思い描く世界の主人公登場
山形千聖
メルヘンとファンタジー好きの女、27歳。
現実逃避型の思考回路を持ち、時間があれば、自分の脳内で作り上げる世界にワープする毎日を過ごしていた。
今日の世界は…
「カエル、カエル」
言ってクククと笑ったのは、熊のフユだった。
フユは身長110㎝程の若い茶色い熊だ。
首にはいつも赤い蝶ネクタイを付けていた。
肉が大好きというだけあって、ぽっちゃりとし、走るのは遅いだろうと容易に推測できる体型をしていた。
人間の年齢で言えば15歳くらいだろうか。
フユは、カエルと呼んだ相手の後ろに腕組みをして立って、相手が反応するのをニヤニヤしながら待っていた。
「カエルじゃないわ、カエデよ」
ツンとした口調で言ったのは、人間のカエデだ。
身長は140㎝で年齢は9歳だ。
痩せ型の体型だが体力と腕の力は、同年代の男子に負けず劣らずであった。
本気で戦ったことはないが、フユにだって勝てる自信があった。
だって背はカエデより低いし動きが鈍そうだから。
カエデは腰まである黒い髪を真後ろで1本に纏めていた。
纏めるのに使っていたのはお気に入りの銀色の紐だ。
この紐はただの紐ではなく、祖母がおまじないをかけてくれた大切な御守でもあった。
「フユ、聞いたわよ。また、赤ペンギン姉妹からお金を騙し取ったって」
フユの方へ振り向き、腰に両手を置きギリッと睨み付けた。
フユも負けずに睨み返した。
「騙してないさぁ。あの赤ペンギンが勝手に寄越してきたんだよ」
「勝手にとは何よ!上手いことそうなるように話を誘導したんでしょ!」
更に声を尖らせてフユに刺すように強く言った。
「じゃあ、赤ペンギンに直に聞いて来なよ」
カエデを馬鹿にしたようなニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、フユは言った。
カエデ達が暮らしているのは、この世界にある6つあると言われている大陸のうちの1つ、ミルヌグイ大陸にある、ここヘルンメ町だ。
町の外れの森に美味しい果実を探しに出かけていた時、憎たらしい熊のフユに会ったのであった。
赤ペンギン姉妹もヘルンメ町の住民だ。
フユの言いなりになるようで気に食わなかったが、赤ペンギン姉妹に事実を確認しない事には会話が進まないと判断したため、まずは町へ戻る事にした。
果実を取り損ねたのフユのせいだ、カエデでは歩きながら心の中でフユを恨んだ。
不満から口がへの字になっているのが、カエデは自分でもわかった。
カエデの後ろ、少し離れてフユもついてきた。
赤ペンギン姉妹を脅そうでもしようなら、頭を叩いてやろうとカエデは思っていた。
10分ほど歩いて、赤ペンギン姉妹の家の前に着いた。
カエデが扉をコンコンと叩いた。
返事が無かった。
「ペンナちゃーん、ギンナちゃーん」
カエデは大きな声で姉妹の名前を呼んだ。
因みにおおよそ予想はつくだろうが、ペンナが姉でギンナが妹である。
「留守みたいね」
カエデは振り返り、後ろに居たフユを再び睨み付けた。
「自分の悪事がバレるのを恐れて、2匹をどっかにやったんじゃないでしょうね」
「ククク、そんな頭が悪いカエデが考えつきそうな事、するわけないさぁ」
「何かにつけてすぐ馬鹿にして、ホントやな熊」
呆れたカエデは、また森の方へ歩き出した。
「赤ペンギンに会わないで帰るのかい?」
「また後で来る。フユは待ちたければ待ってれば」
フユを振り返る事なく歩みを進めた。
フユが付いて来る気配はなく、ゆっくり果実を取りに行けると安心した。
「カエデ、カエデ」
森に向かう途中、カエデを呼ぶ声にドキリとした。
前にも後ろにも横にも声の主が見えなかったからだ。
「カエデ、下、下、下」
足元を見ると、小さなシロクマと小さな薄紫ペンギンがピョンピョンと跳ねてここに居るよという風にアピールをしていた。
「カエデは今日も可愛いな」
「カエデに会えて僕達ラッキーだな」
「長い黒髪が似合ってるな」
「今日、天気が良いのはカエデのお陰だな」
小さな2匹は交互にカエデを褒めちぎった。
2匹を見かける時はいつも一緒に行動していたし、会えば誰であっても大袈裟に褒めてきたので、カエデをはじめ町の皆は、この2匹をごますりブラザーズと呼んでいた。
2匹とも身長が20㎝ほどで、カエデが足元を見ず急いで走っていた時、蹴飛ばしてしまった事があった。
そんな事が何度も繰り返されても、会えば必ず大袈裟に褒めてくれた。
だからカエデはこの2匹を、調子はいいけど悪い奴等じゃないと認識していた。
「ねぇねぇ、ごますりブラザーズ、赤ペンギン姉妹を見かけなかった?」
せっかく会ったので聞いてみた。
「いつものように町の中でマッチを売って歩いていたな」
シロクマの方のキナコが言った。
「僕達が見たのは妹の方だな。お姉ちゃんの方は見かけてないな」
キナコに続けて、薄紫ペンギンの方のアンコロが言った。
「そっか、教えてくれてありがとね。助かったよ」
ごますりブラザーズに別れを告げて、カエデは再び森へ向かい歩き始めた。
「果実、果実、果実…」
歩くうちにお腹が空いてきたカエデの頭の中は、いつしか果実の事でいっぱいになっていった。
「今頃、頭の悪いカエデは、赤ペンギンの事を忘れてしまっているだろうね、ククク」
くしゅんっ!
カエデはくしゃみをした。
ごますりブラザーズが褒めてくれてるのかなーなんてのんきな事を思ったのであった。