第2話 小さな反逆者、そこに現る
そこは落ちぶれている落ちこぼれ学園。
何が落ちこぼれなのか、そんなものは明確である。
ーー才能に敗れた者、知恵のない者、親に恵まれなかった者、一人の者……
その学園にいる者は、明確な敗北をした者のみ。彼らは敗れたのだ。この世界に。
しかしその中に、一人敗北していない者はいた。
落ちこぼれだらけの学園ーー下貧学園。
小学生から高校生まで、年齢層豊かな学園である。しかし敷地内はろくに清掃もされていないため清潔とはいえない。
その学園の高校棟の一年一組教室、そこへ入ってきた教師ーー沼川は手前の席が空いていることに気付き、その後ろの席へ座っている女子生徒へ視線を向ける。
「白崎。また黒淵は休みか?」
「はい。法華なら今ゲームセンターにいると思いますよ。いつものように変な連中と釣るんでいると思います」
「まあ良い。授業を始める」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ーーそう。私は今追われている。
それはゲームセンターで仲間とつるんでいる時のこと。私がトイレへ行こうとした際、尾行されていることに気づき、気づけば私は逃げている。
「対象は大通りを抜けようとしています。すぐに封鎖を」
走る私を追いかける者の一人がトランシーバーによってそう言った。なら話は早い。
大通りへ出なければ良いのだ。だがそれではどこへ出れば……
逃げる最中、私は行き詰まる。しかしビルの扉が開き、そこから顔を出した女性が手招きをする。私は開いている扉からビルの中へ入り、すぐさま扉を閉めた。
「危なかったね。何で追われていたんだい?黒淵」
たばこに火をつけ、彼女は私へ言う。
「そんなの知るかよ。奴らが何者なのか、分かるはずもない」
「でも黒淵、正体が不明なままじゃあれだよね」
「ああ。ひとまず奴らが何者なのか、それだけは知っておかないとな。この路地裏街が誰の縄張りか、教えないとさ」
私は手のひらに乗っかるほどの大きさの玉を持ち、それを体の中に埋め込むように押しつけた。するとその玉はまるで魂かのように幽体のようにぼやけ、私の体の中へと入っていく。
その後、追っ手の前に姿を現した。
「黒淵法華。来てもらうぞ」
「そんなことはどうだって良い。君たちはなぜ私を追っているのかな?」
「そんなの教えるわけ……ある人物に頼まれた。黒淵法華を連れてこいと」
「そういうことですか」
男は先ほどの自分の発言に動揺し、驚いていた。自分で言ったにも関わらず。
「ではそのある人物とは誰ですか?」
「下貧学園の沼川という教師だ」
「なるほど。私の担任ですか」
「ああ。お前の担任が黒幕だ。そしてお前を連れ戻しに来た」
そう言いながら、男たちの背後より沼川という男は現れた。
彼は私のクラスの担任だ。いつものように私を学校へ連れ戻しに来たようだ。それも今回は本気らしい。
「黒淵、学校に来い」
「嫌ですよ。学校など偽りだらけで嫌いです。私は偽ることが大嫌いですから」
「だから黒淵はそのような権能を持つ言霊に巡り会えたのだろう。なら私に使ってみろ。その言霊の権能を。何でも良い。嘘偽りなく答えてやるさ」
「誰だって人間は自らを偽る生き物なのです。だからあなただって、私を学校へ連れていきたいことに疚しい理由があるのでしょう。
私は問う。なぜあなたは私を学校へ連れ出したいのですか?」
「そんなの決まっている。俺のクラスの生徒には、将来できる限り不自由なく暮らしてほしい。だからそうなれるように育てていきたい。それが俺の教師道だ」
嘘だ。私は今言霊権能を使っているはず。なのになぜこの男はこのようなことを……。
人は誰だって自分を偽る。だが私の前では誰であろうと嘘はつけない……はずなんだ。なのにこの男は私へ言った。
それはまるで、人のために尽くしたいと、そう示唆させるような発言だーーあり得ない。こんなことはあり得ない。
「なあ黒淵、少しの間だけでも俺の授業を受けてくれないか。ほんの少しで良い。嫌だったらまたここに戻っても良い。だから俺に少しだけ時間をくれないか?」
沼川は私へ優しく手を差し伸べた。
ーーどうしてこの男は、
「先生。なぜあなたは私のためなんかに」
「俺は黒淵の教師だぜ。だったら、生徒が楽しく暮らせるようにしてやるのが教師の役目だ。だから黒淵、俺を信じろ。青春ってやつを体験してほしいんだ」
ああ、私は気付いてしまった。
きっとこの男は、ただの熱血バカなのだ。だから私の言霊権能は、この男には意味を持たない。そう、言霊はただの言葉になり、そして枯れた。
疑っていた私は愚かだ。そしてバカだったようだ。
「先生。では約束してください。私があなたにあげる時間、その全てを楽しいものにしてみせると」
「約束しよう。俺が黒淵の人生に花を咲かせる」
「言いきりましたか。あなたのような人、初めてですよ。けど悪い気はしません。むしろ今報われた気がします」
「これからもっと楽しくなるぞ」
「期待していますよ。先生」
「そうだ。俺は教師だからな。だから俺の背中をドンと頼れ。青春を最高のものにしよう」
この日、私の人生の転換期が訪れた。
そう、私は報われた。この男に会ったことで。
そしてここから、私の物語は始まる。