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第五章

 第五章


 境内の隅、大きな神木の周りに俺は封界を張っていた。

 俺はこれから、昨日の美切の言う通りに午前中の時間から特訓をする事になっている。といっても、時間の経過は無いから特訓が終わっても午前中のままなのだが、疲れだけは残るのである意味その後の午前中は体力の回復に宛がわれる。そして、さらに今日は午後も特訓をするというのだからたまらない。

 俺が封界を展開し終わると、さっそく美切は刀の姿になる。刀になった美切を持ち、俺は抜刀をする。いつもなら、ここから素振り百回が始まるのだが、その前に俺は美切の変化に気がついた。

「なぁ、美切。お前なんか刀身の輝きとか波紋とか綺麗になってないか?」

『何を言っているのだ? 私の姿が変わる訳が無いだろう。錆びたりはするかもしれないが、刀の本質の姿が変わるはずが無い』

「とは言っても、絶対に変わってると思うんだけどな……」

『まぁ、私達は装飾具によって人の姿を変えるから、人の姿の時に何か変わった事をすればその変化が現れる可能性もあるといえばあるがな。とにかく、今は特訓に集中しろ』

「ああ、分かった」

 そうして、俺はいつも通り素振りを始めた。最初に素振りをさせられた時はその重さと形状の違いなどで戸惑わされたものだが、一週間も経てばそれなりに慣れてくる。そのおかげか、素振りの回数も増えたし、最近ではそんなに疲れる事もなくなってきた。

 筋力もつき、体力もついた俺は着実に前よりも強くなり始めていた。部活と特訓の両方で鍛えられている俺はメキメキと基礎力をあげているのだ。部活でも素振りなんて楽だし、かかり稽古でも体力が切れる事は無い。

 しかも、素振りの後の美切との手合わせで本格的な斬り合いをしているのだから、剣の腕も上がっている。部活でもずいぶんといろんな人に有効打を入れられるようになってきている。

 これも、封界無しでは出来なかった芸当だ。この空間はある意味、実際の戦いの場よりも特訓をする方が向いているような気がする。

 そんな事を考えているうちに素振りの百回は終わってしまった。腕に鈍い重みが走るが、これでも本当に良くなったほうだ。俺は美切を鞘に収めると、そのまま、前に差し出した。すると、美切もすぐに刀の姿から人の姿へと変化した。

「よし、大分素振りも良くなってきたな。後は、地道な積み重ねと剣術の上達だな」

「問題は剣術のほうだろ? 筋力や体力はどうにかしてればつくけれど、剣術だけは修練と、腕のいい先生に教わらないと上手くならないぜ」

「ほぅ、私の教えは不満か?」

「そんなこと言ってねぇだろ。十分にお前は強いし、教えるのも上手いよ。何しろ、使われる側だからな、どうやって使われれば言いか分かるんだろう?」

「まぁ、確かにその感覚はあるな。今の私の教えている剣術も昔、私を使っていた者の流派だろうしな」

 流派と聞いて、俺は昔の剣豪の流派を思い出していた。有名どころで言えば、示現流やら、天然理心流とかだろう。しかし、今の時代にはそんな流派などほとんど残っていない。むしろ、流派を守って教えている方が少ないだろう。

「美切は昔に自分を使ってた人とか覚えてないのか?」

「うん、覚えていないな。昔の記憶もちらほらとしか覚えていないし、ちゃんとした自我を手に入れたのはお前と出会ってからだからな」

「ふーん、そうなんだ」

 腕の回復の為に話していたが、面白い事が聞けた。オカルトなんて信じてはいなかったが、物にもやっぱりちょっとした意識があるんだな。まぁ、植物にも意識があるんだし、刀なんて人の意思が篭った物には、そういうのもつきやすいんだろうな。

「さて、もう休憩はいいだろう。手合わせに入るぞ」

「よし、了解!」

 そう言って俺達は木刀を握り締める。特訓に大分なれてきた俺だが、手合わせは未だに慣れていない。俺が上達するのに合わせて、美切が手加減を外していくので、実質的に追いかけっこをしているようなものなのだ。

 間合いを取り、相手の出方を見極めようとするのが本当の戦い方だが、この手合わせでは俺が先手を打って斬りかかっていく。美切曰く、弱いうちはまず打ち合いをする事が大切なのだとか。

 そんな訳で、俺はいつも通りに息を整えると美切に向かっていった。

 普通、剣道などでの構えは上段か正眼の構えだが、美切との手合わせの時は違う、八相の構えで向かっていく。あくまで、これは本当の斬り合いを想定したものなのだ。

 俺は構えた木刀を振り下ろす。しかし、すぐにそれは体をそらして避けられてしまう。そして、態勢の崩れたところに美切から上段の振り下ろしがやってくる。俺はそれを木刀で振り上げるように防ぐ。

