十三 我等は理屈の僕なり
クレスとの事件の検討を終え、俺はとりあえず寮の自室に戻ることにした。窓の外では少し間から稲光が瞬き、それが連れてきた轟音が鳴り響いていた。
一人になりたい気持ちもあったが、部屋には相部屋のノートン・ハワードがいる。貴族出身だが、気のいい奴である。
外に一人でいて、不特定多数のいかにも事情を聞きたげな視線に晒されるよりはいくらかマシに思えた。
「お疲れ。大変だったみたいだね」
そう一言言ってノートンは机の上に広げた課題との格闘に戻る。彼が無遠慮に事件のことを尋ねるような人間でないことは、二年生進級時に相部屋となってからの数か月でわかっていた。
部屋の扉を叩く音がする。二回。ノックだ。
立ち上がろうとするノートンを俺は制す。
「俺が出よう」
扉の向こうに立っていたのは赤毛の男、デュソル・ステイシー警部補だった。
「どうしたんですか」
「君にちょっと話があってね」
俺とステイシー刑事は二人で話せる場所を求め、屋上への階段の踊り場へと赴いた。
この雨のなか、この時間に屋上に出る人間はいない。
「捜査に圧力がかかっているようだ」
「圧力?」
「どこぞの警察に影響力のある人物にとって、ドロシー・ミカミさんが犯人であると都合がいい、というわけだね。
流石に犯人を捏造しろとは言われないだろうけどね。ドロシーさん以外に有力な犯人がいない現状で、捜査を早々に打ち切るようにプレッシャーをかけられているんだ」
「そんな無茶苦茶な話が、実際にあるんですか」
「面目次第もないね。だけどこの雷が先ほど署までの道程の鉄道の線路に落ちたらしくてね。復旧作業に少なくとも三日後まではかかるそうだ。三日だ。僕たちに与えられた時間はね。
ドロシーさんを逮捕させたくないなら、僕たちは三日以内に犯人を見付けなくてはいけない」
「ステイシーさんはもうドロシーを疑ってはいないんですか」
「まさか疑っているよ。今でも僕のなかでは筆頭容疑者だ。でもそれは一番疑わしいというだけで、彼女以外に犯行が不可能だったと実証できたわけではない。
恐らく今ドロシーさんが逮捕されたら、自白の強要がなされ、後はつじつま合わせの捜査が行われるだけだと思う。それは僕にとって許しがたいことだからね」
「――それでなんで僕にこんな話をしてくれるのですか」
「君だけがタイムリミットを知らないのはフェアじゃないと思ったからだ」
「フェア?」
「君は周りの大人が止めようが何をしようが、犯人を追及するつもりだろう? だったら僕たち警察と君のハンディキャップをできるだけなくしたいと思った。このことについては、クエイク警視も承知の上だ」
「それは僕と警察、あるいはステイシーさん個人。どちらが先に犯人を特定するか勝負しようということですか」
「そういうことだね。さっきは君に助けられた。君の推理がなければ僕は不十分な理屈と証拠を基にドロシーさんを逮捕するところだったからね。だが最終的に犯人に辿り着くのは僕だ」
「不愉快ですね。ミカミ先生の死をゲームのネタにされるのは」
「弁明するつもりはないよ。だが本当は君もどこかでわくわくしているんじゃないのか。探偵小説の愛好家として、探偵する喜びを、犯人との知的闘争の喜びを感じているんじゃないのか」
――――。
「ドロシーさんが犯人でないことを祈るよ。君はドロシーさんだけは犯人でないという前提のもとに推理をしている。であるならば彼女が犯人であった場合、君は如何様にしても真相に到達できないことになるからね」
そう言ってステイシー刑事は去っていった。