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第四章

 第四章


 ナツキと守とのいざこざがあってから数日後。

 休日を堪能していた俺はいつも通り、コレクションの手入れをしていた。こんなにゆっくりと自分の時間を取れるのなんて一週間ぶりだ。

 美切との出会いから始まって、ナツキ達とのいざこざまで、実に忙しかった一週間だといえる。あれから訓練も厳しくなり、放課後も疲れがたまっていたからな。

 結局、ナツキ達との決着は俺が強くなるまで預けておいてやる、という事になった。美切は不満で一杯という感じだったが、こればかりは時間をかけなければどうしようもない。

 向こうの守も今のところは俺に恩があると言い、戦う気はなさそうだった。美切と違い、守はナツキの言う事を聞いているようで、今はナツキの家にいるらしい。

 まぁ、契約者になったのだから当たり前といえばそうなんだが、うちと違ってナツキの親は守の存在を認めたりはしないだろうから、バレないようにしなければいけないので大変だ。

 そんな訳で、ナツキ達とはしばらくの間、休戦。いつもの特訓以外はやる事は無く、午前中は暇になっているのだった。だが、俺が手入れに力を入れていると、部屋の扉が突然勢い良く

大きな音を立てて開いた。

 俺は何が起きたのかと扉の方を向くと、そこには美切が立っていた。

「どうした? なんか用か?」

「なぁ、早斗。私はこの一周間で現代の事を多く学び、理解する事が出来た」

「それで?」

「お前は以前、こう言ったな。現代の常識が身に付くまでは外に出る事は許さないと」

 確かに、俺は美切にであったあの日、そんな事を言った覚えがある。しかし、それがどうしたというのか。

「そこでだ。私が今、どれだけ現代の常識が身に付いたか、テストをして欲しい。

「テストだぁ?」

「そうだ。今のままでは村正を探す事が出来ないし、いろいろと不便なのだ。そこで、テストで早斗の満足のいく結果を出せれば外に出る事を許して欲しい」

 せっかくゆっくりとした時間を過ごせると思っていたのに、とんだ邪魔が入ってきたものだ。このままでは貴重な時間が削られてしまう。

「よし、そこまで言うのならテストをしてやる。ただし、もしも満足のできる結果じゃなかったら、諦めてもらうからな」

「ふっ、望むところだ!」

 俺はそう言うと、すぐに美切を諦めさせる為に問題を考え始めた。自信満々に言ってくる美切だが、どうせ大した事はないだろう。ずっとテレビを見ていただけだしな。

 俺はあくまで難しすぎず、簡単すぎない問題を出す事にした。あまりに難しい問題を出して後でバレたら面倒だからな。かといって簡単すぎて、正解されたらもっと大変だ。その為、俺はまず、人との関わりの問題を出す事にした。

「じゃあ、街中で異性に遊ばないかとか、一緒にお茶をしないかと聞かれたらどうするか?」

「きっぱりと断る! そんな事をしている暇はない」

「正解……」

 ちっ、美切にとって興味の無い問題だったな。失敗だ。次はもうちょっと難易度を上げてもいいか。俺は次の問題を出す為、金を持ってくる。

「次、現代で買い物をする時、九百六十五円を払ってくださいと言われたらこの中からどれだけ出せばいいか、実際に選べ」

「むっ、これは難しいな……」

 しかし、そう言いながらも美切はじっくりと金額にそって硬貨を選び始めた。金の事なんか分からないと思っていたが、分かるのか。そんな事を思っているうちに、美切は硬貨を選び終わっていた。しかも、正解である。

「くっ、正解……」

「よし! どうだ、早斗。私も大分、現代というものが分かってきているだろう! 後、一問分かったら外には出してもらうからな!」

 俺はその言葉に絶望する。このまま最後の一問を正解したら、こいつはすぐに外へ出かけようとするだろう。しかし、そんな事はまださせる事が出来ない。もしも、一人で出歩いて問題を起こされたら大変だ。

 そうなると、必然的に俺も一緒に出かけて監視をしなければいけない事になる。そうなれば、今日はもうゆっくりとくつろげる時間はないだろう。そんな事は絶対に嫌だ!

