表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閉鎖都市 ZERO  作者: よすが 霜
第1章〜始まり(現在編)〜
3/3

第1話ー尊(みこと)ー

第1話ー(みこと)


「俺も彼らの‘’本当の名前”を知らない…

存在したのかさえも…」

「“オレたち”は同じ人間だ!どうしてーーー」

「違う、お前達はー」


彼女たちは、ジャラジャラと音をたてながら

歩いていた、鎖の尾を引いて。

彼らは、(きら)びやかな世界で欲望のままに生き、

やがて金に溺れていった。


この国は“あるモノ”を失った。


腐りかけのこの国は、やがて地獄と化していく。

その機能を失って。

荒れ果てたこの国では、2つの党派が(あらそ)い始める。

その終焉(しゅうえん)に抗うべく…


あの日“私たちの夢”は絶たれた。


☆ ☆ ☆


『やだっ…嫌だ!“私”を置いていかないでっ!!』

‘’彼女”は、ちゃんとそう叫んでいた…それなのに

その声は誰にも届かなかった………。


「誰が…誰がっ!アレナル家の面汚しだっ!!」

自分の声でフィアは目を覚ました。

今でも昨日のことのように鮮明に覚えている

‘’あの日”…その夢を彼は飽きるほど見てきた。

‘’彼”は、かつて‘’名家のフィア・アレナルだった者”。

現在は‘’森の奥”で衣服が朽ちて肌を(さら)醜態(しゅうたい)

加え外れないままの首や手足の‘’鎖”を身につけたまま、

さっきまで悪夢の中にいた者。

彼は、地面に直接寝ていたのだ。

鎖を身につけたままでは、寝にくい。しかし、

彼らにとってはそれが当たり前であり、

もう慣れたものだ。‘’あの日”から、1度だって

まともに眠れたことはない。


控えめな膨らみとやせ細って見えるものの

やや筋肉がついている‘’少年”。

今の名を‘’G001A/(フィア)”と呼ぶ。

彼は強制収容所から抜け出した第1期生の

生き残りの1人。第1期生は194人いたのだが、

(むご)い使役による過労死、または、ろくな

食事も与えられずに飢餓死した者も多い。

死因はそれぞれだったが、いずれにせよ

被虐極まりないことに代わりはない。

なぜなら、‘’彼らは何もしていない”のだから。


そんな中、生き残ったのは彼を含め、2人だけ。

抜け出した2人は‘’死んだことになっている”。

そう、この国には‘’もう存在しない”。

‘’あの夜”2人だけで抜け出したのだ。息も

できないような狭く苦しい箱の中を。

それを考慮すれば、本当に‘’何も無い”今の状況の方が

幸せだとさえ思えるほどだ。


「……フィア?またその夢かい?」

そう()いた彼が2人目の生き残りだ。

彼もフィアと同じ名家育ちだった。

かつて‘’アルビレオ・アウストラリス”だった者。

現在は、フィアと同様である。彼らの背中には

‘’消えない証”がある。それは彼らが‘’無姓児(むしょうじ)”で

あり、‘’終焉まで奴隷であった”という証。

言わばタトゥーだ。収容所に入る時に皆が与えられる、

死んだところで消えるはずもない、

‘’人間以下の証”。その頃の

鎖は両者とも(いま)だ外れていない。

これからも、目に見えるその(くさり)と共に

生きなければならない。だから、これからは

‘’自分たちの力で生きていくしかない”、

この鎖がある限り。

この国は‘’ある歴史的な出来事”が起こった際、

‘’何か”をきっかけに彼らのような弱者を見捨てるように

なった…。傲慢(ごうまん)になり、慈悲という言葉を

捨てた。挙句(あげく)、己のためにと国のためにと、

彼らを酷使するようになった。彼らが‘’無姓児”(ゆえ)に。

「あぁ、すまない、起こしたか?アオ」

「いや、大丈夫だよ。おはよう、フィア」

アオこと‘’B002R/(アルビレオ)”は

物腰柔らかに言う。彼には双子の兄がいる。

‘’その彼”は今もなお、名家の次男だ。何故、

アオだけ強制収容所に入れられ、今はこんな森の奥で

生活しているのか…。

「夢の中でも(まも)ってあげられたらいいのにな…」

アオは、そう(つぶや)いた。

「オレは男に護られる程、か弱くはないぞ!」

そう、彼はもう、か弱くなんかない。

こうやって収容所を抜け出して、森の奥で

生き延びているのだ。彼が‘’城にいた頃”とは

容姿も性格も相反するのは

‘’奴隷”として酷使されていたからと言える。

その内容の一部が‘’フィアを”壊した。‘’あの時”、

自分が自分じゃなくなるのを感じた。

‘’城にいた頃のフィア”からすれば、化け物にでも

なるような気持ちだったのかもしれない。


「……今日は何をしようか?」

アオは悲しげに呟く。死ぬ前に何が出来る?最後に

”フィアに‘’何をしてあげられる?