 だが、その瞬間に美切の素早い蹴りが腹に入る。俺はたまらず、後ろに下がるが美切はそのまま追いかけてきて斜めに木刀を振り下ろしてくる。もう一度同じ形になるのを恐れ、俺は木刀をいなすように弾く。美切はそのまま木刀を地面すれすれまで下げる事になった。そこで、俺は一歩後ろに下がり、素早く踏み込みながら突きを放った。

 しかし、それも美切には簡単に避けられてしまった。それどころか、突きによって隙だらけになった俺に美切は下段から横っ腹に薙ぎ払いを入れてきた。そこで、俺は痛みによってうずくまる形になる。

「まずは、一本だな。振り下ろしは悪くないが、その後の受けが悪い。一度受けきったからといって油断するから追撃を食らう事になるのだ。受けた後も気を抜くなよ。それと、実戦で突きをする時は腕だけでなく、体全体で突っ込め、出ないと今みたいに隙だらけになるぞ」

 俺が痛みを堪えているうちに、美切は容赦なく今行なった斬り合いの評価をしてくる。これがいつも通りの特訓の光景だ。確かに無駄がなく、教え方も上手いのだが、このスパルタさは、きっといつまでもなれる事はないだろう。

 痛みが徐々に引いていき、やっと動けるようになると、次の斬り合いが始まる。後はこれの繰り返しだ。俺はもう一度、八相の構えを取る。息を整えて立ち向かっていこうとした。

 しかし、その前に封界の外壁が揺らいだ。封界に干渉できるのは同じ村正とその契約者しかいない。そこには案の定、ナツキと守の姿があった。俺は構えを解いて、ナツキの方に振り返る。

「あっ、ごめんね、特訓中に。でもちょっと用があって来たの」

「俺にか? また守の調子でも悪いのか?」

「ううん、そういうのじゃなくてもっと他の事なんだけど」

「あ〜、話が長くなりそうだな。おい、美切。一旦、止めようぜ」

「むぅ、仕方が無いな。ナツキよ、さっさと済ませろよ」

 美切の了承を貰い、俺は封界を解く。すると、汗をかいた体には気持ちのいい風が吹いていた。

「ここじゃなんだし、俺の部屋に行っててくれないか。俺は汗を拭いたらすぐに行くからさ」

「うん、分かった。お邪魔してるね」

 そう言って俺達は別れた、別段汗をかいていなかった美切はそのまま部屋に付いて行ったようだ。守と喧嘩してないといいけど。

 俺は洗面所のタオルで汗を拭くと、冷蔵庫から麦茶を取り出した。お盆に人数分のコップを載せて部屋に戻っていく。すると、俺の部屋からは、予想通りに美切と守の声が響いていた。

 俺が扉を開けて部屋に入ると、そこでは美切が今にも守に斬りかかりそうな感じで迫っていた。その目の前では、守が冷静に興奮している美切を馬鹿にするような目で見ていた。

「あ〜、さて、なんでこの二人は喧嘩しているんだ?」

「喧嘩なんかしていない。突っかかってきたのはあっちのほう」

 そう言って守は美切を指差していた。美切は守の行動自体が気に入らないのか、その一挙一動に反応して苛立ちを見せていた。

「人の事を指差すな!」

「人じゃない、刀だし」

 守も冷静で大人しそうに見えるが何気に美切を挑発するような事を言っていた。どうしてこう、こいつらにはお淑やかな部分がないんだろう。

 そんな二人を放っておいて、俺はナツキに今日来た目的を聞く。

「んで、今日は何で来たんだ?」

「あ、そのね。私って、今まで剣道には興味あったけど刀とかにはまったく興味がなかったの。それでね、守ちゃんを持ってから思ったんだけど、真剣を持っているのって法律に引っかからないのかなって思って、ほら銃刀法とかあるよね?」

「ああ、そういう事か。だったら、心配は無用だぜ。銃と違って、真剣を持っているからといって銃刀法に引っかかる事はないから」

 俺がそう言うと、ナツキは安心したようでため息をついた。コップに注いであった麦茶を少し飲むと嬉しそうに話しかけてくる。

「良かった〜。私てっきり犯罪者になっちゃったかと思ったよ」

「日本刀や刀剣類の所持許可は特別なんだよ。ナツキみたいに、真剣を持っているだけで銃刀法に引っかかるんじゃないかって思っている人が沢山いるんだ。けど、実際は違う。登録証の付いている刀剣ならの住んでいる県の教育委員会に葉書で持っている事を申請すれば誰でも真剣を持てるんだ」

 しかし、そう言った時、俺は自分で言っている事の意味に気がついた。そう、確かに申請をすれば誰だって真剣を持てる。しかし、俺はまだその申請をしていない事に気がついた。いや、それどころか美切には登録証が付いていない事にも気がついた。

「早ちゃん……。守ちゃんにそんなの付いてこなかったよ……?」

「美切にも付いてなかった……」

 とんでもない事に気付いた俺達の雰囲気に、美切と守もようやくこっちの話を聞くようになった。しかし、そんな事はどうでもいい。とりあえずは、こいつらを一刻も早く、警察に持っていって手続きをしなければいけない。

