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子供の練習帳  作者: 皿日八目
2/22

2:不眠/家が壊れること/食物の効能・素材について

 その日の夜は風が強かった。木材で組み立てられたオーエンの小屋は、突風が吹き付けるたびがたぴしと音を立て、彼を不安がらせた。


 寝床につく時間となっても、風の止む気配はなかった。眠れぬ。オーエンは目を閉じて無理くり夢の世界へ船出しようとするけれど、その度風が吹いて邪魔をするのだった。


 こうなれば、と、オーエンは自分自身に睡眠の呪文を試みた。自己を対象にし、<ギプノザ>と唱える。これは不眠症の巨人の目すら閉じさせるはずの魔法だった。


 しかし、オーエンは眠れない。即死と同じく、睡眠に対しても耐性を持っているためだったが、それは後に天界で眠りの神ヒュプノスと対峙するその時まで、彼にはわからないままだった。


 いくら試しても眠れないので、彼はやけになり、家中を駆けめぐった。そもそもそんなアクションを許容できるほど広い居住空間ではなかったので、すぐ彼は壁にぶつかり、それはちょうどこめかみへのクリティカルヒットであったため、気を失い、はからずも念願成就。


 翌朝、オーエンが目を覚ますと、家がなくなっていた。ひっきりなしの強風により、とうとう耐久度が限界を迎え、消滅してしまったのだった。


「あらら……」


 オーエンはあたり一帯に散らばった食器を、服を、本を、ゴールドを見た。これは骨が折れそうだと彼は思った。


 とりあえず寝床から起きて、風にも折れなかった畑の花々、そのなかからもっとも育っていたものをひとつ引っこ抜くと、生のままかじった。


 たちまち、彼の体じゅうに活力がみなぎった。なんといっても、こうした大惨事に取り掛かるために必要な能力値といえば、それはスタミナに他ならない。


 ありとあらゆる食物、野菜も魚も肉も穀物もパンも料理もなんでもかんでも、摂取すればバフがかかった。その効果の強さ・持続時間は、ひとえに食物の品質で決定される。


 もちろんおいしくないもの・毒になるものもあり、そんなものを口にすればなんらかのデバフがかかることは言うまでもない。ただ、極度に空腹な場合、そんなことを言っていられないのも事実だった。たとえ泥にまみれたパンや毒草と言えども、空腹を満たすためには飲み下さなければならない。


 この世界に暮らす生きとし生けるものがなにより重要視しなければならないのは、自分自身の体力であるからだった。


 オーエンの作る作物はどれもこれも極めて上質だったが、それを知る者はほとんどいなかった。これは自分の家で食べる用なのだった。


 彼の作物にはスタミナ・体力の恒常的な上昇/回復速度の倍化/特定の属性への耐性/一時的な運気の上昇など、書きつくせないほどの効果があった。


 この街よりはるか南の大農場国家エル・ファームにおいて、王室に献上されるようなそれ、下手をすればそれ以上の品質を誇っていた。


 彼がそのような大それた作物を耕作できたのは、彼が知らずしらずのうちに修得していた【農場】スキルの著しい発達のためであったけれども、彼がそのことを知るのには品評会の開催を待たなければならない。


 あちこちに散らばった家財を拾い集めながら、オーエンは家を作るのに、代わりの素材はなにがいいだろうかと考えていた。


 ……よく考えてみると、なぜ自分の家を木材で作ろうと思ったのかがわからない。木材は加工が簡単ではあるけれど、耐久度は石材とか金属とかと比べて見劣りするし、腐りもするのだった。


 【建築】のスキルが身についていないならなおさら、頑丈な素材を用いなければならないはずだった。どうして自分は木を使おうと思ったのだったっけ……?