 こうなったら多少ずるいかもしれないが、美切の凶暴性を使った問題を出す以外には俺が安らぎを得る事は出来ない。俺はそう思い、最後に難関といえる問題を出す事にした。

「よし、これで最後だ! 問題! 街中でむやみに体を触られたり、武器を突きつけられたりしました。正しい対処法を答えろ!」

 これなら完璧だ。美切なら絶対に防衛策として暴力を振るう事になるだろう。そうなれば、必然的に相手は命の危機に陥る状態になるはずだ、あいつの手刀は日本刀だからな。そうなったら、こちらの過剰防衛になる。つまり、美切が暴力を振るった時点でアウトだ! 

 美切は俺が言った問題の答えを考えている。ここで正解の例を言うなら助けを求めるか、その場から逃げるかが正解だろう。しかし、それを即断できないという事はきっとどうやって相手を撃退しようか考えている証拠だ! つまり、これで俺は時間を潰されなくて良くなる。

 俺が勝利を感じて喜んでいると、美切は少し経ってからようやく答えが出たように頷いた。

「お、答えが決まったのか? だったら、答えてもらおうか」

 今度は俺が自信満々にそう言う。もはや、勝利を確信したといってもいいだろう。

 しかし、そんな時。美切はおもむろに服のポケットに手を入れて何かを取り出した。俺は一瞬、何を取り出したのか分からなかったが、それは防犯用の携帯笛だという事に気がついた。

「今の時代では暴力はあまりよくないのだろう? 警察という機関を父上殿に教えてもらってな、わたしの力は使うとその機関に追われる事になると言われたのだ。そんな時に、この笛を吹けば問題は解決すると言われて父上殿から貰っていたのだ。どうだ? 正解か?」

 俺は今、無性に親父をぶん殴りたくなっていた。俺の事は放任主義で何も言わないくせに何で美切に限ってはこんなに世話を焼いてやがるんだ!

 俺はこの答えに正解と言わなければならなかった。しかし、それでは本当に今日一日が潰れてしまう。その為に、何か理由をつけて不合格に出来ないかと考えていた。だが、そんな目論見は美切に美抜かれていたらしい。

「おい、早斗。お前、どうにかして私を外に出さないようにしようか、考えていないか?」

「なっ! まさか、そんなはずないだろう。答えの審査を考えていただけだ!」

「だったら、早くしてもらおうか。間違ってはいないはずだが、何か問題でもあるのか?」

 俺は言葉に詰まった。これではもう正解というしか道がない。俺はそう思うと気が重くなった。ああ、これで貴重な時間は消え去った。

「そうだ、正解だよ。合格だ……」

 俺がそう言うと、美切はすぐに満面の笑顔になった。すると、さっそく俺の予見していた事態になった。

「よし、これで私も外に出られるぞ! さっそくこの周囲を見回ってみよう!」

 やっぱり、そぐに外に出ると言い出した。しかし、このまま外に出す訳にはいかない。仕方なく、俺は美切に付いて行く事にした。

「しょうがない。でも、まだ最初のうちは俺も同行するからな。問題を起こされたらたまらない」

「まぁ、そのくらいはいいだろう。だったら、早く支度をしろ。街を一周くらいはしたいからな!」

 俺はその言葉にさらに気分を悪くした。街を一周だなんてはっきり言って疲れるし、時間もかかる。とりあえず、午前中と午後の最初は潰れる事を覚悟したほうがいいだろう。

 美きりは嬉しそうに一階へ降りていった。まぁ、確かに初めてこの神社から見える場所の外へ行けるのだから、楽しみなのは分かるが、少し浮かれすぎなのが逆に怖い。

 俺は美切に急かされ、いそうで外へ出る準備をした。玄関へ向かうとすでに準備万端で待っていた美切だが、俺はまずそこで違和感を覚えた。

「どうした? 何かおかしいところがあるか?」

 俺は美切を上から下へ眺めていく。しばらくそうしていて、ようやく俺は違和感の招待に気がついた。

 靴が似合っていないのだ。服装は完璧に現代の女の子の服だが、靴は履いていなかった。その為、今まで外に出る時は男物のスニーカーを履かせていたのだ。本人も動きやすいと気に入っていたが、外を歩くのだとしたら、少しばかりミスマッチである。

 そう考えると、美切の着ている服なども問題があるような気がしてきた。今のところは俺が買い置きしておいた新しいTシャツなどを流用して使っていたが、これからはちゃんと美切用の服も買っておいた方がいいかも知れない。