彼女を残して先に死ななかったことに対しての

‘’安堵”と、仲間の死をただ[見る]ことしか

出来なかったこと、辛く苦しい中でも…死にたくても

死ぬことが出来なかったことへの‘’無念”さを抱え、

今日も彼は生きている。彼はフィアのことをいつも

気にかけている。両者とも、いつ死ぬか分からない。

もしかしたら、明日…否、今日死ぬかもしれないのだから。


自分が死んだら、フィアは………。


そんなことばかり考える日々だ。しかし、

そのようなことは訊いてはならない。彼を

不安にさせてはならない…。

だから、‘’今”を精一杯生きる。

思い思いに彼らは言葉を紡いでいく、

互いに相手に(はな)しかけているように

見えて、訊いているのは自身の心に。

どの問いも答えをもたないと解っ(わか)ているのに、

考えてしまう…。

「……オレ達だけ生き残って…これから、

どうするんだ…?こんな生活も長く続きはしない

そろそろ死に場所くらいは決めておくか…

死んでいった奴らは今のオレ達を見たらどう

思うんだろうな?………なんで…オレ達だけ…」

生き残ったんだ。と言うことを躊躇(ためら)った。

言ってはいけない気がした。それを言えば

自分達も無念に(さいな)まれる、そして、

()った仲間に対して侮辱(ぶじょく)しているような

ものだから。死にたいのに‘’生きなければならない”。

逝った彼らの分まで‘’生”を背負って生きている。

今は()き仲間、亡者(もうじゃ)達のために………

‘’それ”に本当に意味はあるのか?


‘’無姓たち”は囚人番号での生活を強いられる。

だから、互いに名前を知っている者は

いなかった。フィアとアオ以外を除いて。

‘’無姓児”は名前を()くした者、忘れてしまった者、

元から‘’存在しない”者などがいる。

無姓の中でも未成年の者は‘’無姓児”と呼ばれる。

大人でも‘’無姓”は存在するのだ。

(せい)をもたない者達が‘’無姓”と呼ばれるのだが、

(めい)さえもたない者達も数多(あまた)

彼らは何故(なぜ)、姓をもたないのか、

名をもたないのか…。

‘’無姓児たちは名をもたない”