 さらに考えると、彼は自分が、いつからこの街に住んでいたのか、誰から生まれたのか、そんなことすらまったく知らないことに思い至った。この記憶には以前にもたどり着いたことがあった気がするけれど、やはり今のいままで忘却していたのだった。


 さらに、その謎すべてについてが、あの『記憶のページ』を解読することで明らかになることも思い出した。慌ててどこに飛ばされたかと見渡したが、そのとたん、頭の上から降ってきた。いかにも摩訶不思議な書といった感じだった。


 まじまじと、改めてオーエンはその本を見つめた。いつか謎を解くためにも、早く新しい家を建設しなければ。元気を出して、彼は再び家財の回収へと乗り出した。


 オーエンが『記憶のページ』をついに明かそうとするそのときまでには、ソロの闇術使いがピンチになる、吸血鬼が街はずれに城を建てる、地下迷宮を探索する、死神を追い返す、空から畑に落ちてきた女の子を引っこ抜く、牛ごと宇宙にさらわれるなどの出来事をくぐり抜けなければならないが、彼はもちろんそんなことを知らなかった。


 太陽が南中するころには回収も終わり、この災難をリフォームするいい機会だと捉え直せるまでにもなっていた。オーエンは生来、楽観主義だった。


 郵便配達のためやって来たひとはこの有様を見て腰を抜かし、オーエンが治癒の魔法を唱えるまで動けないままでいた。


「郵便ですか?」


 他になんの用があるかといったらないだろうし、じゃあこの質問はなんなんだよと自分で顔を赤くしながら、オーエンは彼女に尋ねるのだった。


 いろいろ考えた挙げ句、やはり竜の骨が強度としては最高だろうとの結論に至った。ただ、その場合気がかりなのは、竜族とのエンカウント率の低さだった。


 彼の町の住民の平均レベルは5だった。ギルドにたむろする冒険者を加えればもうちょっと増すかもしれないが、それにしたって低いことには変わりなかっただろう。


 ただ、先日ひと騒動起こしたあのふたり、あのふたりのレベルが加わればあるいは――しかし、彼女たちが戻ってくるのはまだまだ先のことだから、この想像に意味はない。


 街の住民のレベルが低いということは、周辺のフィールドに出没するモンスターのレベルも低いということだった。「低きは低き、高きは高き」……これがこの世界におけるモンスター分布の大前提である。


 それでも、周辺のザコと比較して飛び抜けて強力だと思われるモンスターがまったくいないわけではなかったし、この街周辺のフィールドにおけるそれは<()()ドラゴン>だった。


 <はいドラゴン>は造物主がとち狂ったかと思われるほど、こののんきな地域にはそぐわない強さを持っていた。熟練の冒険者――というのはレベルが20を越えていることを指すが――が複数人がかりでやっと、まあ五体満足で逃走できるかどうかといったところだった。


 ()()と名付けられただけあって、遺灰のような色をしているウロコはよく剥がれ落ち、それを見ればいかなる人間だろうと動物だろうとモンスターだろうと、一様に身震いし、一刻も早く穴に潜り込みたくなるのだった。


 家を建設する素材として、そんな強者の骨ほどぴったりなものもないと、オーエンは納得しひとりうなずく。

 

 しかしそのエンカウント率の低さにはげんなりさせられることとなった。だいたい1000回に1回遭遇するかどうかといった希少度。もちろん、そう頻繁に出くわしては、おちおち隊商も出歩けないのではあるが……


 朝に摂取した作物のおかげで(ちなみに名前はモルフラワーという)スタミナ切れの心配こそないものの、うんざりする気持ちに歯止めはかからない。


 先ほどから平原を、あの灰色の巨躯だけを目当てに、あてどなくさまよい続けていたのだった。ただ、たいていのモンスターは彼の実力を直感し、ちょっかいをかけてこないため、余計な戦闘の手間がはぶかれたのは助かったが。


 あんまりなにも出てこないので、彼は鼻歌を歌い始めた。それは偶然にも竜族の聴覚に心地よく響くものであったため、すぐ目当てのドラゴンが向こうからやって来た。


「わお」


 オーエンはびっくり。


「もっと早くすればよかった」


 無理もない。彼は自分にエンカウント率操作にまつわるスキルがあるなどとは、つゆほども想像していなかったのだから。


 

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