 そう考えた俺は美切の服を買う為に、親父に金を貰いに行こうとした。

「ちょっと待ってろ。すぐに戻る」

「うん。早くしろよ」

 しかし、親父の部屋の前に着いてから思った。俺の毎月の小遣いでさえ渋々払っている親父がこれ以上に金をくれるだろうか。最悪の場合、自分の小遣いから出せとか言ってきそうな気がする。

 だが、聞かないよりは聞いたほうがマシというものだ。俺は親父のはやの扉を開けて、部屋で仕事をしていた親父に話しかける。

「なぁ、親父。ちょっといいか?」

「なんだ、早斗。小遣いならやらんぞ」

 こちらが用件を言う前にすでに小遣いの事で先制をしてきた。これは駄目だな。

「いや、美切の服の事とかでちょっと金を貰おうと思ったんだけど、駄目ならいいや」

 しかし、俺が美切の名前を出すと、親父は急に立ち上がった。そして、近づいてきたと思うと俺の手を掴み、なんと三万円も握らせてきた。

「お、親父? これは……?」

「美切ちゃんの服とかを買うんだろ。持っていけ。決してお前にやるんじゃないぞ、美切ちゃんの為に使うんだぞ。レシートを忘れるな」

「お、おう……」

 俺は予想もしない結果に呆けながら親父の部屋を後にする。しかし、手の中にある三万円を見ていると、ふつふつと親父のあからさまな態度の違いに怒りが湧いてきた。そんなにも女の子の方がいいのかエロ親父め! 相手は刀だぞ!

 しかし、どんなに親父を怨もうとも、俺の小遣いの値段は変わる事はない。俺は三万円を財布にしまうと、美切の元に戻って行った。

「おっ、戻ってきたか。一体何をしていたんだ?」

「ああ、お前の服とかを買う為に金を貰ってきていたんだよ。さすがに、何時までも俺のTシャツで居る訳にはいかないだろう?」

「ふむ。まぁ、確かにそうだな。現代に馴染むとしたらそれなりに流行とやらを気にしないとな!」

 美切はそう言うと玄関の扉を開けた。外からは暖かな春の日差しが差し込んでくる。

「それでは、出発だ!」

「あんまり騒ぐんじゃねぇぞ。これも常識だからな」

 そう言って俺も美切の後についていく。こうして、美切の初めての外出は始まった。


                    *


 美切の服を買う為に商店街までやって来た俺達だったが、大変だった。まず、想像していた通りに美切が騒いで大変だった。テレビでは見ているものの、自分の眼で見る光景はまた違って見えるものである。

 案の定、動いている車や街の中にある機械に興味心身だった美切は、周りに変に見られない程度の興奮気味で俺に質問攻めや、感想を話し掛けまくってきた。その度に受け答えをしなければいけなかった俺は買い物をする前にすでに精神的に疲れ始めていた。

 しかし、美切も結構順応速度が速くて商店街を一回りする頃には、さすがに落ち着き始めていた。だが、興味があるのは変わらないらしく、目的の服屋に行くまでの間に寄り道が多くかなりの時間が掛かっていた。

 時間をかけて服屋に着いた俺達はようやく、服を選び始めた。主に、安めの服を大量に買う方向でいこうと考えていた俺だったが、美切は変に服にこだわってきた。おかげで、思っていた以上に金は削られてしまった。しかし、これで十分に着る服は買えたので問題はない。後は、美切が満足するまで街をぶらぶらするだけだ。まぁ、荷物は俺が持っている事になるんだが。

 そんな事を気にしない美切は、商店街を見終わったようで次に活気のある場所を聞いてきた。この変で次に活気のある場所といえば駅前くらいしかないだろう。

 俺がそう伝えると、さっそく美切は駅前に行こうと言ってきた。俺は仕方なくまだまだ続きそうな探索にため息を吐きながら道案内をするのだった。

 駅前は商店街と違い、落ち着いた雰囲気がある。商店街は若者向け、駅前は大衆向けといったところだろうか。規模の大きい駅ではないのだが、それでも駅前というものはどうしても人の出入りが多くなる。その為に、ここでは主に飲食店や公共施設などが混合している場所になっていた。

 そんな訳で、俺達も駅前のベンチに座り、ファーストフード店で買った昼食を食べているところだった。

「うん、なかなか美味しい物だったな。また今度来た時に食べたい」

「そっか。まぁ、また今度来た時にな」

 美切は三個もあったハンバーガーとポテトを軽く平らげていた。その華奢な体の何処にそれだけの質量が入るのか謎だ。

 食事に満足した俺達は次に何処へ向かうか相談をしていた。しかし、そんな中、話の途中から美切が何かを気にしているように視線を釘付けにしていた。視線の先には一人のお婆さんが大きな荷物を重たそうに持っているのが見えた。美切はそれを気にしているのかもしれない。

