第二話
居住区からC区へ向かう一角に、大きめのホールがある。先住者達が何かの集会をする時に、大人数が集まれる場所が欲しいと言って作ってもらったらしいけど、基本は子ども達の遊び場であり、青年達の運動場であり、親達の交流の場である。ご丁寧に、入口近くや端の方に冷たい飲み物や軽食を提供するカウンターがあって、その付近では激しい遊びをしないように、という暗黙の了解が得られている。
そんな人気の大ホールも、夕飯の時間が過ぎてくると照明が落とされる。いつまでも遊んでないで早く帰ってご飯を食べなさい、という母親のような意図だろう。その後は人影が一気減り、夕飯を抜く人や人目につきたくない人の溜まり場となる。それでもここを通る人(主に施設の人員)がいるため、朝までは薄暗い明かりを付けているという。
この薄暗い大ホールは、私のちょっとした練習の場だ。人目につきたくないし、そもそもVRエリアは混んでるし、対人の演習よりも派手に動けるし、何より静かなのがイメージトレーニングの場として最適だ。一般に支給されてる銀刃の重さと長さを再現した木刀(親しみを込めて木馬と呼ばれてる)を持ち、右手のフィストガードと繋いで固定、気持ちを切り替えながら仮想敵を思い浮かべる。彼女とほぼ互角に渡り合った、黒の侵入者。目で追うことはできるけど、体が反応出来ない。音が聞こえる頃には、もう相手は三手先にいる。なら視覚で反応しなきゃいけない。天性の勘なんてないから。
イメージを作り上げると、それだけで何だか寒気がする。右を前にした半身、片足立ちのようなスラリとした立ち姿。黒刃を持つ左手を軽く捻って、相手の視界からリーチを判断させにくい角度を保っている。隙だらけのように見えて、逆に誘ってるような雰囲気。
対する私。見様見真似だけど、中段で袈裟斬りのような角度。ガードを優先して、隙を見てカウンターを取っていく。長期戦になりやすいけど、基本的には自陣防衛が多いから問題なし。
静かに。視覚に集中。一瞬の動きすら見逃さない。張り詰めた空気。薄暗い周囲。黒い影。ふと。黒影。右手。揺れて。左手に力が。急所狙い。体を倒す。けど。狙いは3点。目、胸、腹。刺し引きが恐ろしく早く。見える。けど。頬を裂かれ。右胸を突かれ。お腹。中央に。深く。ダメだ。もう一度。今度はどこを狙うのか。どう攻めてくるか。一呼吸。瞬間。接近。速い。目の前。黒い。手だ。広げて視界を。掴まれる。右に避けた。先にある黒刃。首狙い。ヤバい無理。ダメか。もう一度。今度はどう来るか。スラリとした立ち姿。から。消えた。いや。沈んだ。下から。低空の跳躍。足狙い。左上の刃では反応しにくい。無理矢理。刃を下げる。少しの角度。受けれる。と。軌道が変わる。前転。右手だ。下から上に変わる。けどこれなら。刃を上に。正面。瞬間。右手。2回目な変化。左上から右の袈裟。間に合わない。ずらした木馬。の裏を通って。左からバッサリ。
それから何度イメージしても、全部一方的。かわせず、止められず、見えてるのに致命傷。刃の重さではない。速度が上がっても反応し切れない。色んな要素を取り入れて相手にして、一息入れようとしたところに。
「やっと終わったか。」
「いるなら声くらいかけてくださいよ。」
「終わる度に何度も呼んださ。でも集中して聞こえてなかっただろう?」
「う…それはすみません。」
「まあいい。急ぎではないが、ちょっと来てくれ。」
「今からですか?」
「1時間近く待ったんだが、まだ待たせるか?」
言われて気付く。2時間近く経過していた。
「ぇ、うわ、ウソ!?すみません、すぐに!」
荷物はそんなに多くない。数人いた人影も、今はもう誰もいない。
「うむ。私の部屋の隣の開発室だ。が、少し休め。反省に付き合ってやる。」
待たせても悪いと急ぎたかったが、集中が切れた途端に足に力が入らなくなった。2時間動き続けて、しかも多少の無理をして、疲労が溜まってたんだろう。座り込んだ隣に彼女が腰を据える。
「昨日の今日だ。アレを相手に善戦したいとでも思ったんだろう。」
さすがに鋭い。
「でもアイツはそんなアクロバティックな動きはしないぞ。」
そこも無駄に鋭い。
「ついでに言うならそんな動きをしたところで私の敵じゃないけどな。カッハハ。」
そして無駄に一言多い。
「まあつまり、私と互角になれば君もトップクラスの仲間入りってワケだ。」
いやそもそもトップになりたい訳じゃないんだけど。
「で、そのための手助けになるものを2つほど用意した。」
…お?