「ナツキ、これから警察にいくぞ」

「ええっ! やっぱり、私達って犯罪者なの!」

「違うわ! こいつらを発見したって届けを出してもらいに行くだけだ!」

「あ、そうなんだ。良かった〜」

「まぁ、このまま放っておいたら本当に犯罪者だけどな」

 そう言うとナツキはまたもビクリと肩を飛び上がらせていた。しかし、早めに気がついてよかった。今まで買ったものは全部真剣じゃあないからそんな事をする必要がなかったもんな。

 俺とナツキはとりあえず、警察へ行く事にした。その間、二人には留守番をしているように言っておいたが、心配だったので親父に面倒を任せる事にした。

 他の村正だと守を紹介すると、親父は何故か嬉しそうにしていた。しかし、とりあえず面倒は見てくれるようなので、俺達はそのまま警察へ向かった。

 警察に行くまでナツキはずっと怯えていたが、警察に着いて発見届けを貰うと、やっと落ちついたようで疲れきった顔をしていた。

 後はこれと美切達を持って審査日に審査をしてもらうだけだ。審査日はまだ先だったが、とりあえずこれで法律違反は起こさなくて済みそうだった。家についた時、俺はナツキに審査日までは心配しなくて言い事を伝えた。

「それじゃあ、今日はこれで帰るね。特訓頑張ってね」

「ああ、サンキュ」

 そうして、ナツキが振り向いて帰ろうとした時だった。しかし、その前に守がナツキの服を掴んでいた。

「ナツキ、まだ言う事があるの、忘れてる」

「あっ、そうだった」

「何だ? まだ何かあるのか?」

「うん、あのね。私はよく守ちゃんを連れて出かけたりしてるんだけど、その時に、守ちゃんが美切ちゃん以外の村正の気配を近くで感じたんだって。だから、注意していつも自分達を持っているようにしてほしいって」

「そうか、分かった。なるべくそうするよ」

「うん。それじゃ、またね」

 そうして、やっとナツキ達は家へ帰っていった。

 他の村正の存在が分かった以上、美切を持ち歩かない訳にはいかないな。幸い、剣道具ってカモフラージュもある訳だし、学校に持っていく時は刀の姿で、外を歩く時は人の姿で行けば問題ないだろう。とりあえず、村正対策はそれでいいな。

 そう考えながら、俺は部屋へ戻ろうとした。家の居間では親父が妙に疲れているようだったが、俺は気にせずに部屋へ戻った。部屋では美切が妙に不機嫌そうだった。俺はこの機嫌のせいで午後の特訓が辛くならない事を祈るばかりだった。


                    *


 翌日。

 剣道具に混ぜて美切を持ち込んだ。登校中に一度巡回中の警官に会ったが、もし見つかったらとんでもない事になると心臓がバクバクした。そんな訳で上手くカモフラージュで誤魔化せていたのだが、何故か健太にだけは見切られてしまった。

「んで、その刀は一体どうしたのかな? この間、言ってたよなぁ。親父さんに取り上げられたって。何でその刀がここにあるんだ〜? しかも、沢井まで刀を持っているってどういう事だよ〜」

「あ〜、いや実はあの後に親父に懇願して取り返したんだよ。んで、ナツキが持っているのはうちからもう一本出てきたやつでプレゼントしたんだ。ほら、剣道やってるから、筋力を鍛えるのに丁度いいだろ! しかも、鑑賞も出来るしさ。ナツキにも刀の素晴らしさを教えたかったんだ!」

 俺がそんな言い訳をすると、健太は目を見開いて抗議してきた。

「だったら、居合い刀の方をプレゼントすればいいじゃないか! 真剣だぞ! 滅多に手に入る物じゃないし、買えるような物でもないぞ! なんで俺にくれないんだよぉ!」

「男に無償でこんな貴重な物をプレゼントする訳ないだろうが! ナツキだから特別なんだ!」

「けっ、また沢井だけ特別かよ。そりゃあ彼女には特別扱いしたいのは分かるけど、刀の親友よりも優先するかよ!」

「誰が彼女だ! ナツキとはそんなんじゃないって言ってるだろうが」

「うう、何もそんなに否定しなくても……」

 ナツキが何かをぼそりと呟いていたようだが、そんな事よりも今は健太をどうにか落ち着かせる方が重要だ。HRまではまだまだ時間がある。それまで、しつこく食いついてくる健太をどうすればいいのか、俺は最大限に知恵を振り絞った。しかし、その前にある一つの問題が起きた。

「あれ? でも、その刀って早斗の蔵で見つかったんだろ? 登録証とかついてたのか?」

 その言葉に俺とナツキが固まる。そう、この刀はまだ審査をしておらず、所持許可が出ていないのだ。しかし、俺達はそれを知っていて持ち歩いている。これは立派な法律違反であった。