「美切。あのお婆さんが気になるのか?」

「んっ? ああ。あんなに重たそうにしているのに周りの者はまったく気にせずにいるのだなと思って……。昔は助け合いをしていたというのに、今は人の接し方まで変わってしまったのだな」

「まぁ、確かに。人の関わり方は大きく変わったよ。家が横だろうが話もしない家もあるし、家族でさえ話す機会が減ってきたりしてるからな」

「なんだか……、そういうのは嫌だ」

 そう言うと美切は黙り込んでしまった。現代の移り変わりで進化した部分もあるが、退化してしまった部分もある。恐らく、美切にとって人の繋がりというのは大切なものだったのだろう。それが変わってしまってショックなのかもしれない。

 そう思い、俺は美切に慰めの言葉をかけようとした。しかし、その前に美切から驚くべき言葉が出た。

「早斗。あのお婆さんの荷物を運ぶ事にするぞ!」

「はっ?」

「なんだ、お前もあのお婆さんを見放すような白状者なのか?」

「い、いや。そういう訳じゃないけど。唐突過ぎるだろ!」

「何を言っている。今手伝わないで何時手伝うと言うのだ。はっきりしろ、手伝うのか? 手伝わないのか?」

 こんな事を言われて、手伝わないなんて言ったら美切からは失望されるだろう。それはある意味、人として白状者だと言われているような気がした。しかも、言い出したのは美切の方からだから余計に人として情けない。

 こんな状況じゃ、手伝わないなんて到底言える訳がなかった。

「はいはい、手伝いますよ。荷物は俺が持てばいいんだろ」

「よし、その意気だ。さっそくお婆さんに声をかけよう!」

 そう言うと美切は俺を引っ張りながらお婆さんに駆け寄っていった。美切が話しかけると、お婆さんは荷物を置いて対応してくれた。

「そこのお婆さん。荷物が重そうだな。もしよければ、私達が運ぶのを手伝うが?」

「あらまぁ、若い子がそんな事を言ってくれるのは久しぶりだよ。でも、いいのかい? デートの最中なんじゃないかい?」

「いや、デートなどではない。散歩だ。私達の事は気にしなくていい。どうだ、手伝わせてくれるか?」

「そうかい? だったら悪いけど手伝ってもらおうかねぇ。ちょっと歩くけどいいかい?」

「任せろ!」

 美切は自分が手伝うような事を言っているが、実際の荷物持ちは俺になる。しかし、やると言ってしまったからには手伝わない訳にはいかない。俺はお婆さんが持っていた荷物を持ち上げた。

 俺にとっては少し重いと感じるような重さだったが、お婆さんにとってはこれが大変な重さだったのだろう。聞くところによるとこれをこの駅から、歩いて数十分のところにある孫の家まで持っていくのだとか。それは大変だ。

 そして、お婆さんの道案内で孫の家まで俺達は歩く事になった。

 俺が荷物を持って歩いているのに対し、美切はお婆さんの話し相手になっていた。古い時代の感覚を持つもの同士で話が進むのだろう。楽しそうに話している美切とお婆さんを見ていて、たまにならこんな事もいいなっていうのを感じられた。


                    *


 駅から約二十分。ようやく俺達はお婆さんの孫の家にたどり着いた。歩いてきた方向は偶然にうちの方向に近く。実質、帰り道のような感覚だった。俺は持っていた荷物をお婆さんに渡す。

「ずいぶんと重たいものでしたけど、何が入っているんですか?」

「ああ、これは孫と息子達への手作りのお菓子が入っているのよ。昔ながらのおはぎでね。もって行くと喜ばれるから毎回来る時は作って持ってきていたの。でも、今回は作りすぎちゃって、重たくなってしまったのよ」