「ただしそれは、設置場所から動かせない機材と、真価を発揮するのに時間がかかる物だ。」
…ん?
「ついでに言うと、使えるか使えないかは人による。君に関しては下着についてた皮膚片を使わせて貰った。」
…は?
「安心していい。君は大丈夫だ。だから呼びに来たわけだ。」
…うん、全部を総合すると、私のために尽くしてくれたんだろう。本当にありがたい。心からの感謝の気持ちを、ちゃんと伝えなきゃ。
「変態みたいなことしないでください誤解されたらどーするんですかただでさえいっつも一緒にいるからデキてるとかいじられてるのにホントに貴女って人はぁぁぁ!!!」
しまった、つい本音が。
「カッハハ、言うと思った。さっきのは冗談だ。」
「まったく、驚かさないでくださいよ…」
「使ったのは君の口の中の皮膚だ。寝てる間にねぶり取った。」
「言い方!っていうか取り方!!」
そんな体他愛もない談笑?をしてると。
「さて、そろそろ動けるだろう。ゆっくりでいいから、行くぞ。」
「ぇ、ぁ、はい。わかりました。」
ゆっくりと彼女の後についていった。
開発室の中には、大小2つの箱があった。大きい方は、人が1人入れるサイズ。真ん中から左右に開いていて、なんか拘束具のような物が見える。…拷問器具?中世ヨーロッパに、ちょーどあんな感じで中に棘を無数に配置した処刑装置があったような。小さい方は…これまたワケが分からない。鎖に多数の物理ロック。アレをカバンとか言い出したらどうしよう。私は絶対使わない。
「さて、まずはこっちだな。」
「大きい方じゃないんですか?」
「小さい方だ。こいつに限って言うなら、ロックを開け始めた瞬間から至急案件になる。」
とか言いながら、1個目のロックを外した。と思ったら2個目を外した。3、4、どんどん外していく。位置はランダム、キーは順番に。1つのミスもなく、ロックが開いて、下に乱雑に放られていく。
「ああ、1つだけ言い忘れた。」
「なんですか?」
「最後のロックを開けたら、そこからは君1人だ。」
「ぇ、貴女は一緒にいてくれないんですか?」
「一緒にはいる。だが他に作業がある。それに、開けた瞬間からは君が1人でしなきゃいけない。」
「わかりました。で、何をすれば?」
「簡単だ。開封後5秒以内に手に取って、一言唱えて1分間握り続けるだけだ。」
「ユーザー登録みたいですね。」
「まさにその通り。」
「え、じゃあもしかして…」
「そう、専用武器だ。カスタムじゃなく、な。」
冗談で1度だけ言ったけど、覚えててくれたのかな。ちょっと目頭が熱くなったのに。
「でも開始したら1分、切り落とされても、切り裂かれても、砕かれても、例え死んでも絶対に離すな。」
一気に血の気が引いた。何をさせようとしてるんだこの人は。
「盗用防止のプログラムだ。チャンスは1回のみ、失敗したら使用不可認証がされる。そして今回は楽しいことに、」
ゴトン。最後のロックが落とされ、本体のキーが残されるる。
「認証した奴以外は絶対に使えない、そして認証されたら譲渡不可。以上頑張れ。」
彼女は離れる。そして赤刃を取り出し、臨戦態勢になる。
「なるべく早くやれ。誰かが来たら横取りされるぞ。」
物騒な言葉を放つ彼女だが、言葉に焦りがある。こーゆー時の言葉は揺るがない。急いで最後の鍵を開け、中を開くと。