「おい、何でそこで固まるんだ? まさか、この刀。登録証がないのに持ち歩いているんじゃないだろうな?」

 俺達は何も言えずに健太から視線そらしているだけだった。その行動に健太が驚いて言ってくる。

「おい、それじゃ銃刀法違反じゃ――」

 健太がとんでもないことを口走りそうになるので俺は健太の口を急いで塞いだ。そうして、俺はこれ以上粘っても仕方が無いと思い、健太に美切たちを見せる事にした。

「分かった。見せる。見せるからこの件は黙っておいてくれ。こっちにも仕方が無い理由があるんだ」

「お願い! バレたら大変な事になっちゃう!」

 俺達の必死な頼みに健太は引いていた。しかし、少し考えるような感じで唸ると、頼みを聞いてくれた。

「まぁ、見せてくれるんならいいか。でも、そんな危険な事すんなよ。警察に見つかったら大変だぞ?」

「ああ、それも承知だ。でも、しょうがないんだよ」

 俺がそう言うと、健太は不思議そうな顔をしていたが、それでも刀が見れればいいようだった。こいつも筋金入りの刀マニアだしな。

「それじゃ、昼休みに屋上の踊り場で見せてくれよ。あそこなら誰も来ないし、丁度いいだろ」

「ああ、分かった。約束しよう」

「よっしゃー!」

 健太は嬉しそうに叫ぶと自分の世界へ陶酔し始めていた。これで一旦、問題は解決しただろう。しかし、昼休みが丸々潰れることは確実だと思っていった。


                    *


 予想通り、昼休みは健太のせいで飯を食う時間さえ削られた。健太の熱狂振りは凄く声などが廊下に響き渡りそうだったが、それでもまだ良かったほうだろう。健太には銘を聞かれたが、無銘という事にしておいた。これで、銘は村正だ、なんて言ったらそれこそ大変な事になるだろう。

 そんな訳で、昼休み中ずっと振り回されていた美切と守はたいそう疲れた様子でイラついていた。

「災難だったな」

『あいつ、いつか斬ってやるか殴ってやる。べたべた触って、刀身には触れなかったがなんだか生理的に気持ちが悪かった……』

『ナツキ、私はもうあいつに触られたくない。絶対に……』

「あははっ、ごめんね。お疲れ様」

 今は剣道部へ向かっているところだ。その少しの間に、美切達はずっと喋れなかった思いを俺達にぶちまけていた。教室では勿論、その他でも喋れる場所なんてないからな。剣道部に向かう、この時だけが喋っていても問題のない時間だった。

「さて、もうそろそろ練習場だから喋るなよ」

『もうか、ほんのちょっとしか喋れなかったな。帰ったら愚痴を聞いてもらうからな、早斗』

「はいはい、すいませんでした」

 適当に美切へ返事を返すと、俺達は練習場へ入っていった。中ではいつも通り、先に来ていた後輩が練習場の掃除をしているところだった。しかし、そんな中にいつもでは見れない姿があるのに気がついた。

「あれ、部長。早いですね、どうしたんですか?」

「ん、ああ、見凪と沢井か、相変わらず同伴で仲のいいこった。っと何だ、その竹刀袋。木刀でも入ってるのか?」

 俺達を見た後に部長はすぐに竹刀袋の異変に気がついた。さすがは剣道部員だ。誤魔化しきれないだろうな。しかし、真剣だという事はない。木刀だといえばいいんだ。

「ええ、そうです。たまには持ってきてみようかと思ったんですが、結局持ってきても、まだ昇段試験までは気が早いんで無駄になりましたけどね」

「そうだな、今はまだ、練習をする必要はないだろう。相変わらずボケてんな、でも沢井もか?」

「えっ、あ、はい。早ちゃんに言われて持ってきちゃいました」

「ふーん……」

「それじゃ、着替えてきますんで」

「失礼します、部長」

 俺達はそう言ってお互いに別れていった。ちょっとヒヤッとしたが、後は自然にしていればいいんだ。そう自分に言い聞かせながら、俺は着替えを始めた。


                    *


 練習の前半が終わって、後半のかかり稽古に移った。美切の特訓によって体力のついた俺にとって剣道部の練習は大してきついものではなくなっていた。

 他の部員が息を切らせて練習する中、俺はまだ少しだけ余力を残しながら相手に対して攻め込んでいた。おかげで、相手は動きが緩慢になっており、何度も有効打になるような好感触の一撃を入れる事が何度も出来た。

 マネージャーの笛によって、相手の交代が告げられる。今まで練習して居た相手に礼をして、次の相手に移動する。すると、今度の相手は部長だった。

「おっ、今度は早斗か。また締め上げてやるよ」

「残念です。そうはいきませんよ!」

 稽古開始の笛が鳴る。

 その瞬間、俺は部長に対して先生を取る為に速攻で一本を取りにいった。俺の急な一撃に驚いたような部長だったが、残念ながら俺の面は防がれてしまった。さすがは部長だ。しかし、それで終わった訳じゃない。俺は鍔迫り合いに入るとすぐに間合いを取る為、引き胴を打ちながら下がった。

