十一 ここで一つ事件を整理してみよう(二)
「もっと単純な可能性を検討し忘れているんじゃないか」とクレス。「第一発見者であるケブラー先生とヒートヘイズ先生が共犯だった可能性だ」
「つまり部屋は密室状態でもなんでもなかったと」「ああ。《第一発見者共犯説》とでも名付けようか」
「しかし先ほども言ったようにミカミ先生の死亡推定時刻は昨夜十時から二時の間だ。
ケブラー、ヒートヘイズの両先生が学長室を密室だったということにしなければいけないとして、なぜ正午すぎまで行動を起こさなかったんだ。もっと早くに誰かが部屋に踏み込んで密室状況でないのを確認してしまう可能性もある。
いや事実そういう人がいて、今すぐにでも実はあのとき学長室でミカミ先生の死体を目撃して思わず逃げ出してしまったんです、という人が現れるかもしれない。なぜケブラー先生やヒートヘイズ先生はそう思わずにいられるんだ」
「犯人が扉から脱出したのであればそうだったかもしれないな。当然犯人は窓から脱出したんだ」
「あの窓は中庭に面しているが。中庭は結構人通りがあるぜ」
昼休みにはそこで食事を取るものもいるし、空きコマの多い四年生以上は昼休み以外でもそこで時間を潰している者がいる。移動教室の際に中庭を通っていく者もいるだろう。
「窓が開いていたら気付くかもしれないが、閂がかかっているかどうかなんて近くにいって注視しないと気付かないんじゃないか。部屋のなかの情景についてもカーテンによって遮られていたんだから見えないだろうし、ましてや教員にしたって生徒にしたって窓から学長室に出入りしようなんていう不届き者はいまい」
「だがどれだけ蓋然性が低くとも犯人心理の面から見れば不安は拭えなかったはずだ。正午まで死体を放置したのは不自然と言わざるを得ない」
「止むを得ない事情があったと考えるほかないな。たとえばどうしてもやらなければいけない作業があって、ミカミ学長の遺体が早朝見付かってその後ずっと拘束されるのは避けたかったか。あるいは発見を遅らせ死亡推定時刻に幅を持たせたかったか」
「その辺にうまい理屈が付けば有力な説と言えそうだな」
俺は目の前の友人の抜け目のなさが探偵行為という側面でも十分に発揮されていることを悟った。
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「——なるほど。共犯ですか」とアロンソ巡査。
「まああくまで可能性のレベルですがね。そういう可能性も厳密には有り得るという話です」
二人はクエイク警視を待っているが、まだ彼は帰ってこない。
「実は私も一つ仮説を思いついたのですが、披露してもよろしいでしょうか。バレット君にならって名付けるなら《後付けの密室説》といったところでしょうか」
どうぞとステイシーは言った。
「あのあと学長室でも徹底的に魔術残渣の検出作業が行われましたが、魔術残渣が検出されたのは執務机の上にあったスタンド型の魔動ランプ——魔力を込めるだけで誰でも手軽に起動できる照明器具だ。火事の心配もない優れものである——と壁、扉、窓——これは例の部屋の外からの魔術干渉を阻害する魔術によるものだと見られる——でしたよね」
ステイシーは首を縦に振った。
「犯人は部屋を一部破壊したんです。それが壁か天井かはわかりませんがね。扉や窓だったという可能性もあります。これによって学長室は一時扉や窓が閉まり、閂がかかっているにもかかわらず開放された状態だったのです。この壁や天井に穴を開けるという行為がミカミ・ケイコ氏殺害前に行われたのか、殺害後に行われたのかは定かではありません。まあ殺害後に行われたと考えるほうが自然でしょう。
とにかく犯人はミカミ氏の遺体が部屋のなかにある状態で壁や窓に開けた穴を整形したんです」
「アロンソさん、実はその可能性は僕も考えていました。ですが、この壁、扉、窓の魔術残渣はいずれも部屋の外側から検出された者なのです。今回部屋に使われていた防衛魔術では部屋の外壁にしか魔術残渣が発生しないんです。
そしてアロンソさんが今言ったトリックが使われなかった証拠に部屋の内側では壁、天井、窓、扉、床、いずれからも魔術残渣が検出されていません。もし壁等を魔術で整形したとすれば、必ず内側からも魔術残渣が検出されるはずです」
クエイク警視はまだ戻ってこない。
全体の二割が終わりました。