第8話 私の言葉は届かない
私はカプセルの中で、ただ憂鬱に苛まれたのだ。
あの出来事が全て嘘であった。それだけで私を憂鬱にさせるには十分であった。
どうやら私は二回戦へ進む権利が得られたようだ。だが、どこか心は虚しいまま、悲しいままだ。
私は会場の外で一人、空を見上げていた。
今は何もしたくない。何かする気には到底なれそうにない。
「落ち込まれているのですか?」
私の前に現れたのは、つい先日お世話になったばかりの聖処女だ。
「言霊の力ですか?」
「ええ。その通りです」
「相変わらずあなたは、不思議な力ばかりを有していますね」
「私は人々を救う存在でなくてはいけない。というより、正確にはたった一人のある者を救うために世界中に散らばる無数の言霊を集め、路地裏街に住み着くようになったわけさ」
「では、路地裏街にその人物がいるわけですか」
「はい。そしてその人物は今、挫けそうになり、負けそうになり、苦しんでいます」
まるで今の私だ。
「ええ。私はあなたを救済するためだけに路地裏街に来たのです」
「私を?」
「私はあなたの父、黒淵天下より託されたのです。きっとあなたはいつか世界に押し潰され、挫けそうになってしまうかもしれない。だから私があなたの側に寄り添うと、そう誓ったのです」
「そうか。父さんが、か……」
死んだ父は、死んでも私を思っている。
私は親に恵まれている。
「それで、私に何の用かな」
「君はいずれコミュリンピックに参加することになる。だからその時用に君への伝言を預かっている。
どうか、この世界の支配者になってくれ。と、かあの方はおっしゃっていました」
「随分と大きなものを背負わせるじゃないか。やっぱ私の父親は変わっているな。だがそこまで変わっていなければ私の父には相応しくない」
私は立ち上がった。
「法華様。このコミュリンピック、これから行われる残り七つの競技、討論、適当推理、言葉ボクシング、頭脳戦、言葉クイズ、疑似選挙、超裁判、それらは全て私が、法華様へ変装した私が引き受けます。
ですのであなたには、天下様があなたへ託した夢を叶えるためにしてほしいことがあるのです。あなたは人々を率いる素質がある。それは路地裏街を支配していたあなたを見ていたからこそ分かります」
「そうか」
「世界を変えることができるのはあなただけだ。だからあなたには頼みたい。どうか言霊を使い、言葉モンスターを倒してきてほしい」
「言葉モンスター?」
「この世界は言葉によって支配されているのです。故に、人々を言葉という呪縛から解放するために戦っていただきたい。言葉の権化である言葉モンスターを。
言霊にはそれぞれ力がある。あなたが所有している真実を吐かせる言霊ーー不妄語戒、それはその言葉が意味する通り、偽りを吐けなくなる。そして今より、あなたへ四つの戒の名を持つ言霊を託しましょう。
言葉モンスターを、倒してください」
「任せておけ。全てに決着をつけてやるさ。このコミュリンピックで、私は世界の王となる」
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黒淵天下、彼を失脚させた者たちは、今ある者によって動きを封じられていた。
「なぜ邪魔をする。桜財閥の御曹司よ」
「私はあなた方のやり方が気にくわないだけだ。それに、私には王にしたい人がいる。彼女に出会ったことで、私の価値観は大きく一変したんだ」
「それで我々の計画を邪魔するだと」
「しばらくそこに這いつくばっていてください。もうしばらく、彼女のわがままに付き合ってあげましょうよ。支配者方」
彼女は黒淵法華へ希望を託した。
世界を変えてくれるかもしれない存在ーー黒淵法華、彼女にこの世界の未来を託して。
「ようやくついた。ここが言葉世界……言葉によってのみ支配される世界か……」