宝石のように透き通って、香ってきそうなほどに美しい紺碧。光の加減で青くも蒼くも碧くもなる、その輝き。いつまでも見とれて
「取れ!!!!」
彼女の怒号で我に帰る。そうだ、5秒以内。慌てて。右手。手に取、え。どこだ。どれを握るの。ええい、もうこの際だ。彼女もどことは言ってない。美しすぎる青色を手で隠すように握った。そして。
「ユーザー登録開始。」
ここから。絶対に離せない。1分なんて余裕だ。と思ったら。突然。歪む視界。水の中?息が。苦しい。水面。見えない。これは。溺れる。でも。離すなと。右手。苦しい。目がチカチカして。あの時と似てて。左手。足。動、かなくなる。空気。希薄だけど。景色が変わり。ここは。氷の中。厚い。冷たい。目の前。水晶のような。光景。から。突き刺すような痛み。目から。鼻から。皮膚が。全身が。痛い。感覚が鈍いのに。痛い。何か刺さって。動けない。苦痛が。あの時と違う。でも。似てるような。痛い。叫ぶ声は。崩れた口と。ひりつく喉が。声。出ない。胸。焼ける。痛い。苦しい。その刹那。また景色が歪み。何かの結晶。美しさが。見蕩れて。気が付く。腹部。大きな結晶。背中から。貫通して。両肩も。上からの結晶。貫かれて。身動きが取れないまま。右手。手首。3本。痛い。声を上げる。あの時と。痛い。意識が。右手。お腹。肩。呼吸。右手。右手。死んでも離さない。ふと。頭に直接響くような。優しい。甘い声。女性。もう、楽になっていいんだよ。さあ、力を抜いて。怖がらないで。私は貴方の味方。貴方を苦しめる全てから、救い出すための存在。苦しみから、救済してあげる。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。もう我慢しないで大丈夫。さぁ、全身力を抜いて。ずっと反響する。音に酔う感覚。少しでも力を抜くと楽になれる確信。なんでこんなに耐えてきたのか。私の何が。そもそも。私は何者?どうしてここに?過去のトラウマを呼び起こしてまで。何をしたかったの?私の目の前にいる。あなたは。瞳の奥に。赤。燃えるように。見覚えが。あの時。飛び出た森。その先。業火。彼女が。そうだ。約束。右手。騙されない。揺らぐな。信じろ。握り。力を込めて。瞬間。痛み。激痛。込めるほど。力が。痛みが。声が。悲鳴が。絶叫が。でも。もう忘れない。死んでも。砕かれても。切り裂かれても。絶対に。離さない。瞬間。視界が歪んで。見知った顔。赤刃。臨戦態勢。最後の試練。偽物。よく似てる。私の中の。彼女。強くて。賢くて。子どもみたいで。意地悪で。自己中心的で。でも。優しくて。面倒見も良くて。真っ直ぐで。ひたすらに。憧れの。彼女。偽物。許さない。右手。離さなかった。水晶のように。氷のように。水のように。全てを包む空のように。青く、蒼く、碧く、翠い。その刃。力を持って。最後に。この。目の前。よく出来た。ニセモノを。断つ。
「取り込まれるな!しっかりしろ!リア!!」
これがあるから私の作る一点物は人を選ぶし、万が一に備えて私がいる。ちなみに外には戦闘部員が数十人態勢で待機して、何があっても彼女の生存を最優先で鎮圧することを伝えてある。だが。
「離さない…負けない…試練…超える…」
「もう終わったんだ!気をしっかり持て!話を聞け!」
「偽物…虚偽…最後の…試練…」
