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病弱剣道少女沖田霞の異世界転移  作者: 今川幸乃
第二章 商人を救う
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金貨の重さ

 オズワルドの一行はたくさんの荷物が載った馬車を曳いているため遠目からでもすぐに分かった。商人だけあって移動速度はゆっくりだったため、私たちは村から出てすぐにオズワルドに追いつくことが出来た。


「すいませーん」


 私が声をかけるとオズワルドは私を振り返る。


「おや、あなたは確か……先ほど広場にいた旅の方ですな」


 ほう、あんなやりとりをしつつもちゃんと周りには気を配っているのか。私は少し感心する。まあ、そのくらいでないと闇討ちとかに遭いかねないからかな。他人の恨みをかうというのはそういうことでもある。


「その通りです。実は私、金貨三十枚以上の仕事を探してまして。商人さんならご存知でないかな、と」

「金貨三十枚ねえ……」


 オズワルドはそれを聞いて何かを察したようだった。


「ちなみに何が出来る感じですか?」

「剣なら人相手には負けません」


 そこまでの自信はなかったけど、金貨三十枚の仕事をもらうためには多少の誇張も必要と思って断言する。


 一瞬、「剣ならここにいる護衛全員より強いです」と言おうかと思ったが自重する。そう言ったらどうなるのかはちょっと興味があるけど。


「ほう……とはいえ私は商人。そこまで剣の腕は必要としていません。一応ここらで出没する熊の皮は都に持っていけば高く売れます。一頭につき金貨一枚で買いましょう」


 オズワルドは愛想笑いを浮かべながら言った。


「なるほど、熊を三十頭狩ればいいんですね?」

「そ、そういうことになりますね」


 オズワルドは愛想笑いを浮かべながらも引いている。金の勘定が出来ない馬鹿娘を黙らせるための方便で、まさか私が本気にするとは思わなかったらしい。


 かなり引いているのにそれを隠す愛想笑いを浮かべるのはさすがというべきか、凄腕商人の愛想笑いの上からでも透けて見える引き加減がすごいというべきか。

 ちょいちょいとシルアが私の袖を引っ張る。


「何?」

「何、じゃないです。熊三十頭も狩るなんて無理ですよ。大体、世の中そんなに熊だらけだったらこの近くの村みんな滅びてます」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


「……山奥とか探したら見つからないかな?」

「いないと思いますよ。でも、とりあえず一頭狩って私への借金返済と今後の路銀にあてましょう」

「ごめん、そうだったね」


 金を稼ぐ以前の問題だった。

 そうなると三十一頭、いや、さっき金貨三十一枚になったから三十二頭以上狩らないといけないのか。先が遠すぎる。


「では、私はしばらくこことアレク村を往復してますので」


 オズワルドはそう言って手を振る。実を欲している人が何人いるか知らないが、一人を除いて全員が諦めるまで値を吊り上げてから売るつもりなのだろう。村を往復するだけで売り上げが金貨数枚単位で増えていくのだからすさまじい。金貨一枚当たりの価値はよく分からないけど。



 その夜。


「沖田さん……このペースでやってたら金貨三十枚集めることには、実の値段金貨百枚ぐらいになってますよ」

「むしろそれまで売れ残ってるといいけど」


 私たちは疲労困憊して山の中をアレク村に向かって歩いていた。しかも熊の死骸を引きずりながら。今日は一日中山の中を歩き回り、かろうじて遭遇した熊は一頭だけだった。それも夕方ごろにかなり山の奥に入ってやっと見つけた熊だ。


 私は熊が強いから金貨分の価値があるのかと思っていたけど、どうもそれだけではないらしい。まあ、強いのは強かったけど、どちらかというと純粋に数が少ないからだろう。


 そして、持って帰る熊の死体が重い。私もシルアも専門家じゃないから熊の解体とか出来ない。山中を駆け回った疲れと先が見えないことによる精神的な疲れに熊の重さが加わり、私たちはかなり参っていた。


「これは熊解体の専門家一人雇った方がいいかも」

「熊の専門家、いくらくらいで雇えるんですかね」

「またお金か!」


 結局何をするにしてもお金の問題が立ちはだかり、うんざりしてしまう。

 こうして私たちは剣を杖のようにして歩いているのだった。

 夜も更けてきてから、ようやく私たちはアレク村にたどり着いた。


 何でもない村だったが、疲れ切った私たちには天国にも見えた。これでオズワルドがいなかったらどうしよう、と心配になる。もしかしてずっと熊を引きずってオズワルドを探さなければならないのだろうか。そんなことを考えつつ、私たちは宿に向かう。ていうか宿に泊まるとき熊どうするんだろう。


 村に入り、シルアが宿をとっている間私はどうにか熊を小さく出来ないか考えていた。とはいえ考えてもどうにかなるものでもなく、何とか手足を縛ったりして扉を通れるようにする。


「じゃあシルア、手伝って」

「え、どう見ても入らないんですけど」


 熊を見て絶句するシルア。どうも扉を通れるようになったと思ったのは私だけだったらしい。シルアは私を残念な人でも見るような目で見る。


「いや、入るよ、きっと」

「無理ですって」


 そんな問答を聞きつけた宿の人や酒場で飲んでいた客も集まってくる。


「どうしたんですか?」

「うお、熊だ!」

「困りますよそんなもの持ち込まれたら」


 ついに宿の人まで出てきてしまった。それを見てシルアは私の袖を引く。


「無理ですよ、もう諦めましょう」


 ついにシルアが匙を投げる。


「おや、どうされましたか?」


 幸いというかなんというか、騒ぎを聞きつけたオズワルドが階段を下りてくる。私の顔はぱあっと明るくなる。


「オズワルドさん! ぜひ熊を買ってください!」


 私の顔が明るくなるのと対照にオズワルドの表情は驚愕に染まっていく。


「本当に狩ってきたんですか……しかもこんな夜中に渡されても……」


 そしてオズワルドの驚愕は困惑に変わっていく。そりゃそうか。

 が、すぐに何かを思いついたのか営業用の笑顔になる。どうでもいいけどこの人結構表情豊かだな。


「銀貨八枚ならいいですよ」

「う……」


 二割も値切られてしまったが嫌とは言えない。今は一刻も早く熊を手放したかったので不承不承頷く。


 オズワルドは慣れた手つきで札を取り出すと、“オズワルド購入済み”と書いて熊にぺたりと貼る。なるほど、名の知れた商人ならそうしておけば盗難の抑止力になるのか。


「銀貨八枚なら山分けで四枚ずつですね。そこから沖田さんの借金と今日の宿代を清算すると……はい、どうぞ」


 シルアが私に銀貨を一枚渡す。


「何これ」

「何って、沖田さんの取り分ですよ」


 そんな当然のように言われても。ちなみに宿の支払いとかは任せきりにしていたので、いくらだったのかよく分からないのでこの分け前が正しいのか確かめようがない。もっとも、今の私にとっては銀貨一枚も二枚も大して変わらないけど。


「生きていくのって大変だね」


 私は世知辛い感想をもらす。シルアは何をいまさら、と言いたげだったが口には出さないでくれた。私は銀貨一枚、シルアは銀貨七枚を持って宿の部屋へと戻った。その晩、色んな意味で疲れた私は吸い込まれるように眠りに落ちた。


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