一番楽な選択肢(相対比)
……いや、彼女も別に悪い子じゃない。むしろこの感覚の方がこの世界では普通なのだ。でなければ、兄は6歳にして弟に敵視されないか怯えるような羽目にはなっていない。
俺個人は家族仲も良好で、身体も鍛えたし、この世界の知識を仕入れられたけれど、学んだ世界は俺たちの背が伸びる程度の年月では変わってくれなかった。世界には魔物が溢れ、人々は生存競争と文明相応の食糧生産に生涯を費やし、魔物に似た容姿の持ち主への迫害が不当だと学ぶ機会を持てないまま死ぬ。
変わらない世界。変わる余力を持てない世界。そしてそのまま、運命の刻は訪れる。
「イバン。ジーナン。大切な話があるんだ」
今月も広く領民へと富の再分配を終えたパパン、ローナン伯に呼び出された。ママンことアリア共々、その顔は真剣を通り越して悲痛ですらある。
「兄さんの事ですか?」
これは誤解や洗脳パターンじゃない、と踏んだ俺は早送りボタンを押す事にした。2人共に愛情を注いでくれているパパンとママンが残った事情でこの決定を下したのだとしたら、話し始めるだけでも負担が相当大きいだろう。今できる親孝行はしておこう。
「っ!」
「……さすが、聡いな。ジーナン」
案の定だ。魔物の襲撃にも動じず対処を命ずる父の肩がミランダのそれのように跳ねた。ここは早めに言葉を重ねて、ざまぁ対象から完全に外れよう。そして、敬愛する両親が不必要な言葉を重ねる可能性も消そう。この場の誰かをざまぁする話が存在しようものなら、俺は迷いなく星1を付けてやる。
「イバン兄様は、自慢の兄です。これからも兄様の弟で在り続けたいと、俺は願っています」
意思表示完了。後はどんとこい。イバン兄をこの館で守れないというならできる限り支援をしよう。そんな事を言う俺を追放するって展開なら、喜んで追放モノの主人公になってやろうじゃないの。
「ジーナン……そんな運命を、君には背負わせられないよ」
最初に反応したのは、赤い瞳をそんじょそこらのヒロインが裸足で逃げ出しそうなくらい美しく潤ませたイバン兄だった。本当に彼が兄で良かった、姉だったならどこかで道を踏み外していたに違いない――じゃなくて。
「僕の、呪われ子の弟でありながら領主をやるなんて。君でも辛すぎるだろう?」
…………はい?
「ジーナン。あなたは聡明な上に、優しい子です。だから言い切ったのでしょう?」
「だが、それは茨の道だ。親である私たちでさえ、イバンを守り続けるのはもう難しいというのに」
すすり泣くママン。2人の我が子を交互に見つめながら声を絞り出すパパン。
まずい。
これ、何が何でもどっちかを追放するって話じゃないっぽい。
そういや追放されてお手軽逆転ざまぁするだけならこんな無駄なリアリティなんて必要ないわ。じゃあ、俺に残ってる選択肢はなんだ?
一つ、このままイバン兄を追放して、自己評価星1の胸糞悪い人生を送るか報いを受ける
一つ、イバン兄を守りながら嫌なリアリティのある世界の領主とかいう苦行を生涯続ける、または折れる
一つ、打ちひしがれる善良な家族と厳しい世界に生きる領民全てを放り出し、流浪の民になる
一つ、イバン兄に領主になってもらって悠々自適のハーレムライフ
……4番目だ。
4番目しかない。
難易度が高過ぎるのはわかりきっているけれど、4番目以外は御免被る。
俺の心がへし折れる!
「イバン兄様は、守られるだけの存在じゃありません」
「……ジーナン?」
こうなったら、イバン兄を領主にするメリットを解いて納得させるしかない。幸いにして材料はある。
「お父様は俺を聡いと言ってくださりましたが、イバン兄様こそ天才です」
「ジーナン、それは謙遜が過ぎるよ?」
「謙遜なんかじゃないよ、兄様」
そう、イバン兄は間違いなく天才だ。何故なら十数年のアドバンテージを持って本を読み漁っている俺が丁寧に解説すれば、話についてこられたのだから。彼の方は下駄を履いていない正真正銘の7歳、8歳、9歳児だったというのにだ!
「俺はより良き人生を送るため勉学に励んできましたが、今では兄様の考察に聞き入る事の方が増えました。間違いなく、これから先伸びるのは兄様の方です」
より良き、にやたらと欲望が混じっている事はこの際伏せておこう。あなたたちが聡いとか聡明とか言ってくれていた息子が明確な根拠を持ってもう1人を推していますよ、とアピールする。
「お父様は未だ健在。ならば、領主は長期的な視点で選ぶべきでしょう」
「……それを世の中が認めない事は、わかっているだろう?」
ああ、やっぱりパパンとママンの愛情は本物だ。俺だけでなくイバン兄の事もよく見守っていたんだろう。俺以上の天才という評価に嚙みついて来なかったのは、そういう事に違いない。その上で下した苦渋の決断を覆すのは困難極まりないだろうが……こちらも材料がある。しかも提供元は本人だ。
「ならば、正しい方へ導く事こそ領主の務めではありませんか!」
「じ、ジーナン……!?」
ここ注目ポイントですよ、と声を張って立ち上がる。机ドン太郎になる事も考えたが貴族的にはやり過ぎかもしれないのでやめておこう。代わりに拳を握りしめたまま、より良きお気楽生活のために俺は熱弁を吠える。
「我が家には、この富や力を使って皆の暮らしをより良くする義務がある。私はお父様にそう教わりました。ならば、より才のある兄様が領主となりより領地を富ませる世へ導くこともまた……兄様と同じ容貌に生まれ苦しむ領民を救うこともまた、我が家の義務ではないのですか!?」
決まった。見て欲しい、見開かれたパパンの目を。はらはらと涙を流すママンを。完璧にヒロインの顔をしているイバン兄を。
「本気なのね、ジーナン」
「ふふ。息子に貴族の義務を教え返されるとは」
「僕がジーナンに勝るとは思っていないけれど……僕と同じ境遇の子を想うと、その通りだ」
イケる。これはイケる。親としての愛情と貴族としての矜持を兼ね備えた大人2名と真の天才1名。世の中を引っくり返すには人数不足かもしれないけれど、本気を出せば領地の中くらいはイケるだろう。いや仮にイケなくてもやる気になってくれただけで十分だ。これで俺は、お気楽生活を……!
「ああ。4人で一丸となり、その正道を歩もうじゃないか!」
……送らせてもらえそうになぁい!!
「イバンもジーナンも、こんなに立派に育ってくれて」
「ジーナン……お母様……お父様……っ」
まずい。
言い出しっぺですが俺は一抜けしますって言える雰囲気じゃないわこれ。
難易度が高過ぎるってわかってる道に家族を放り込んだからね。一抜けしたら選択肢その3と同じくらい心が折れるよね。そりゃそうだ……でも俺、親としての愛情と貴族としての矜持を兼ね備えた大人2名と真の天才1名に加われるメンバーじゃないんだ。外見年齢より十数年歳食ってるってだけのチーターだから、大して力になれないというかなんというか――言える雰囲気でもないなあ。
「さあ、4人で話し合おう。そのために必要な事は山のようにある」
「そして一生を捧げるのに相応しい課題。そうよね、あなた」
神様。一周回ってインスタントに追放されたくなったんですが。
ここから悠々自適のハーレムライフへ行くルート、残ってませんかね?
ここまで読んでくださりありがとうございました。
甘口から激辛まで、感想お待ちしております。