それは囚人番号で呼び合うから。

だから…彼らは知らなかった、仲間の

‘’本当の名前”を。知ったからといって、

最期まで‘’その名”で呼んでやれることもなかっただろう。

‘’その名”で呼ぶことさえ禁じられていたから…。

そもそも存在したのかさえ、どのような境遇だったのか、

何故収容所に居たのかさえも、知らなかったのだ。

‘’仲間”だったのに…、何も知らない…。

ただ覚えているのは…

「俺達の分まで生きてくれ…そして、

[変わる世界を]…見届けてくれ」

フィアとアオを除いた1期生の最後の生き残り…

もう顔も囚人番号(なまえ)も覚えていないのに、

その台詞(せりふ)と声だけは覚えている。耳に残る低い声…。

その彼は‘’ある約束”だけを信じて、その日まで

生き抜いてきた。しかし……その‘’次の日”、彼は自ら命を

絶った。歩いて辿(たど)り着く距離に(がけ)があり、

そこで死んだのだ。彼がよく話をしていた仲間が死んだ

‘’次の日”だった。

死んだ仲間のことを忘れてしまうほど、強制収容所での

生活は辛く苦しいもので、加え年月も経ったのだ。

そして、‘’物などが何も無い”あそこでは‘’思い出も

残せない”。だから仲間のことを覚えておくことは

難儀だった。それでもその台詞だけはどうしても

忘れられなかった。忘れたくなかった。


その彼は、この世界を変えて欲しい、とは言わなかった。

それは、一人の人間には変えることが出来ないと

解っていたからというわけでもない。

‘’変わる世界”を見届けてくれと、確かに言った。

その台詞は世界が、国が変わることを予期していたかの

ようだった。信じていたかのようだった。そのことに、

その時のフィアは気づいていなかった。


‘’無姓たちは名をもたない”はずなのに、

‘’G001A/(フィア)”はちゃんと覚えていた

‘’本当の名前”を。それは、城にいた頃に毎日

「フィア・アレナル様」と呼ばれていたからだった。

‘’誰に”呼ばれていたのか、名前も顔も、

思い出せないのに、(した)っていたことは確かに

覚えている。そしてぼんやりとその頃の日常も、

‘’その声”も思い出せる。彼の大好きだった優しい

‘’誰か”の声…。そこには普通の、楽しい日常があった。

そこでも名家なりの苦労はあったが、

今と比べるとその重みが全く違う。

もう‘’あの頃”には戻れない。何が起きても。

アオも同様に違う‘’誰か”に‘’本当の名前”で呼ばれて

いたのだろう。‘’その頃”はまだ、(ほとん)

