自分を主人公と思い込むとほぼ例外なく痛い目に遭う
前回の読み切りでありがたくも御評価頂けたので、今回は調子に乗りもとい張り切って前後編に挑戦です。もし需要がありそうなら連載するかもしれないのですが、こういうのいかがでしょう……?
トラックが突っ込んできた時は、頭が真っ白になった。死ぬほど、というか文字通り死んだ瞬間の痛みが記憶に残っていないのは神様のお慈悲なんだろう。一歩も動けず轢き殺された俺に、余裕なんてあるはずはなかった。
その時の記憶が戻った瞬間も、やっぱり余裕はなかった。3歳半の脳に十数年分の記憶と、自分が大型車両に潰される衝撃映像を詰め込んだらどうなるかを想像してみてほしい。悲鳴を上げるだけで済んだ自分を褒めてあげたい。
でも幸い、俺ことジーナン・フロンツ君3歳には落ち着くだけの猶予と環境が与えられていた。この世界には大型トラックはなく、代わりに存在するベタベタなまでの魔法と魔物も、生まれ落ちた屋敷に住んでいる限りはこちらに牙を剝いてはこない。栗毛碧眼という俺にはもったいない容姿をお持ちのジーナン君は領主の第二子として生まれ、頼もしい館の警護と街の門番に守られているからだ。
すごく落ち着いた……そしてこの状況が、いわゆるお約束だと気が付けた。死ぬ前によく読み漁っていた、異世界転生モノそのまんまじゃないか。トラックに轢かれて恵まれたポジションに転生する。一周回って古典に分類されそうなお約束の当事者となったからには、この気づきを活かして良い人生を送りたいものだ。
この先に待っているであろう、追放の運命を予見できたのだから!
こうもベタな転生をしたのだからベタな展開が待っているに違いない。次男だからと余り物の烙印を押され理不尽に追放された後にハズレスキルが覚醒。なんかやっちゃいましたかと頭を掻きつつ大勢のヒロインに囲まれてハーレムを作りお気楽生活を送るのだ。薔薇色の未来に向けてしっかり準備しなければ!
まず手を付けたのは屋敷にある書物だ。この世界の神様には轢き殺された転生者へ頭を下げて転生特典を説明しに来るような暇はないらしいので、世界の成り立ちやスキルを自分で調べておこう。この領地がいつでもどこでも本の読める元の世界並みに豊かな場所とは限らない。
……と、早めに考えておいて良かった。どうやらこの世界の識字率は高くなく、本というより教育そのものに格差があるみたいだ。せっかく今は読めるのだから、追放される前に知識を蓄えておく必要がある。さらにはスキルといった単純な名前や分類も出てこない。嫌なリアリティだ。
そういうの求めてない、といった所でシステムが変わってくれるわけでもなさそうなので勉強しつつ、お次は格差の原因を並行して調べることにした。
例えば親が貴族意識丸出しで教育格差を生んでいる悪の領主だというなら話は早い。平民に門戸を開き、優秀な部下を数多く引き連れて、自分だけは楽をする理想的な人生が待っている! 幸い食卓を共にしている両親は現時点では俺にも優しいので、5歳になったジーナン君らしくあのねどうして攻勢をかけてみようか。
「そうね、ジーナン。誰もが学べて広い世界のことを知れる……素晴らしい世界よね」
ごめんなさい。あんな予想をした俺を誰か殴ってください。その儚げな笑顔は反則だと思うのママン。
「だが、現実は魔物と戦い畑を耕すだけで一日を終えてしまう人が大多数なんだ。そしてたくさんの人の作り出してくれた余力を、私たちに集めてくれている。だからジーナン、我が家にはこの富や力を使って皆の暮らしをより良くする義務があるんだよ」
ああ、追加ダメージが。ノブレス・オブリージュを5歳児にも大真面目に語ってくれるパパンを悪徳領主と予想していた不詳の息子に大ダメージが! やめて慈愛の目を向けないで頭を撫でないで!!
