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異世界あるある「マヨネーズが存在しない」

 部屋の中で待ち構えていたのは、ついさっきまで話題であったエリちゃん本人であった。


「出たな自称勇者」


「ちょっ!? だだ誰が自称よこのバカっ!」


 慌てて言い返してくるが、この様子だと勇者が自称であることの自覚はあるのだろう。


「魔王様から聞いたぞ。物語の勇者に憧れてるんだってな」


「ちょっと魔王様!」


「あはは……ごめんんね? エリちゃん」


 ツインテールをぶんぶんとさせながら顔を赤くして魔王様に詰め寄る自称勇者。そんなに恥ずかしがるなら自称なんてしなければいいのに。まあ別に俺には関係ないこと。彼女がいつか布団にくるまってもだえる日が来ることを楽しみにしていよう。


「まったく、女の子に恥をかかせるなんて、紳士のすることではありませんよ、サンゴ」


 不意にそんな声が聞こえてきた。その声は慈悲と慈愛に満ちており、聞くだけで落ち着きをもたらすような声であった。

 かく言う俺も、その声を聞いて心に落ち着きと冷静さと熱い情熱と……いまこそ恨みを晴らすべきと言う強い思いが沸き上がってきた。


 さあ、戦いのときだ。


「神様覚悟ぉぉおおおお!!」


 力を籠めて床を蹴る。足だけでなく腰、背中、腕など全身の筋肉を連動させ身体のバネを最大限に活用し、弾丸のごとく駆けだす。

 最短距離を無駄のない動作で近づき、懐にもぐりこんだところで身体を左右にぶらしてフェイントをかけ、相手の視線から外れるように背後に回り込む。

 行ける! この動きについてこれる奴はそうはいない!

 そしていざ神様に攻撃を――しようとしたところで、その前にかなり強い力で体を押さえられ、動きを封じられた。


「落ち着いて! 落ち着いてサンゴ君! 相手は神様だから!」


 歴戦の猛者相手であろうと確実に一撃を叩き込めるであろう俺の動きを阻止したのは、誰であろう魔王様だった。


「くっ、なぜ邪魔をするんですか魔王様! いまこそやつを打ち滅ぼすべきなのに!」


「だ、ダメだよサンゴ君! 君の気持ちもわかるけど、神様相手にそんなことしちゃダメだって!」


 くそっ、なんということだ! 魔王様が神様をかばうだなんて! きっと騙されているに違いない!


「と、とりあえず乾杯しよう! ほらほら、みんな席について! サンゴ君も!」


 神様に復讐する絶好の機会だったのに……仕方ない、他でもない魔王様がこう言っているのだ。いまは我慢しよう。


 所せましと料理が並べられたテーブルの席に座り、グラスにドリンクの準備をしている魔王様をしり目にそんなことを思った。






「それじゃ早速だけど、改めて自己紹介でもしようか。ちょうどいい機会だと思うしね」


 乾杯を終え食事会が始まると、隣に座る魔王様がそんなことを言いだした。ちなみに正面に自称勇者がいて、その隣に神様が座っている。


 しかし自己紹介ねえ……今更感はあるけれど、俺はこの世界に来たばっかりで右も左もわからぬ状況。この場にいる三人についても、せいぜい名前しか知らないようなものだ。


「言い出しっぺだし僕からするよ。名前はマ・オーダ。一応魔王なんて呼ばれてるけど、別に何か魔王っぽいことをしてるわけでもないし、まあ肩書だけだね」


 骨付き肉をかじりながらにこやかに言う魔王様。とても優しい人であることはもう十分理解しているのだけれど、やっぱり怖いものは怖い。一挙一動にびくびくしてしまう。今だって食事と言うより捕食と言う表現がぴったりだ。


「はいじゃあ次エリちゃん」


「うぇっ!? わ、私!?」


 魔王様から突然の名指しに、夢中でサラダを掻き込んでいた自称勇者が驚き慌てて顔を上げる。口の周りをマヨネーズで汚したその姿は、女の子としても勇者を自称する者としてもらしくない姿だった。……ってマヨネーズあるんだ、異世界……。