 俺の急速な打ち込みに部長は感心しているように笑っていた。間合いを取りながら、相手の隙を狙っていると、部長がこんな事を言ってきた。

「なぁ、早斗。お前って最近強くなったな。何か秘密の特訓でもしているのか?」

「ええ、まぁ、ちょっとですけど」

「そうか、それはいいな。だったら、ちょっと本気で戦って見ないか。一本勝負のつもりでさ」

「いいですね。望むところです」

 俺が部長の提案を呑むと、部長は嬉しそうににやりと笑った。俺はその笑いに覚えがあった。それはいつも部長が悪巧みをする時の顔だった。

「それじゃ、負けた方が稽古終わった後にジュース一本な!」

「はっ? それはないですって!」

「残念〜、もう約束はしたぞ。という訳でいっくぞ〜」

 そう言うと部長は俺から距離を取ると構えを変えた。その構えは上段だった。

 部長の本気は上段である。いつもの稽古では他の部員と稽古しやすいように正眼の構えでやっているが、警察庁の練習では上段でやっているらしい。つまり、今の部長はマジで本気なのだ。

 部長の上段に、隣で練習していた先輩がこっちを凝視するほどだ。というか、周りで練習していた部員が揃って手を止めている。皆部長の上段に注目しているのだ。最後に上段を使っていたのは、県大会の時だろうか?

 しかし、俺にそんな事を考えている暇はなかった。先ほどまでとは違った威圧感に俺は息を飲む。それはまさに気合の壁だった。しかし、その感覚に俺は興奮していた。

 俺は上段からの面を警戒する為に、竹刀の剣先を少し上げる。少しでも早く面に対応できるようにする為だ。何しろ、上段から繰り出される脅威は恐ろしく早い面だからな。しかし、逆に胴が空くというデメリットもある。

 俺は胴一本を取る事に集中した。筋力がついた為、素早く竹刀を振れるようになった今の俺なら面を避けて胴で対抗するのが一番いいだろう。面に対しての胴はカウンターになる為、俺はわざと部長の間合いに入る。そして、剣先を揺らして挑発するように足取りをした。

 しばらくの間、間合いの取り合いがあったが、長くは続かなかった。部長の竹刀が微かに後ろに下がったと思った瞬間、部長は踏み込んできた。

 俺はそれに反応し、胴を打とうとした。部長の面を避ける為、微かに右に逸れながら部長の胴目掛けて竹刀を振っていく。しかし、部長の打撃は俺の想像していた面ではなかった。

 振り下ろされた竹刀は円弧を描き、俺の胴へ振り下ろされていた。しかも、剣道ではあまり打たれる事のない、逆胴と呼ばれるものだった。対応の出来ない俺にはその竹刀の進行をふせぐ事は出来なかった。

 俺の竹刀が部長の胴に入る前に、衝撃と共に俺の胴に竹刀が思い切りよく、ぶつかっていた。その速さは俺の胴よりもはるかに速かった。そのまま、すれ違い振り返る。完璧に俺の負けだった。

「はい、一本〜。早斗も文句ないよな〜?」

「うっ、……はい。今の逆胴は確実に入りました」

 そう言った瞬間、周りから拍手が鳴る。気がつけば女子の方も手を止めて、こちらの一本勝負を見ていたみたいだ。拍手を送られているのは部長だろうが、俺はなんだか恥ずかしかった。それと同時に、悔しかった。

「早斗も惜しかったな。俺が面を打ってたらどうなるか判んなかったところだ。いい一撃だったぞ」

「はい、ありがとうございます」

 部長は俺に対し、賞賛の言葉をくれた。しかし、これだけ強くなっても、まだまだ上の実力の人がいる事を思い知らされたのだった。

「よ〜し、それじゃ練習再開だ。全員もう一度、構えろ」

 そうして、練習は再度開始された。かかり稽古では部長はまた正眼の構えに戻り、それなりの打ち合いをして相手の交代となった。

 その後も、他の部員と練習したが、部長とやりあった時のような高揚感は得られなかった。そうしているうちに今日の練習は終わってしまっていた。


                    *


 帰り道。

 俺はへこみながら、ナツキと共に帰っていた。

「はぁ……」

 俺はさっきの部長との試合を気にしていた。相手は県大会で上位を出す人だ。おまけに警察でも練習している剣道の熟練者。負けても仕方ないはずだったが、どうしても俺は負けた事が

悔しくて仕方が無かった。

「早ちゃん。まだ気にしているの? しょうがないよ、早ちゃんが強くなったっていっても、まだ一週間しか経ってないんだよ? それでこれだけ上達すれば凄い方だって!」

「分かってるよ。でも、どうしても気になってしょうがないんだ」

「気持ちは分かるけど……」

 ナツキが何とか元気を出そうとしてくれているのは分かる。しかし、それでも俺はへこんだままだった。

『ふん、一体何時までへこたれているつもりなんだ。なんなら、この後帰ってから特訓してもいいのだぞ、その根性も鍛え直してやるがな』

 そんな美切の言葉だったが、逆に俺にとっては好都合だった。今の俺は考えれば考えるほど落ち込むだろう。だったら、考える気力も無いほどに体を動かせばいい。そう思ったのだ。