関わりがなかった両者。何故、‘’再開”したのか…。


彼らは森の奥に身を隠し続け、1週間ほど経っている。

もう彼らの力だけでは身がもたない頃合だ。

その1週間ほどは強制収容所の食料庫から持ち出した

食料と川の水を濾過(ろか)したものだけで生活している。

森の奥には川があった。濾過装置は偶然、収容所から

森の奥までの道に落ちていたペットボトルを使った。

落ちていなくても、彼らは優先的にそれを探しただろう。

それに自らの布や川の近くの大小様々な砂を拾い集めて

作った。それが出来たのはフィアがそれを‘’誰か”から

教わっていたからだった…それは何故か…。きっと

‘’何か”理由があったのだろう。

だが、もう食料は底を突く、水だけでも

ある程度は生き延びられると聞くが、

あまり健康とも言えない彼らの身体では、どれほど

生きられるのかも分からない…そして、やることもなく

退屈な日々だ。何のために生きるのか、

その理由も希望も無いのだ。それに、もしかすると

野生動物に()われて死ぬかもしれない…。

だから覚悟を決めて今日こそ死に場所を探そうと。

今日までだって、危険な野生動物に

遭遇(そうぐう)しなかったのが奇跡だ。野生動物に

喰われて死ぬよりは、もっと安らかに死にたいのだ。

最期くらい、もっと…。

彼らは何故、強制収容所に入れられ、

こんな思いをしているのか、

しなければならなかったのか…。

そして、彼らを(おとし)めたのは誰か。


彼らがそれぞれに思いを巡らせて沈黙していると、


突然、警報が(とどろ)いた。

それは森の奥にいる彼らにもはっきりと聞こえた。

「っ!?何事だ!?」

と、フィアが叫ぶように言う。

街にあるスピーカーから、微かに声が聞こえた気がしたが、

『ザーザーピーザーーーー』

雑音が酷くて聞き取れない。

『ザザーーーー』

(しばら)く待ったが、

雑音が止むことはなさそうだ。

「……森の外に………出てみるか?」

勇気を振り絞ったような少し震えた声と言葉の‘’間”。

そのフィアの問いかけにアオは

「そ、そうだね…外の様子を見ることも必要だね…」と

(こた)えたが、気乗りしないようだった。

それもそのはず、彼らには‘’許されない証”があるのだ。

外に出ればどうなることか…考えたくもないだろう。

「何かが変わる…そんな気がする…だから、オレは行く。

無理してついて来る必要はないぞ…」

突き放すような台詞のわりに、どこか寂しげな声だった。

「…ううん、フィアを1人で行かせるつもりはないよ……

だから、行こうか」(わず)かな逡巡(しゅんじゅん)の後、

決意を固めた。

そして、彼らは来た道を辿って森の入り口まで歩く。

「………」

「………」

長い沈黙の後、アオは訊いた。

「えっと…さ、外に出て…どうするつもり?」

「様子を確認する」

「そうだけど…」

彼はそれ以上の言葉を紡ぐのを躊躇(ためら)った。

そして、「ううん、何でもない」と

首を降って会話を終わらせた。

きっと、フィアも先のことは考えたくないだろうと。

その後も何か声をかけようとしたが、

(もだ)したままで、入り口までついてしまった………。


ガサガサ…

草が生い茂る入り口を抜けて、外へと姿を現す。

すると、ちょうど通りすがった男が携帯電話を

見ながらブツブツと呟いているのを目にした。

彼も同様に警報の理由を確認しているのだろう。

彼は(いら)立ちを隠そうともしていなかった。

突然鳴った爆音(けいほう)と、その理由が不明なことに。

それは、‘’許されない証を背負う彼ら”にも

気づかないほどだった。

そして、その男はフィア達にも聞こえる声で

「王が死んだ…!?」と言った。

驚愕と‘’歓喜”が入り交じったような声だった。


そう、‘’その瞬間に”この国は

‘’あるモノ”…王を失った。

これがどのような結果を(もたら)すのか、

まだ彼らは知らない。


アークトゥルス(この国)を支配している‘’王”が死んだと。

それは、この国にとっては多大なる損失と言える。

次の国王はまだ決まっていなかった。

名家の息子のうちの誰かがなるはずだったが、まだ若い。

数年後にその中で優秀な者を王にしようとして

いたが、‘’その数年後”が経つ前に‘’前王”が死んだのだ。

その前王の名をアルギエバと言う。

‘’白髪で(いか)つい顔の髭長(ひげなが)おじさん”と言う

言葉が似合うような男だった。

彼は何故、(めい)しか明かさないのか?

それでは‘’無姓”と何も変わらないように思えるが…否、

そもそも‘’無姓”とは、それだけではないのだ。

そして、彼は自ら姓を明かしていないのだ。

王家や名家くらいしか(くだん)を把握している者は

いない。何故、名しか明かさないのか。

それは彼の姓による、本名は‘’アルギエバ・ルナール”と

言う。ルナールなんて可愛らしい姓は

‘’王”に相応しくないと判断されたため、名しか明かして

いないのだ。そのため、彼らは‘’無姓”ではない。

姓を‘’隠している”だけなのだから。

そして、彼は世間的に

‘’ある歴史的な出来事”を止めた英雄として

知られている……しかし、それは‘’正確ではない”。

それに関わった者達(王家を除く)…‘’3大名家”と呼ばれる

彼らも英雄と呼ばれている。

手っ取り早く、新王に名家の親がなるとなれば、権力争いに

発展する。だが、そんなことをしている場合ではない。

だからこそ、王が定まらず、混乱は(おさ)まらない。


警報はまだ鳴り響いている。それが聞こえるのは

王城区域のみだ。そこには名家の家も含まれる。

収容所もその区域内だった。そして、この森も。


原因は火事らしい。王城とは言うが、

それは民家と並んで建っているのだ。その王城が火事と

なれば、近くの民家に住む者は危険だ。

そして、王城区域には近づくなと。それが警報の理由

だったが、それだけでなく、規模も大きいため、消化が

遅れればどこまで広がるか解らない。名家の家まで燃えて

しまったら、いよいよこの国は救いようがなくなる、

という危機だ。誰が、何故こんなことをしたのか。

無関係者が故意にしたとすれば、警備員もいるのに、

そんなことが起きるものか?そう考えると城内で誰かが

ミスをした、もしくは城内の誰かが故意にしたと考えるのが

妥当とも思えるが………。


森の外の様子を確認し、状況を把握した瞬間、

フィアは一条の光を見た気がした。そして…

『このまま死にたくない…』

台詞のわりに淡々とした口調。でもそれは

既に心を失ったはずの少年が、

初めて口にした本音、なのかもしれない。

死にたいという思いも強かったが、仲間の想いもある、

そして、やっぱり死ぬのは怖い…だから、本当は生きたい。

それはどちらも本心だろう。しかし後者の気持ちは

自分でも気づかない心の奥に感情と一緒に、しまっていた。

生きる意味は無いと解っている、望まれないことも。

しかし、状況は変わった。フィアが推測している奴隷制度を

作った張本人であろう、王が死んだのだから。

そして、‘’囚人番号(なまえ)も忘れてしまった件の彼”は

言っていた。「俺達の分まで生きてくれ…そして、

[変わる世界を]…見届けてくれ」と。

もし本当に世界が…国が変わるのなら、見てみたいと…

それが好転するとは限らない。それなのに、

彼はその一縷(いちる)の望みに‘’()けて”みたいと思った。

‘’無姓児”関連や彼らの過去については

追い追い話していきます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