三 初動捜査
クエイクが現場に足を踏み入れると、先に到着していた部下が足早に近づいてくる。
「お疲れ様です、警視。被害者はケイコ・ミカミ。七十四歳。この学校の学校長で……」
「あー、そんなことはいちいちことは説明しなくても構わん」
今や小学校の教科書にも乗るような人物についてわざわざレクチャーを受ける必要はない。昨今の若者は年寄りが何にも知らないと思っていて困る。などというほどクエイクは年寄りでもないはずなのだが。
「死因はなんだ。失血死か」
クエイクは無残にも脇腹に突き立てられた矢を見て呟く。それにしてはこの死斑の色は妙だと思った。
「いえ矢に塗られていた神経毒によって呼吸困難になったようです。監察医のレシッグ先生の見立てでは、発見された時点で死後十時間近くは経過していた模様です。
それと第一発見者の教師二人の証言では、死体発見時この部屋の扉と窓の鍵はどちらも閉まっていたとのことです」
「それがどうした。まさか密室殺人などと言い出すつもりではあるまいな」
犯人は自分が外に出たあと念動魔法で鍵を動かしただけの話だ。
「いやその可能性はないよ、クエイクさん」
クエイクは自らの思考に割り込むようにして発言するその者を睥睨する。短く刈り込んだ赤毛の下にはまだ子どもといったほうがよさそうなあどけない、けれど理の光を備えた面差しがあった。
「クエイク警視と呼べ、馬鹿者」
赤毛の男はなぜか嬉しそうに肩をすくめる。
「関係者の話では、この部屋にはケイコ・ミカミの手によってある防衛魔術がかけられていたんです」
「回りくどい話し方はよせ。首を絞めたくなる」
「この部屋の外から中に対してあらゆる魔術的な干渉を防ぐ魔術ですよ。この部屋の鍵を外から動かすのは不可能だし、この部屋のなかを透視することも不可能という話です。
そうした魔術が使われていることは僕自身も確認しましたから間違いありません」
「ならばどういうことだ。犯人はまだこの部屋に隠れているとでも言うつもりか?」
「それはありえませんよ。この僕が探したのですから。犯人が透明化していようが見逃したはずがない」
「ならなんだ。ケイコ・ミカミの小説に出てくる犯人みたいに糸や針なんかを使って扉の外から閂を操作したとでもいうのか」
「それもありませんね。扉も窓も密閉率が高い。糸を挟んで扉や窓を閉じたとしても動かなくなってしまうでしょうね」
「八方塞がりというわけか」
「いやいやこの程度では八方手を尽くした、とは言い難いですね。先ほど僕はなんと言いました? この魔術は部屋の外から中への魔術干渉を封じる魔術なんです」
「だから回りくどい言い方は止せと言ってるだろう」
「つまりね、中から外へは魔術を使えるんですよ。犯人は空間移動の魔術を使える魔術師です」