「そうだな、帰ったら特訓しよう。その方が何も考えないで済むから楽だ」

「ええっ! まだ練習するの?」

『おお、本当に乗ってくるとは思わなかった。やる気があるな。まぁ、別にいいがな』

『自暴自棄になってるだけね』

 三人がそれぞれ驚いたり、呆れたりしていたがそれでも構わなかった。今は無性に強くなる事だけが俺の目標になっていた。


                    *


 前回の部活から数日後。

 今日は今週二度目の部活だ。帰りのHRが終わると、俺はさっそくナツキを連れて練習場へ向かっていた。

「早ちゃん、今日はなんだか燃えてるね。やっぱり、部長にリベンジするの?」

「ああ、今日もかかり稽古で当たるだろうからリベンジを申し込むんだ。この間から、普通の特訓に加えて上段に対抗する戦い方を美切に習ったからな。準備は万全だ!」

『とは言っても、まだまだ形にしかなってない未完成なものだがな』

 前回の部活から帰って以来。俺は通常の特訓と加えて上段対策の戦い方を美切から教わっていた。そのおかげで、ある程度の上段への対抗の仕方は分かったが、それでも美切の言う通り、まだまだ形になっていない未熟なものだった。

 しかし、それでも俺はリベンジを申し込む。そして、さらに強くなった事を部長に認めさせてやるんだ。

 意気込んでいた俺は勢い良く練習場に入る。すると、さっそくリベンジ対象の部長がいるのを発見した。部長は俺の視線に気付いたのかこっちに寄ってきた。

「お〜、なんだなんだ。その対抗意識バリバリの目は〜。もしかして、この間の勝負がまだ気になってるのか?」

「その通りですよ、部長。今日こそはリベンジを果たして見せますからね! 受けてくれますよね?」

 俺が意気込んでそう言うと、部長はにやりと笑った。

「まぁ、いいけどな。返り討ちにしてやるよ、はっはっはっ!」

 部長はまるで俺の相手など楽勝だという感じでいた。その態度に、俺のやる気にさらに勢いがついた。しかし、そんな部長はその後に普通の顔になって言ってきた。

「あ〜、それとだ。今日、部活が終わったら二人共ちょっと練習場に残っててくれないか? ちょっと話したい事があるんだ」

「話したい事? 今じゃ駄目なんですか?」

「ああ、部活が終わった後じゃないと駄目だな。まぁ、大して時間は掛けないと思うし、よろしくな」

 そう言うと、部長はその場を離れてってしまった。俺とナツキはなんの話だろうと疑問に思っていたが、部長からの話という事で仕方なく残る事にした。

「なんだろうね。私達二人に話しって?」

「さぁな、どうせくだらない事だろう、時間は取らないって言ってるんだしいいんじゃないか」

 そう言って俺はナツキと別れて更衣室へ向かった。俺は袴をいっそう強く締めると、今日の練習を頑張るように気合を入れた。


                    *


 練習が終わった。

 後半のかかり稽古で部長と当たる事になった俺はリベンジを申し込んだ。部長もそれを受けてくれて、勝負が繰り返された訳だが――結果は、負けだった。

 今回の一本は今度こそ、面だった。しかし、ただの面じゃない。遠距離からの片手面だった。両手じゃあ絶対に届かない距離からの打ち込みに俺は油断して面を入れられてしまったのだ。

 結局、突きつけ刃の上段対策は徒労に終わった。部長からは、まだまだ練習が足りないぜ、とまたしても悔しい思いをさせられる事になってしまった。

 そして、練習も終わって皆が帰る中。俺は部長と共に部室で皆が帰るのを待っているところだった。

「早斗は最近本当に強くなったなぁ。一体どんな練習をしてるんだ? それとも、道場に通ったりしているのか?」

「ああ、いえ。知り合いに剣道が凄く強いやつが居るんです。そいつに教わっているんですよ」

「へぇ、そうなのか。それはいいな気軽で」

「俺も確かに知り合いっちゃあ知り合いだけど、何しろ練習に来る人が警察官の関係者だからそれはもうお堅いことで、大変だよ。練習も部活よりもっときついしね」

 昔、通っていた道場が潰れた時、剣道を続けようと警察の剣道道場を見に行った事があるが、その練習は今までの練習よりももっと厳しいものだった。結局、そのつらそうな光景を見て入るのを止めてしまったがそれを部長が続けているというのはさすがだと思う。

「でもね、最近気の合ういい友達が出来たんだよ。確かにそいつも剣道が上手くてね。たまに助言してもらう事があるよ」

「へぇ、そうなんですか。よかったですね」

「ああ、出会えてよかったと思っているよ。本当にね」

 部長は嬉しそうにその友達の事を語っていた。そんな風に話しているうちに部員はどんどん帰っていっていた。しかし、部長は部員全員が帰るまで、更衣室から動こうとはしなかった。

