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六 ユダの窓を探せ

「本当なのか」とリーシーがクレスに問いかける。

 何が起こってるのか見てくると、こっそりと見に行ったクレスの報告を聞いての発言であった。

 信じられない気持ちだった。ミカミ先生が死んだなんて。しかも殺人事件だなんて。

「それとどうやらドロシー先輩が疑われてるらしい」

「——なんでそうなるんだよ」

 そんな馬鹿な話があるか。

「わからない。ただ断片的に聞こえた限りでは現場の状況から犯人が空間移動魔術を使ったとしか思えないらしい」

 なんだそれは。一体どうしたらそんな結論になる。

 俺は立ち上がると教室の扉へと足を運んだ。その足取りはふらふらとしていた。自分の足なのにうまく言うことを聞かなかった。

「どこに行くんだよ」とクレス。

「大丈夫。顔を洗ってくるだけだ」

 ケイコ・ミカミ。我がヴィヘム魔術学院の二十三代目の学長だ。本人の言では二十四歳のときに突如としてこの世界に現れたという。それまでは別の世界——この世界にところどころ似ているが魔術のない世界なのだという——で生きていたのだという。

 空間移動の魔術を含め多くの分野で魔術の発展に寄与したと言われている。

 国際的な指名手配犯であったサイモン・シェーンフリースの逮捕に協力したり、テロ集団を中心となって壊滅に追い込んだりと武勇にも事欠かない。

 また文化面での業績も素晴らしく、我が国においては推理小説の母とも言われている。ミカミ先生以前は少なくともこの国においては推理小説というジャンルはほとんど存在しなかった。

 推理小説というジャンルの宣教師として彼女がまず最初にやった仕事はこの世界に来たときに彼女が持っていたという小説――エラリー・クイーンという作家の『Xの悲劇』という作品だった——をこの国の言語に翻訳することだった。この革新的な読み物は多くの人に読まれある年のベストセラーを取った。

 このときミカミ先生が持っていた『Xの悲劇』は後に国立の文学博物館に展示されるようになった。俺も一度見物に行ったことがあるが、この国の文字とは違う見たこともない文字で書かれていた。

 その後ミカミ先生は自分でもオリジナルの小説を執筆し、多くの後進をも育てた。かくいう僕もその後進の卵の一人であり、幼いころから親同士が付き合いのあったミカミ家にしょっちゅう出入りしてミカミ先生に師事していた。僕が小説家として本を世に出すまでは生きるつもり。あの人はかつてそんなことを言ってくれた。

 彼女の孫娘であり、俺にとってはこの学院での先輩であるドロシー・ミカミと既知の間柄になったのもそうした過程でのことだ。

 学長室の前とそのなかでは教員と警官による人だかりができていた。

「おやバレット君、また会いましたな」

 ひょうきんな笑顔を浮かべた警官が声をかけてくる。アロンソさん。ファーストネームは知らない。この近くの分署に勤務する警官であり、以前バレットがとある事件の容疑者にされたときに顔を合わせた仲だ。彼なら僕をそう邪険にはしないだろう。

「アロンソさん、一体何が——」

「ラッセル・バレット」

 僕のアロンソさんへの質問を遮るように別の男の声が響いた。低く鋭い、雷鳴を思わせるような声だった。

 声のした方角には厳めしい隻眼の大男が立って、こちらを睥睨していた。オーレルス・ウェッダーバーン。魔眼のウェッダーバーンと呼ばれ、先の大戦では多くの敵を討ち取った功労者だ。ヴィヘム魔術学院の生徒には寛容な学長と対照的な厳格な副学長として知られている。

「ここで何をしている。今は全教室で自習時間のはずだが」

 上級生ならともかく二年生のこの時間にまず空きコマはない。

「最初から休校だったんですよ」

 本当は自習だったが、大した差はない。

「ならば自主練習に励んだらどうだ」

 その発言には暗に落第ぎりぎりの自分の成績を心配しろというニュアンスが込められているような気がした。決して親しみやすい教師ではないが、一五〇〇人以上いる学生の名前とおおよその就学状況を把握している仕事熱心ぶりには敬服せざるを得なかった。

「しかし副学長」とゼルバノフ先生。「彼の推理力は学内ではなかなか評判ですよ。それに、なんたってミカミ先生の探偵のほうの弟子ですからね」

 ミカミ先生は数々の難事件をその類稀なる魔術の技法だけではなく、推理力によっても解決してきた。もっとも俺は探偵の弟子ではなく小説の弟子だが、それを口実にここに居座れるのであれば文句はなかった。

「とにかく一旦自室に戻れ」

 それを無視して質問する。

「なんでドロシーが疑われてるんですか」

「密室殺人だからですよ」とアロンソさん。

「密室?」

「ええ、この部屋にケイコ・ミカミ氏がかけていた魔術のことは知っていますか? ――ご存知でしたか。なら話は早い。ヒートヘイズ先生とケブラー先生が遺体を発見したとき、この部屋は密室状態だったんです。凶器は矢だったんですが、この部屋のどこにもそんなものが抜けられそうな隙間は空いていない。たださっき本部の刑事さんたちの捜索で、時限式のクロスボウがクローゼットのなかに隠されてたんです」

「だったらドロシーじゃなくても犯行は可能なんじゃ」

「それにしては倒れている場所がおかしい」と雷鳴のような声。

 僕は部屋のほぼ中央にある目張りに目を落とした。なるほど。ウェッダーバーンの言う通りもしミカミ先生がここで射られたのだとすれば、犯人はミカミ先生がその時間こんな何もない空間に居ることを予想していたということになる。それは考えにくいことだ。

 凶器は矢。密室。これはまるで、

「ユダの窓だ」

 そんな言葉が不意に口元から零れ落ちた。

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