 なるほど、おはぎか。確かに、一つ一つは軽いけど、沢山作ると結構重くなるんだよな。

「うん、それはいいな。手作りというものは気持ちが詰まっていて食べる側も、作る側も嬉しい事がある。昔ながらの味ならさぞかし美味しいのだろうな」

「あらあら、そう言ってくれると嬉しいねぇ。そうだ。余っている分がタッパーに入っているの、良かったらお礼に貰ってくれるかい?」

「いいのか?」

「ええ、あまり多くても食べきれないだろうし。それに、あなた達にも食べてみて欲しいわ」

 そう言うとお婆さんは包みの中から一つのタッパーを取り出して渡してくれた。それを美切は嬉しそうに受け取って、入っているおはぎにかぶりついた。

「うん! 美味しい! 餡子の味が丁度良くて、とてももち米にあっているな!」

「そうかい。それは良かった」

 食べている美切も作ったお婆さんも、二人共とても喜んでいた。これが美切の言ういい事なのだろう。横から見ていた俺には二人がとても幸せそうに見えた。

「ほら、彼氏さんもどうぞ」

「あっ、頂きます」

 受け取ったタッパーの中からおはぎを一つ掴み、かぶりつく。すると、丁度良い甘みとやわらかな感触が口の中に広がった。確かに、これはお店では売っていない手作りの味だ。

「とても美味しいです。久しぶりにこんな物を食べました」

 俺がそう言うと、お婆さんは優しく笑ってくれた。こんな触れあいなど、何時ぶりだろうか? 昔、田舎に行った時に近所でこんな光景があったのが最後かな……。

 最後の一口を飲み込むと、俺はお礼をお婆さんに言った。美切は俺が食っている間に二個目を貰っていたようだが、俺が食い終わるのと同時に二個目を完食していた。

「とても美味しかったぞ。ありがとう。お婆さん」

「いいえ、こちらこそ。それじゃあ、手伝ってくれてありがとうね」

「うん、家族と仲良くな!」

 そう言うと、お婆さんは家の中に入っていった。中からは小さな子供の喜んでいる声が聞こえてきていた。安心したように美切が歩き出していくので、俺は次に何処へ行くのか聞く。

「さて、この後はどうする、美切?」

「そうだな……。少し歩いたし、どこか緑があって休める場所がいいな」

「だったら、近くに公園があるな。そこへ行こう」

 美切が提案した通りに俺は休める場所へ案内する。この近くにあるのは自然公園だ。何も無い公園だが、芝生や木が沢山あるので空気と人の集まりだけはある地元の隠れ人気スポットだ。

 美切に公園の説明をしながら歩いていると、さぞかし嬉しそうにしていた。やっぱり、ビルや機械なんかよりも自然の方を好むらしい。まぁ、確かにその方が自然と言えばそうなのだろうがな。

 やがて、話しながら歩いていると、公園の木が見えてきた。ここに休憩目的でやって来るなんて何時ぶりだろうか。

「ほぅ、ここがその公園か。中々、いい場所だな」

「ここはさ、よく子供がサッカーとかしているんだよ。あ、サッカーっていうのは玉蹴りな」

「馬鹿にするな! 私だって現代のスポーツくらい知っている。他にもバスケやテニスというのも知っているのだぞ」

 俺は以外にも多くのスポーツを知っていた美切に驚いた。テレビを見ているだけでどうやったらこんなにも現代に慣れる事が出来るのだろうか?

 俺達は空いているベンチを見つけると、そこに座った。少し疲れたのか、美切は息を大きく吐いて伸びをしていた。

「お前ってさ、俺が学校行っている間に何してたの?」

「んー、主にテレビを見ていたが、その間に父上殿が現代で常識になっている事を教えてくれてな。それで勉強していた」

「また親父か、ったく暇ならもっとちゃんと仕事しろって……」

「そんな事はないぞ。私に教えてくれている時はすでに仕事が終わってからの時だけだし、早斗が思っている以上に父上殿は頑張っているのだぞ」

「へぇ、そうなのか」

 知らなかった親父の一面を知って俺は感心した。てっきり、美切の事を任せきっりにされるのかと思っていたが、ちゃんと親父も面倒を見ているんだな。

 そう考えると、俺は美切のしたい事を考えて行動させてやっていなかったのだと感じた。美切にしては、今日のこの探索も待ちに待っていた重要な事だったのだろう。そう考えると、これからはもう少し、自由に行動させてやろうかと思った。