……ふう。方針を変えよう。仮に追放されるとしてもこの両親をざまぁする気にはなれない。屋敷を出て行く事になるとしたらやむにやまれぬ事情ができたり、不幸な誤解があったり、あるいはパパンやママンが洗脳でもされるといった原因があるに違いない。都合の良い覚醒をしたら和解展開からの親子円満ルートで行こう。そもそも多少問題があったとしても生みの親をインスタントにざまぁするって気持ちの良いものじゃないと思うんだよ。
まあそれは、俺が都合良く追放からの覚醒と逆転を果たしたらの話だ。貴族の義務を大変よく理解していらっしゃる心優しき両親が追放するのは、俺じゃない可能性が高まってきた。次男がいれば当然いるチョーナン、もといイバン君の方ではないかと。
1つ年上のイバンお兄ちゃんは別に追放されるような悪たれ小僧というわけではない。むしろママンの儚げな笑みを受け継ぎ、うっかりするとヒロインと誤解してしまいそうな子である。ただし枕に病弱、と付くタイプだ。
イバン兄は先天性色素欠乏症とすぐわかるカラーリングをしている。ただし、すぐわかると言えるのは元異世界人である俺だけだ。白い肌だけならともかく、赤い眼と日の光に弱い兄はこの世界の人間にとっては魔物に近い存在と見做されるのだ。
魔物と非常によく似ている……ように見えるアルビノは迫害の対象になっている。それを愚かな差別、と一言で片づけるには厳しい状況だ。魔物は多くの命を奪い、街や畑を荒らす憎悪と恐怖の対象なのだ。さらに教育の機会も削ってくれるものだから、メラニン色素が云々と話すだけでも何段階も準備が必要になるというハードモード。
あ、だめだこれ。もしかしなくても追放されるとしたらイバン兄の方だ。しかもハズレスキルなんてわかりやすい名前のないこの世界で覚醒するとしたら、追放の原因となった赤い瞳とかいうパターンだ。なんだこの格好良さ格差は!
貴族としてだけでなく親としてもできているパパンとママンは、そういった迫害など一切せずに俺と変わらぬ愛情をイバン兄に注いでいる。でも、魔物に近い要素がバレて領民の反発を食らうといったら止むに止まれぬ事情ができたら? 本当に魔物に呪われた子という不幸な誤解を生む事件が発生したら? あるいはパパンやママンが差別主義者なり本物の魔物なりに洗脳されたら? 追放の可能性はあちこちに転がっている。
まずい。
俺、ざまぁされる側じゃね?
やばいやばい。都合の良い覚醒をしたら追放の原因となった弟をざまぁして親子和解ルートとか言い出されちゃうよ! 超ベッタベタにあり得る展開だよ!
本当に事前の準備を心掛けておいて良かった。危うく、自分を追放モノの主人公だと思い込んでいるざまぁ対象になる所だった。どう考えても一切同情されずに落ちぶれて行くイタい奴である。いや、仮に同情の余地とか事情とかがあっても一度ざまぁ対象にされたら落ちぶれるというのもまたお約束なのだ。仮にその処理が雑で不満が出たとしても、その頃には物語が閉じているという事も多い。それは非ッ常に困る!
「お兄ちゃま、この本一緒に読まない?」
元より、俺は日光と迫害のリスクから自室に籠らざるを得ないショタを虐めて楽しむ人格破綻者ではない。良心と私心が合わさって最強に可愛い弟となればざまぁされるのを回避できるかもしれない。そう信じたい。無駄にリアリティの多いこの世界ではまだまだやりたい調べ物をイバン兄の部屋ですれば一石三鳥である。
「……ジーナンは、ぼくがこわくないの?」
「どうして?」
「ぼくはまものの子かもしれないって……」
「お兄ちゃまはぼくとおんなじ。パパとママから生まれた兄弟でしょ?」
上記のように考えていた俺に追加ダメージを入れてくる、いじらしい6歳児と本を読んだ。
「ジーナンはすごいね。こんな本をたくさん読みこなして」
「兄さまもすぐわかるよ。ここのせつめいはね……」
7歳児と8歳児の兄弟になる頃には、共に過ごすだけでなく内容を語り合うようにもなった。よく考えたら知識を振りかざして嫌味を言ってくるというのも被ざまぁフラグである。今の所は尊敬の目さえ向けてくれる実兄にそれをされたら心が折れること請け合いなので、丁寧でわかりやすい説明を心掛けた。
「兄様! 昼なのに、裏庭まで来たら身体に障るよ?」
「ジーナンが頑張ってるから、せめて飲み物でもと思って」
「ありがとう。でも、それならミランダ辺りに頼みなよ」
「下手に話しかけると驚くから……」
知識偏重で貧弱という死亡フラグを折る。不自由を強いられる兄の前で修練を重ねてコンプレックスを植え付ける鬱フラグも折る。両方を続けていると、イバン兄は本物のヒロインのような事をしてくれるようになった。なお、今の会話によりメイドのミランダは俺のヒロイン候補からは遠のいた。