「ほらエリ、口元が汚れてますよ。これで拭きなさい」


「あっ、ありがとうございます神様!」


 そんなはしたない姿を見かねたのだろう、隣の人物が親切にもハンカチを差し出した。


 しかしあの神様に似ている優しそうな人は誰だろう。神様はもっと意地悪で、優しいわけないからな。多分別人だろう。


「まったく、女の子が口の周りを白濁としてネトネトした物体で汚すなんて、エリはずいぶんといやらしいのですね」


「――――ンぶッッ!?」


「え、エリちゃん大丈夫!?」


 ふむ、人に優しく接して後から突き落とすこの感じ……ああなんだ、やっぱり神様か。


 むせてせき込んだ拍子に飛来してきたつばを顔面に食らいながら、そんな現実逃避のようなことを考える。変態紳士ではないため普通に嫌な気持ちだ。我々の業界ではご褒美じゃありません。


「汚いなあ、なにすんだよ」


「ちょっ、今のはしょうがないじゃない! それに汚くないわよ! 言い方考えなさいよバカ! 私が傷つくじゃない!」


「不衛生だなあ」


「それだと余計に汚れて聞こえるんだけど!」


「不健全だなあ」


「だから違うってんのよ! 本当に私がいやらしいみたいじゃない!」


 いじったらいい反応が返ってくる。なんだこれ面白いな。


「いやいや待てって。いやらしくてもいいじゃないか。ほら、英雄色を好むっていう言葉があるように、ちょっとくらいいやらしいほうが勇者っぽいだろ」


 うーん、我ながら適当な言葉だ。異世界に『英雄色を好む』って言葉があるのかどうかすらわからんし。


「た、確かにそうね……そっちのほうが勇者っぽいわね!」


 ああ、この子はバカなんだな。間違いない。


「ごほん! 気を取り直して! その勇者っぽい――じゃなかった勇者である私が! 自己紹介をしてあげるわ!」


 ツインテールをぶんぶんとさせながら、テンションを上げた自称勇者が立ち上がる。


「私こそが伝説の選ばれし勇者! コビャーシ・エリ様よ!」


 そんな胸を張ってどや顔する伝説の選ばれし勇者を、神様と魔王様は生暖かい目で見守っていた。気付け伝説の選ばれし勇者。伝説の選ばれし勇者なのにバカにされてるぞ。


「えっと、コビ……コバーシ」


「コビャーシよコ・ビャ・ア・シ」


「小林」


「ちげぇよっ!」


 あれおかしいな、間違ってたか。


「小林じゃない! コビャーシよ!」


「悪い悪い、小林だな」


「だからコビャーシ!」


「コバヤーシ」


「ああぁああああんもうっ!! 一体何度言ったらわかんのかしら!? 呪い!? サンゴあんた、コビャーシって言えなくなる呪いでもかけられてんの!? コビャーシがダメなら、だったらエリでいいわよ! エリで! それなら言えるでしょ!?」


 ツインテールをぶんぶんさせながらこちらを睨みビシッと指をさしてくる。

 なんかこいついつもツインテールぶんぶんさせてるな。


「はいリピートアフターミー、エリ」


「小林」


「うがあぁああああ!!」


 落ち着け小林。女の子の出していい声じゃない。


「まあ小林ちゃんの自己紹介はこれくらいでいいでしょう」


「神様まで!?」


 ガーン! という効果音が聞こえてきそうな顔をした小林が神様を見る。


 ついにこいつか……ろくなことにはならないだろうな。


「次はいよいよ私の番ですね。サンゴ、その汚い耳をかっぽじって一言たりとも聞き逃さないよう、よく聞きなさい」


 おっと、いきなりぶっこんできやがった。なんてハイペースだ。

 だが我慢だ、我慢しろサンゴ、俺は強い子だ。


「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。どうも神様です」


 自画自賛にもほどがある。いやツッコむな。ツッコんだら負けだ。


「さあサンゴ、ひれ伏しなさい。そして靴をなめなさいこのいやしんぼめ」


「――――ッ! ――――ッ!」


「落ち着いてサンゴ君! 相手は神様だから! あれでも一応神様だから!」


 離せ! 離して魔王様! 一発だけでいいからこいつを殴らせて!

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