どれだけ声をかけても、一向に届かない。目が覚める数秒前から、辺りの気温が一気に下がっていた。認証が完了した結果と見ていいだろう。だが目の前には自我を汚染された彼女、制御が出来ない。赤刃の出力を上げて放熱させないと、温度の低下で壁が崩落する可能性がある。そのため微調整が必要だが、内蔵AIに任せてる。というか、戦闘になったらそんな調整してる余裕は確実にない。
「リア!目を覚ましてくれ!」
彼女の顔がゆっくり持ち上がる。栗色の綺麗な瞳の、人の良さそうな、大切に育てられた令嬢のような、心の美しさと外見の愛らしさが見事に調和していた彼女が。突き刺すような青い瞳に、的確な殺意を滲ませ、血の気を失った頬を歪め、近寄り難い美しさを放っている。
「もう…終わりで…いいよね…?」
完全に射程外で、しかも優雅な程にゆっくりとした1振り。が、途中で突然刃先が伸びる。氷の刃だろう。大気中の水分を使ったか。だが、臨戦態勢な私の目の前で蒸発すると。彼女の機嫌が悪くなる。
「…火…邪魔…」
青の刃先から大量の水が溢れ出す。不純物のない綺麗な水だが、狙いが読める。直接的に火を弱めつつ、湿度を上げようとしている。湿度を上げて火の勢いを弱め、ガードを貫くんだろう。全く、知識がかあるだけ強くなるのは厄介だ。
「調整。周囲20度。」
ならば、赤刃で直接受け止める。氷の切っ先を多少弱めはするが、こちらに届く温度。
「やっと…届く…」
温度を下げた所に氷の刃が1本伸びる。突き出した青刃からノーモーションでの攻撃。赤刃の根本を狙う氷。が、本体同士でなければこちらの破損はない。受け止め、叩き折る。すかさずもう1本。そのまま受け止める赤刃。連撃か?いや。何か嫌な予感がする。妙な寒気。たぶん死角から。なら判断は横か上だが、彼女の武器の向き。数センチ程度だが先程より下がっている。横だ。直感。赤刃の先に小規模な爆発を起こして、無理矢理に横へスライドする。その場所、太ももの後ろ辺りに左右2本ずつ氷柱があった。瞬間、前方にスライドして溶解する。危ない。と、油断は出来ない。目の前には数十本の小さな氷柱。散弾のように同時に発射される。さすがに避けきれないが、軽減はできる。薄い熱波を正面に展開、刃先を鈍らせて刺突を防ぐが、火力不足で雹のようにぶつかる。多少は痛いが、刺突に比べたらまだマシだ。そして私の考えが正しければ、そろしろ大きく移動しないと。周辺の水たまり。アレが凍るか、上に向かう氷になる可能性。下のガードを怠ると間違いなく足止めを食らう。前方に気を取られて下からデカいのが来ると、一撃で終わる。大きく移動したいが、開発室のサイズ的に、というか機材的の配置的に移動先は1箇所しかない。罠にも思える。だが、それにしても…。
「まだ…届かない…?」
まあいい。とりあえず遠距離では不利だな。攻撃を捌き、床を熱で少しでも乾かし、耐えず移動しながら考える。接近して、青刃を無理矢理引き剥がすしかない。自我汚染の程度が見えないが、まだ時間が経ってないなら戻せる可能性は高い。認証はされてるから、意識を取り戻した後、練習して徐々に解放すれば、彼女ならきっとモノにできる。
左に移動し、機材ギリギリのところ。彼女の体の向きが限界に近づき、方向を変えるために一瞬隙ができる。今。ここしかない。
踏み込む瞬間、6本の刃が同時に飛んでくる。両肩、両膝、両足首。軽く右に飛ぶ。左肩と太ももを掠める。軽い出血。気にしない。