 そうだな、剣道部のある日くらいは学校に持って行ってやるか。勿論、刀の姿でだけど。俺はその事を美切に伝えてやろうと思った。

 だが、そう思った時、美切がまた何かに注目しているのに気がついた。しかし、今度は視界に入るところには特に目立つ人や、物は無かった。

「どうした美切? また何か気になることがあるのか?」

「ああ、あそこのブランコの子供。泣くのを堪えているように見える」

 俺はその言葉を聞いてブランコの方に視線を向けた。すると、確かにそこには四、五歳くらいの男の子がいた。しかし、俺にはその子供は俯いているだけで、泣きそうになっているとは思えなかった。

「ちょっと、行ってくる!」

「えっ! おい、美切?」

 俺の言葉も聞く前に美切は男の子の方へ向かって行ってしまった。それに続いて、俺も追いかけていく。

 先についていた美切は男の子に話しかけていた。しばらく、小声で何かを話していたかと思うと、男の子は急にしゃくり始めてしまった。

「おい、なんでその子泣いてるんだよ」

「母上と離れてしまったらしい。トイレに行ったら戻り道が分からなくなってしまったらしい」

「今度は迷子か……」

 今日は何かとトラブルに巻き込まれるな。これはなんなんだろうか? 偶然なのか、それとも美切のせいなのか。まぁ、今はそんな事は置いておいて、この子をどうにかしないといけないな。

「早斗、正直に言うが、私は子供の接し方が分からん。ここは頼んだ」

「分かったよ。しょうがないな」

 俺は美切と場所を変わると、男の子と目線の高さを一緒にして離しかける。このくらいの子供は親戚で慣れているので扱いやすい。

「君、名前はなんて言うんだい?」

「なおき、うえの なおき」

「なおき君か。お兄ちゃんは早斗。そこのお姉ちゃんは美切って言うんだ。お兄ちゃん達がお母さんを探してあげるから、もう少しだけ辛抱してろよ」

「分かった。もうすこしだけなかないでがんばる」

「よし、格好良いぞ」

 さて、これでなおき君のほうは良しと。次はお母さんのほうを探さないとな。そうなれば、さっきの情報を頼りに探すしかないな。確か、トイレに行った帰りに道が分からなくなったという事はその近くで探している可能性が高いな。

 俺はそう思考すると、さっそくお母さんを探しに行く事にした。

「美切。俺はお母さんを探してくるからここでなおき君の相手をしていてくれないか?」

「えっ、私がか?」

「そうだ。一人で置いて行く訳にはいかないだろう?」

「分かった。全力でなおきの相手をしておこう」

 多少、返事に不安があったが俺はそのまま公園のトイレへと向かった。なるべく時間をかけないように走っていく。走っている最中、出会った人達に迷子を捜している人を見かけなかったかなど、聞きながら向かっていった。

 すると、トイレの近くで男の子を探している女性に出会ったという事が聞けた。まだ、そんなに時間は経っていないのでまだ近くにいるのではないかという事だったので、俺は全力で走っていった。

 トイレに着くと、そこでは女性が道端で聞き込みをしているのを見つけた。どうやら、あれがなおき君のお母さんらしい。俺は軽く息を切らせながらその女性に近づいていった。

「すいません。なおき君のお母さんですか?」

「えっ! あ、はい。そうですけど」

「良かった。なおき君が迷子になっているところを見つけたんです。それでこちらもあなたを探していたんですよ」

「本当ですか! 今、なおきは何処に?」

「今は自分の連れが一緒に付いています。早く迎えに行きましょう」

 俺がそう言って、なおき君の場所を教えるとお母さんは走って迎えに行った。俺も続いて走って行く。

 しばらくして、さっきのブランコのところまで行くと、そこでは美切がなおき君の相手をしていた。ブランコで遊んでいたなおき君だったが、お母さんの姿を見るとすぐに遊ぶのを止めてお母さんの方へ走っていった。

「おかあさん!」

「なおき! 無事で良かった!」

 なおき君は我慢していた涙を、お母さんの腕の中で流していた。お母さんもなおき君をしっかりと抱きしめて心底安心しているようであった。

「ごくろうだったな。大変だったろ」

「早斗こそ。走って疲れただろう?」

「まぁな、でも人助けならなんだか気持ち良いって感じだよ」

「くくっ、お前も相当なお人よしだな。嫌々ながらもしっかりとこなすんだからな」

 まぁ、さすがに迷子は放っておけないからな。子供の頃に迷子になってさびしい思いをしたのは覚えているし。

 なおき君のお母さんは俺達に感謝の言葉を告げると、しっかりとなおき君の手を握って歩いていった。俺達はその姿を見送ってから、公園を離れる事になった。なんだかんだで忙しかった探索だったが、久しぶりに面白い体験が出来てそれなりに俺も楽しかったと思っている。


