第4話 コミュニケーション部
学校に通うようになって一ヶ月。
色々あったが不登校に戻るようなことはなく、私はまたここで楽しい人生を送っている。
「ねえ法華。部活はまだ入ってないでしょ」
「そういえば入ってないかな」
「じゃあさ、私の部活に来る?」
ひぃちゃんに誘われ、私はある部室の前まで来ていた。
この緊張は不登校から学校へ久しぶりに来た時のようだ。しかしもうそれは乗り越えた。
私はひぃちゃんとともに扉を開けた。
「緋色、おはー。隣の子は誰?」
まず迎えてくれたのは、金髪に染めている先輩の女性。
「初めまして。黒淵法華と申します。この部活を見学しに来ました」
「ここはコミュニケーション部、現代必要とされているコミュニケーション能力を鍛える部活だ。これからよろしくな」
私と彼女は握手を交わす。
「私はこの部活の部長、安宮等だ。何かあったら私に任せろ」
気付けばコミュニケーション部の人たちと打ち解けていた。
私って意外とそんな才能あったのかな?なんて、全部ひぃちゃんのおかげだけど。
そこへ謎の少女が入ってきた。
彼女は手に携帯電話のような物を持っている。
「暗堂、見学者が来ているぞ」
暗堂、そう呼ばれた彼女は私を見た。しかしすぐに顔を背け、走ってどこかへと行ってしまった。
「ああ、行っちゃった」
「あの子は?」
「あいつは少し変わっていてな、いつも携帯電話ばかりを気にしているんだ。恐らく何かあったんだろう」
「そうですか……」
私は部室を抜け、トイレへ向かっていた。
そこへ続く通路の途中で窓越しに見えた。先ほどの少女が屋上で携帯電話を握り締め、泣いているのを。
よく見ると、彼女の携帯電話には言霊らしきもののオーラが溢れ出ている。
そういえば担任の沼川先生(私が学校へ行く理由を作ってくれた人)が言っていた。
この学校にも数名言霊を所持している者がいると。中にはそれを悪用している者もいると。
私は自ずと屋上へ向かっていた。
彼女から感じる言霊の正体を知るために。
「暗堂さん、その携帯さーー」
「ーー見学者さん、やはり来ると思っていましたよ。あなたも私と同じですから」
「言霊について知る者っていうことか?」
「さあどうでしょう。見学者さん、あなたに相談があるのです」
「どのような内容だ?」
「死んだ私の友達を成仏させてほしい。といっても、本当に難しいことというのは分かっていますが」
「成仏?」
「あなたが知っているか分かりませんが、言霊の正体は人間です。厳密に言えば人間の心、でしょうか。人は誰しも言葉に縛られている。縛られ過ぎた者は言霊へ変わってしまう」
「初めて聞いたな。そんなこと」
「では、あなたにも無理そうですね」
悲しげに言うと、暗堂は携帯を胸元で握り締めた。
その携帯に彼女の友達が言霊となって宿っているのだろう。
「心当たりはある。その言霊を成仏させることができる者が」
それは私の元いた路地裏街での噂。
ある人物は言いました。私があなた方を救ってあげましょう。私は人々の心を浄化する、あなた方を癒すために生まれたのですから。
偽善、そう罵られながらも、鬱になったものや苦しみに耐えられなくなった者を彼女は救った。
いつしかそれが偽善ではなくなった。
そんな女性がいたらしい。
彼女の目的は分からない、いや、目的などないのかもしれない。彼女はただ人を救った。それだけだ。
「その人なら私の友達を成仏させられると」
「確信はない。けど彼女ならきっと君の友達を救えるかもしれない。行くか?路地裏街に」
暗堂は無言で頷いた。
私は暗堂とともに路地裏街へと向かう。そこへ着いた時、既に彼女はそこにいた。
目を布で覆い隠し、手も足元も隠すような長く白い服を着ていた。頭を隠すような布もつけている。
この服装は噂通りだ。
「待っておりました。貧しき者よ」
ーー聖処女はそこにいた。
彼女と出会い、私たちはとある部屋に案内された。
そこへ私たちは腰かける。
「なぜあなたは私たちが来るのを知っていたのですか?」
「言霊、私もそれを有しているのです」
「お願いがあります。この携帯に宿る言霊を成仏させられませんか」
暗堂は彼女へと訴えかけた。
彼女はその携帯を見ると、彼女特有の優しく温かい声で暗堂へ言う。
「できます。ですが成仏すればもう二度と彼女とは会えませんよ。それでも構いませんか?私の力があれば彼女と話させることもできますよ」
「良いんです。私は彼女を死なせてしまった。だから私には彼女と話す権利なんて……」
突如、携帯電話は鳴り始めた。聖処女はその携帯を暗堂へ渡す。
その電話が掛けてきた相手は、、、
彼女は電話に出た。
「……暗ちゃん」
その声は明らかに携帯電話から聞こえたものだ。
「海……、何で……」
「私が死んだのは私のせいだよ。暗ちゃんのせいなんかじゃないよ」
「でも私がいなかったら……」
「それでも、君がいたから私は報われた。暗ちゃんがいたから私は学校という場所が思い出になったんだよ」
「恨んでよ、憎んでよ、何で海はそうやって」
「暗ちゃんが好きだから。だから私は暗ちゃんを恨んでもいないし、憎んでもいない。大好きだ、本当に大好きだ。大好きでたまらないよ」
「…………」
暗堂の目からはこぼれていた。
友達との思い出を思い出し、その悲しみから出た雫が。
「海、私も大好きだよ」
「ありがとう。本当はもっと一緒に居たかった。もっと一緒に遊びたかった。けど時間っていうのは有限で、その時間は無慈悲に突然終らされたりする。それでも私は思ったんだ。やっぱり暗ちゃんと会えて良かったって」
「……うん……」
「もう、お別れだ。私に幸せをくれてありがとう。暗ちゃん」
「海、私の方こそありがとう」
電話は切れた。
暗堂は携帯電話を握り締め、涙を流した。
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数時間後、ビルの屋上で黄昏る暗堂のもとへ聖処女は歩み寄る。
「君はどうして言い訳をしなかったんだ?私は君と海という子との間の記憶を見てしまった。あれは別に君が悪いわけではない。なのにどうして君は、」
「どれだけ言い訳を重ねようとも結果は変わらない。人の心に残るのは言い訳ではなく結果なんだ。だから私は言い訳なんて時間を無駄にするようなことはしない」
「少しくらい言い訳しても良いんですよ」
「私には必要ないんです。どれだけ言い訳しても、事実がねじ曲がることはないんですから。だから私は前しか向けない。そう、まるで"敢為邁往"のように」
その会話を私は盗み聞きしてしまった。
学校に行っていなかった私には分からない。
その言葉が一体どんな意味なのか。でもどこか、彼女はその言葉を悲しげに受け取っていた。苦しそうに受け取っていた。
「敢為邁往、か」
人は言葉に縛られ続ける。
私も何かに縛られているのだろうか。言葉、それがどういうものか、私には分からない。
言葉の使い方すらも、私には分からないのだから。