足元に極小規模の爆発を起こして急加速。体当たりのように彼女に飛び込む。が、念のため。左手を地面に触らせる。彼女の右腕。上方を守ろうとした。軌道を。迷わせ。横に向け。受け太刀。予想通り。さっきしてたもんな。見てたよ。そんな予測した軌道。だが。私には出来ん。だから。使わせて、貰う。
「赤光!」
一瞬の業火。熱さを感じる暇もなく、だが急速に温度を上げ、彼女の青は一瞬消滅する。その隙。彼女の青い瞳。の奥に。泣きそうな、綺麗な栗色が見えた。と同時に、出力を上げた赤刃が。彼女の右腕を、右肘を目掛けて、下から。
どうして。偽物なら。もっと獰猛に。昨日の対黒刃レプリカの時のように。有無を言わさず、最大出力で、一撃で、決めて来ないんだろう。油断させようとしてるの?隙をつこうとしてるの?声をかけたいのに。確認したいのに。話がしたいのに。口が、凍ってるみたいに動かない。何だか、閉じ込められてるような、不自由だったあの時のような。あぁ、また知らない間に捕まって、誘拐されてるのかな。あの時だってよくわかんないまま逃げ出したんだし。
でもなんでだろう。景色だけはよく見える。自分の意思では動かない。まるで画面の向こうのよう。そこに映る赤い色の彼女。悲しそうな顔で何かを訴えてる。どうして。そんな顔をしてるの。教えて。もっと話を聞かせて。もう少しだけでいいから。貴女の、近くで、他愛もない、話を。
一瞬の躊躇。流れ込んできた景色。決断。右肘に赤刃が触れる直前。急制動。止まらない勢いを前方に逃がして。腕に少し触れたが、薄く裂いたくらい。彼女の心を。瞳の奥を。栗色を、信じて。空いてる左手を彼女の背中に回し。強く抱き寄せる。触った部分から氷が広がる。だがこちらの体温は上げない。あっという間に足元から氷が胸まで包むが、手は緩めない。双方とも回避は不可、防御も難しいゼロ距離。だからこそ、先に仕掛ければ勝ち。だが。
「切らない…の?」
「小さい子が言ってただろう。思い出さないか。」
「小さい…子…」
「自我が蝕まれても記憶は共通だ。君が連れてきて、私に言ったんだ。」
「小さい子…サルマ…」
「そうサルマだ。サルマが2回も言った。ケンカは、ダメだ。」
「ケンカ…これ…ケンカ…」
「ああ、ケンカだ。私は君を止めたい。話がしたい。」
「話…私と…」
「そうだ。武器を置いて。話をして。君の中の君と3人で。仲良くお茶でもして休憩しよう。」
正直、もう体温が限界に近い。寒い。氷の下でガタガタ震えてる。意識を落とさないよう、必死に堪える。だが相変わらず、彼女の体はまるで氷のように冷たい。震える。だが下がらない。下がれない。賭けではあるが、勝算はある。その片鱗がいくつもあった。
「私の…中…」
青い瞳の彼女は、静かに目を閉じた。
突然、視界が動かなくなった。半分が赤茶色、もう半分はさっきと同じ開発室。これはつまり、赤刃が私に突き刺さってるんだろうな。彼女が顔を上げないのは、泣いてくれてるのかな。ああ、最後まで理不尽な人生だったなぁ。けど、相手が彼女ならまぁいっか。彼女以外なら、死んだ方がマシって思える扱いをされるのは見えてる。でも、最後に一言。一言だけでいぃから。話がしたかったなぁ。
とか思ったてら、
「ここにいたんですね。」
ビックリした!何なの誰何しにっていうか後ろいつの間にどっから来たの出入りできる場所あるのここ!?