                    *


 特訓の時間が近づいてきたので家に帰る事にした俺達だったが、その帰り道で美切はとても嬉しそうだった。今日一日で様々な場所を巡り、新しいものを見る事が出来たのだからな。それに、人助けもしたしな。

 そんな風に考えていると、美切の方から話し掛けてきた。

「なぁ、早斗。今の時代も、大して変わった事は無いのだな」

 俺はそんな美切の言葉に疑問を覚える。今が昔と変わらない? そんな事はないだろう。

「勿論、科学や時代の流れというものは変わっている。人の関わり方もそうだ。しかし、結局のところ、根本的なところは変わっていない。昔のままだ……」

「根本的なところ?」

「そう、人のあり方、行なう事、人の愛し方。今日一日この街を回ってもそう感じ取れた。私はそう思う」

 確かに、いつもはそんな事を感じなかった。それに、俺が現代人だという事もある。しかし、美切は違う。美切にとってこの時代は生まれた時代とは違うのだ。その為、敏感にそういう何かを感じ取れたのかもしれない。

 だが、そんな美切の表情が次第に悲しいものへと変わっていく。

「しかし、残念だ。何故、この時代に私達は目覚めたのだろうか?」

「残念?」

「早斗、私達は刀だ。刀のあり方は人を斬る為の存在。そんな存在がこんな時代に求められていない事は確かだろう。それが残念なのだ」

 美切の言う通りだ。確かに、この時代では刀など本当は必要の無いものだ。この平和な時代には戦う力など、本当は必要が無い。

 だが、それじゃあ美切の言う通り、一体どうしてもっと昔の時代でなく、この時代に人の姿として目覚めたのだろうか? 

 しかし、意味の無い事なんてない。きっとこの時代でも美切達が必要とされる意味があるのだろう。

 家に着いて、部屋に戻ろうとした時に俺は思いついた。簡単な事だった。それも、昔から変わっていない事だったのだから。俺はそれを伝える為に美切を引き止める。

「なぁ、美切。お前らがこの時代に目覚めたのにも意味があると思うんだ」

「意味がある? 一体どんな意味があるというのだ」

「刀の使い道はさ、確かに人を斬る為に作られたものだよ。でも、今も昔もその他に必要とされてきた事があるじゃないか」

「その他に必要とされた事?」

 それは、俺の趣味でもある事、そして現代でも多くの人が求めている存在。

「そう、刀は今も昔も、芸術品でもあるんだよ。それは決して刀としての使い道がないからじゃない。刀の全てが人を斬る為じゃなく、その姿を一つの宝物として集められたり、神聖なものだと祭られたりするものなんだ」

「それが、私達が人を斬る為意外に必要とされる事……」

 俺がそう言うと、美切はそんな事を思ってもいなかったというような表情でこちらを向いていた。その顔は、まるで美切が刀だなんて思えない。実に人間らしい表情だった。

 しかし、しばらくそうしていたかと思うと、今度はこちらが思わずたじろぐような笑顔でこう言ってきた。

「早斗は実にいい考え方をするのだな。私はお前の事を見直したぞ!」

「えっ、ああ」

「だが、やはりその為には他の村正には勝っておかなくてはな。私の方が何倍も素晴らしい刀だという事を知らしめておかなくては!」

 そう言った美切はとても活き活きとした表情をしていた。まるで、出かける前とは別人のような感じがするほど、その雰囲気も変わっていた。

「さて、それじゃあ、今日も特訓と行くか?」

「いや、今日は良いだろう。ゆっくりと休め」

「そうか、分かった」

「ただし、明日の特訓は覚悟しておけよ。休日なのだからたっぷりと鍛えてやる!」

 いつもの美切に戻ったのは良かったが、やる気まではいつも通りに戻って欲しくは無かった。これは明日の特訓は本当に厳しくなりそうだ。

 しかし、今回の事で何か村正達の戦いについて何かが分かったような気がした。何故、人の姿に変化できるのか。どうして、姿形が変わるのか。その意味を追求していけば何かが分かるような気がしていた。

 しかし、今は明日の訓練の為に今日の疲れを取るのが先だろう。そうして美切と別れた俺は特訓の余った時間を、自分の趣味の時間にあてがい、リラックスするのだった。


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