈夫ですか?」


 シルアが苦しそうに声をかけてくる。


「言われてみれば、お腹が少し痛む程度」


 私もつい一口目を飲み込んでしまっていたがなぜかお腹が少しぎゅるぎゅるする程度だった。ちょっと変なものを食べたかなという程度である。


「ということは先ほどまでの気配は」

「はい。沖田さんは警戒を。私はオズワルドさんを介抱します」


 言うが早いかシルアはオズワルドをうつぶせにさせると口の中に指を突っ込む。そして指をもぞもぞさせるとオズワルドはうげえ、と声を上げて胃の中のものを吐き出す。シルアは随分手馴れているようだ。


 正直あれはやりたくないので周囲の警戒で良かった。

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