 やがて、最後の部員が俺達に更衣室の鍵を渡すと、ようやく部長も腰を上げた。そして、ようやく俺達も荷物を持って更衣室を出る。そうすると、丁度女子も更衣室に鍵を閉めている最だった。他の女子部員と別れたナツキがこちらにやってくる。

「お待たせしましたか?」

「いや、大丈夫だよ。俺達もやっと今から鍵を閉める所だからさ」

 そう言いながら部長は更衣室の鍵を閉めていた。その間に女子部員達はナツキに一声かけて帰っていった。これで、練習場には俺達しか居ない事になった。

「さて、これで準備は整ったかな」

「いったい何の用なんですか? 折れ高ならまだしも、ナツキも一緒だなんて珍しい」

「やっぱり、部活の事で話があるんですよね?」

 俺とナツキが訊ねると部長は練習場の入り口へ向かっていった。俺達も行いていこうとした時、部長は立ち止まり、言ってきた。

「実はな、お前らに紹介したいやつが居るんだ。早斗には少しだけ話したよな?」

「ああ、気の合う友達でしたっけ? この学校の生徒なんですか?」

「いや、違うんだが今日は特別に来てもらった」

 すると、入り口から一人の女の子が入ってきた。背は小さいが部長と友達という事は同い年くらいなのだろう。明るい茶髪の女の子は美切や守に劣らずに可愛かった。いや、どちらかというと美人といったほうが似合うかもしれない。

 その女の子は部長に似た感じが合った。女の子は俺達の方に近づいてくると、明るく挨拶してきた。

「初めまして、舞風って言うよ。そっちの彼女が女子のエースで、君が怜也の言う急成長の期待の後輩だね」

 笑顔で俺達の事をそんな風に言ってきた。俺が舞風さんに部長と似た感じがあると思ったのは性格が似ているからか? 笑顔で挨拶をしてくる舞風さんに俺達も挨拶をする。

「初めまして、見凪って言います」

「初めまして、沢井 ナツキといいます」

 そうすると、舞風さんが手を差し出してきた。そうして、俺達が舞風さんに近づき握手をしようとした時だった。その瞬間、竹刀袋に入っていた美切が声を上げた。

『そいつから離れろ! 早斗!』

 俺は驚いて動きが止まる。その時、竹刀袋から光が放たれた。そう思った時にはすでに美切は人の姿に変化していた。俺はそのまま美切に引きずられるように後ろに下がる。下がった後ろでは守も人の姿になっていた。

「早く離れろ! こいつは……、村正だ!」

「なっ! なんだって!」

 それは、突然の警告だった。今の今まで何も言ってこなかった美切達は、急に警戒し始めて俺達を舞風さんから引き離す。俺とナツキが美切達の突然の行動に動揺していると、部長がこっちに戻ってきて舞風さんに話しかける。

「おい、もう正体をバラしちまったのか? ったく、せっかちだな。もう少し遊んでからにしようと思ってたのに」

「いいじゃないか。どうせ怜也は僕の事を言うつもりだったんだろ? なら、この力だって意味が無いじゃないか。だったら、バラしてもいいだろ?」

 部長と舞風さんが話している俺達は急に起きた状態の把握をしているところだった。美切と守は心底驚いているようだった。普段は仲の悪い二人だが、今は俺達を混ぜずに話し合っているほどだ。

「おい、どういうことだ。今の今まであいから村正の気配など感じなかったぞ」

「私も同じ。まったく気配を感じなかった。あいつは何?」

「そんな事、私に分かるはずが無いだろう。だが、村雅である以上は戦うっていう事に変わりはない!」

 そう言うと、二人は俺達に寄り添っていつでも刀の姿になれるように準備をしていた。しかし、俺達はまだ現状をよく理解出来ていなかった。

「ちょっと待て、舞風さんは本当に村正なのか? だとしたら、何で今まで言わなかったんだよ!」

「言わなかったのではない! 本当についさっきまで、あいつからは村まさの気配がしなかったのだ」

「そんな事あるのかよ! お前らがうっかりしてただけじゃないのか!」

 俺と美切が言い争いをしていると、舞風さんはクスクスと笑い始めた。その態度に、美切が表情を尖らせて問い詰める。

「おい、貴様! 何がおかしい!」

「ああ、ごめんごめん。同じ村正でもここまで覚醒状態に違いが出るなんて思っていなかったからさ。それがおかしくて」

 そう言うと、舞風さんは俺達から離れて部長の方へ戻って行った。すると、こちらを振り返ってきた。その表情は今までの笑顔ではなく、どこか冷たい悪寒を覚えるような冷たい笑顔だった。そして、舞風さんはもう再度、挨拶をしてきた。

「改めて、村正の一振り『(とう)()舞風村(まいかざむら)(まさ)』って言うよ。もうバレちゃってるから言うけど、僕の力は『気配殺し』。そのまんまの意味で村正としての気配を消せるんだ」

