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一 ロックド・ルーム

 ヴィヘム魔術学院の講師、エルメダス・ケブラーはその日の正午すぎ、学校長の部屋を訪れた。これで三度目だ。

 午前中にもその木製の扉はケブラーの手によって二度——物理学的に正確を期すなら四度——鳴らされたが部屋の主からの返事はなかった。

 ケブラーは扉をノックするが午前中と同じように返答はなかった。試しに扉を開けようとしてみるが、鍵はしっかりかかっていた。とくに留守にするという話は聞いていないが。ケブラーは部屋の前で訝しむように首をひねった。

「やぁ、ケブラー」

 声のするほうを見ると、同僚のヒートヘイズが歩いてきた。失礼でない程度に適当なあいさつを返しておく。

「君も校長に用事かい?」

 ヒートヘイズはケブラーの首に手を回しながらそう言った。自身があるからか、この男はいつもやたらと他人に対する距離が近い。

「図書館で新しく購入する本があるから、その許可を貰いにきたんだ」

 ケブラーは魔術史の講義をするためにこの王立ヴィヘム魔術学校に雇われたが、その魔術に対する知識の深さから図書館の管理を任されるようになった。五年ほど前のことだ。

「そうか。僕は今度秋にある三学年の校外学習の班分けの相談をね。今日の昼休みに学校長とする約束だったんだ。——しかしどうやら留守みたいだね」

「そうなんだ。なんどノックをしても返事がない。今日は出校されないつもりなのかもしれないな」

「しかし妙じゃないか。普段学校長はちょっと留守にする場合なんかでも何時には戻りますってメモを扉の前に置いていったりするじゃないか。君はともかく僕はこの日の正午にって約束までしているんだぜ」

 そう言われてみれば、ケブラーにも変な気がしてきた。

「そんな暇もないほどに急な用事が入ったのかもしれない」

 彼女は国内に四つしかない七年制魔術学校の校長であるとともに、魔術界の超重要人物の一人だ。彼女にしかできない仕事が山のようにある。

「だとしてもドロシーくんに言伝でも頼めそうなものじゃないか。——なかで倒れたりしてやいないだろうなあ。あの人も元気そうに見えて結構お歳だし」

「そんなこと言ってるの聞かれたら年寄り扱いしないでちょうだいって言われるぞ」

 正確な年齢は記憶していないが、七十は超えているはずだった。裏から回ってなかの様子を見てみようと言ったのが自分だったのか、ヒートヘイズだったのかケブラーは覚えていなかった。

 校長室は一階に位置しているため、窓のほうに回って様子を見てみるというのは、少なくとも実行までの心理的なハードルの高さを思えば、実に簡単なことだった。

 しかし。

 厚手のカーテンが閉ざされているため中を伺い知ることはできなかった。

 ヒートヘイズは窓が開かないことを確認すると、庭にあった大きめの石を使って窓ガラスを叩き割ると鍵を器用に開けて窓を開放した。

「おい、いいのかよ。勝手にそんなことして」

「だから緊急事態かもしれないって話になったじゃないか」

——確かにそうだが。

 せめてドロシーに確認してからにすればよかったとケブラーは一連の流れに後悔の念を抱き始めていた。

「どうやら本当に緊急事態みたいだな」

 ケブラーが窓から乗り込んで、顔にかかるカーテンを払おうとしていると、先に乗り込んだヒートヘイズがぼそりと呟いた。

 同僚は青ざめた顔で部屋の中央ほどを指さした。そこには学校長が横たわっていた。その相貌は青紫色に変色しており、左の脇腹には矢が突き刺さっている。

「ケブラー、あれを見ろ」

 ヒートヘイズが再び指を指す。その方向には扉があった。扉の閂錠は確かに閉まっていた。このことがのちにどのような意味を持つのかケブラーにはまだよくわかっていなかった。

 この後、ケブラーは腰を抜かしてしまい、ヒートヘイズは相棒が役に立ちそうにないことを悟るとここを見張っていろよと言い残して応援を呼びに行った。

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