「驚かせてすみません。ですが、目の前にいる方が貴女をお呼びなので。」
目の前って、彼女が?うーんでもここから出る方法はわかんないし、話がしたいとは思ったけど、いざってなるとなんて声かければいぃのか思いつかないし。でも勝手に話は進んでくれてるし。あれ、そー考えるとここって意外と居心t
「いいから早く行ってください。」
画面に向かって押される。ぇ、ちょっと、ダメ危ないケガするってかこの画面の素材っていやそーじゃなく無理踏ん張れない。画面に衝突すると思ったら、スルッと抜けて。
目を開く。目の前にいるのは満身創痍な彼女。身体中に切り傷があり、裂けたとこから打撲痕が見える。それ以上に、肌が青い。よく見るとガチガチ震えてる。どーしよう。なんて声をかけよう。とか考えてたら。
「おかえり。遅かったな。」
安心したような、呆れたような、泣きそうな、苦しそうな、色んな思いがこもった言葉。やめてよ。そんな顔されたら。こっちまで泣きたくなるじゃない。でも。ぐっと堪えて。ちょっと溢れたけど。まずは。安心させるのが先。
「ふふ、ただいま。」
やっと戻ってきた。長いような短いような。虚無感に包まれた世界から。ようやくここに来れた。彼女の体を覆っていた氷が溶けていく。膝をつく彼女。投げ出された両腕。肩を引き、抱きしめる。冷たい体。私の体温だけじゃ足りないけど、少しでも寒さが和らげば。
と。外から何か物音が。感覚をオン。金属がぶつかり、重いものがぶつかる音。まさかこれって。
「戦闘…!?」
「…外には…戦闘、部が…詰めて、いたん、だが、な…」
「ごめん、私行ってくる!」
彼女はまだ動けないだろう。いや、動かしてはいけない。ただでさえ消耗して、疲弊してるんだ。まだ慣れてないけど、私が行かなきゃ。
『微力ながら、お手伝いしましょう。』
頭の中で声が響く。さっき画面に押し付けた人の声。まだ自己紹介も何もしてない、知らない人。人かどーかも怪しいところだけど。
『簡単に。本武装専属のサポートAIです。認証されたマスター、および有事に置いては製造者のみに音声が届きます。仮称、ビショップとお呼びください。』
武装というのはこの青いののことで、マザーは彼女のことか。
『先程の非礼についてもお詫びしますが、詳細は後ほど。どうやら苦戦している様子です。』
何のことだかさっぱりだけど。今は外が優先。扉を開けて廊下に出ると。
「ははっ!まだ出てくるか!だがちょっと待ってろ。コイツがなかなか楽しくてなぁ!」
いかにもなゴツい体。ギルと呼ばれた戦闘部の人に匹敵する。あとついでに性格も。
「…プローシャか!?逃げろ!」
この声はファムさん、だったかな。彼女の同期さん。あのデカい人の影にいるんだろう。って。
「ほーう、お嬢ちゃんがプローシャか。なら話は変わる。ワシと一緒にお出かけしようか!!」
振り向いた拍子に弾き飛ばされたような音。巨体がこちらを向く。2メートルを優に超える身長、鍛えすぎてる四肢、初老のような顔付きに。あちこちに無数の傷痕が見える。そしてその手にあるのは大槌。その周辺には意識をなくしたらしい戦闘部員が転がっている。
狙いは彼女だと言外に伝わる。ならば。
「そう、私がプローシャ。どこに連れて行くつもり?」
私は彼女を演じなければならない。抵抗すれば間違いなく戦闘になるだろう。けど、幸いにも。彼女に匹敵するだけとさの武装はある。彼女を凌駕できる目と耳もある。ないのは体捌きだけだ。でも。
『承知しています。が、貴女主体の戦闘はこれが初回です。学習にお時間を頂きますので、ご理解を。』
ビショップが居る。私1人じゃない。大丈夫。私なら。