 舞風さんが刀としての気迫を出しながらこちらを威圧してくる。今まで舞風さんが村正田と信じられなかった俺とナツキにもはっきりと分かるようにだ。

 俺達はようやく、舞風さんと部長が俺達と戦う意思があると分かった、舞風さんの気迫に押されながらも俺達は臨戦態勢を取る。しかし、そこで俺は一つの言葉に気がついた。

「おい、美切。力ってなんだよ。俺はそんな事聞かされてないぞ」

「守ちゃん、力ってなんなの?」

 俺とナツキが美切と守に質問をする。しかし、質問をされた美切達は真剣な顔をして答えてきた。

「知らない……」

「はっ?」

「私もあんな力があるなんて知らない! そんなの、今初めて聞いた!」

「守ちゃんも……?」

「私も知らない。そんな力があったら使っている」

 美切達から返ってくる返事に俺達は落胆する。向こうは特殊な力を使ってくるのに、こちらは使えず戦う事になるのか。

 そんな事は避けなければいけない。能力だけでなく、部長自体も剣道が強いのだ。きっと剣術のほうも使えるに違いない。

「さて、舞風の紹介も終わった事だし、もうそろそろ本題に入ろうか……、封界!」

 部長がそう言うと世界の風景が鋼色に一変する。特訓で見慣れた封界でも目の前に戦うべき相手が居ると、そこは戦場になる。

 舞風さんが部長に近寄る。舞風さんは人の姿から刀の姿に変化する。部長の手の中には長さが六十三センチ程度で橙色の鞘が握られていた。

 その様子に美切も刀の姿に変化しようとする。俺の手を握ってきたと思うと、その温もりは無くなり、光と共に赤い鞘に入った刀の美切が俺の手の中に収まる。ナツキも同じく、守を握り締めていた。

「さて、まずは厄介な沢井から倒していこうか」

 何の抵抗も無く戦おうとしてくる部長に、俺は説得の言葉をかける。

「ちょっと待ってください、部長。なんで俺達が戦わないといけないんですか!」

「何を言ってるんだ? 契約者になった時点で、人と戦う事になるのは分かっていた事だろう? 知り合いだからって戦わないっていう理由にはならないだろう、早斗」

「それは……、そうですけど……」

「まぁ、こうなったのもしょうがない事だ。だったら、その流れに身を任せるしかないだろう?」

 そう言うと、部長は刀を抜いてくる。俺も抵抗があったが、それに対応するように刀を引き抜く。そして、八相に構えた。ナツキも同じく守を抜いていた。構えはいつも通りの正眼だった。

「へぇ、早斗は八相の構えになるのか。面白い発見だ。今度、部活で使ってくれよ」

「笑い事じゃありません!」

 戦いの最中でも笑っている部長に、俺は警戒しながら声をかける。しかし、俺の構えを見終わった部長はその視線をナツキに向けた。

「さて、沢井は戦う事に文句は無いようだな。だったら、いくぞ」

 そう言うと部長は、俺に見向きもせずにナツキのほうへ向かっていった。お互いに正眼の構えの二人は間合いに入ると、刀を振りかぶって切り結ぶ。

 鋼の激しくぶつかり合う音が練習場に響いた。重なり合い、鍔迫り合いをする刀同士はギリギリと金属の擦れる音が鳴っている。しかし、鍔迫り合いは長く続かなかった。ナツキが刀を引くと、しのぎを使って部長の刀を流れるように渡り、横をすり抜けていった。

 そして、反撃として横からの薙ぎ払いを放っていた。しかし、部長もそれを同じく横薙ぎで対応していた。またしても激しくぶつかり合う刀同士の音に、今まで固まっていた俺の頭が回りだす。

 二人は間合いを取り合い、睨み合っていた。部長から離れたナツキは、まだ戦う気があるようだったが、ナツキがこちらに来た瞬間、俺は叫んでいた。

「ナツキ! こっちへ来い、逃げるぞ!」

「えっ! 早ちゃん!」

 そう言った俺は、置いてあった二つの鞄を拾うとナツキの手を取り、走り出した。部長は俺のいきなりの行動に驚き固まっていた。

 飛び出すように練習場から出た俺達が見たのは、学校全体が封界に覆われている光景だった。しかし、それでも足は止まらなかった。封界にも展開されている範囲がある。そこまで逃げればこっちの勝ちだ。

 俺は後ろから部長が追ってこない事を確認しながら、学校の校門を目指して走っていた。ナツキも戦う事を諦めたのか、すんなりと俺についてきてくれた。

 そして、校門を出たところで違和感と共に世界の色が変わった。封界の外に出たのだ。しかし、俺達はそれでも走り続けていた。


                    *


 結局、走るのを止めたのは家の近くに着いてからだった。俺達は少しの間、呼吸を整えながら呆けていた。そうして、息が整ってきたところで俺が呟いた。

「なぁ……、どうしようか?」

「うん、どうしよう……」

 そんな事を言いながら、俺達は新しく出来た悩み事に頭を痛める事になるのだった。


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