第9話 彼女は言葉と向き合った
言葉世界。
私はここへたどり着いた。
そこには延々の虚無が広がっていた。その中には、無数の言葉が宙を舞い、この世界を漂っていた。
「そなた、どこからこの世界へ入ってきた?」
私の前には、玉座に座る冠を被った女王がいた。
「どこからって、そんなの方法はひとつしかないだろ。言霊を使っただけだ。それ以外に方法はないだろ」
「お主、この世界がどこか分かっておるのか?」
「言葉世界、言葉によって支配された世界だ」
「それを分かっていて、お主はこの世界へと入ってきたのか。それは愚かなことだな。実に愚かで、救いようがない」
「それでも、それでも私は向き合わないといけないんだ。言葉と、だから私はこの言葉世界に来たんだ」
女王は私を指差した。
「ならば、言葉と向き合ってみろ。わらわの世界に入ってきたのだ。言葉によって死ぬ覚悟もできているのだろうな」
周囲に漂う言葉があるひとつの形を形成する。それは巨大な龍、言葉というものがひとつに集まり、龍を形成したのだ。
「それが言葉モンスター。言葉というものの正体はそれじゃ。全ての言葉に意思はある。全ての言葉の意思には邪が込められておる。それらが龍を生み出したのじゃ。分かるか」
龍を形成した言葉が私へと向かってくる。
「言葉と向き合う?そのような戯言、聞いているだけで吐き気がするわ。そのおなごを喰らってしまえ」
「戒めよ」
龍は私を喰らえない。
私を喰らう寸前で、龍は口を大きく開けたまま口が閉まらないと苦しそうにしていた。
「なぜ……」
「言葉というには全てに邪があるわけじゃない。優しさや温もり、温かさが詰まっている言葉だってあるんだ。私はその言葉に救われた、救われてきた」
「言葉など全て嘘だ。表向きに自分を偽るためだけの嘘だ。というのに、お主は言葉を信じるつもりか」
「それでも、私は言葉を信じるよ」
私は今まで言葉に救われてきた。
言葉があったおかげで、私はこの足を前に進めることができた。挫けても、立ち上がることができた。
言葉というのは確かに全てが全て真実というわけではない。それでも、全てが全て偽りというわけではない。
言葉が全てになったこの世界では、確かに世界は嘘にまみれている。それでも私はこの目で知った、この耳で知った、それをこの口で語る、言葉で語る。
人を救う優しい言葉、自分の過ちを認める謝罪の言葉、愛を伝え合う別れの言葉、夢を歌う温かい言葉、
私はいろんな言葉を見てきた。
だから私は言葉を信じる、信じたい。
「言葉よ、槍となってあのおなごを貫け」
龍となった言葉は槍となり、私へと向かって降り注ぐ。その全てが私へ触れるとともに花びらへと変わった。
「どうして……」
「不殺生戒、私の持つ言霊のひとつ。それは生命を殺し続けてきたからこそ、分かったこと。殺し合うことに意味はないんだって。それは私の心に戒めとして刻まれている」
「この言葉世界はわらわの領域、わらわの独壇場、わらわが絶対的主導権を握る世界。そこでお主はどうしてーー」
「ーー言葉よりも大切なものがあるからだよ。私はそれを知っている。だから私は、君にそれを教えに来たんだよ。この世界の外にはもっと面白い世界がたくさんあるよ。一緒に行こう」
「わらわは……」
「行こう」
「わらわは、今まで言葉に裏切られ続けてきた。だからわらわはお主を信じることはない、いや、君の言葉を信じることはない。だけど、わらわはお主の心を信じる。それまで、しばらく君を疑うが、それでも良いか?」
「ああ。必ず信じさせるよ」
「お主は、面白いな。お主となら、わらわは進めそうだ」




