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4:恋に落ちるのはいつだって唐突




 重たい沈黙が流れる。

 一瞬冗談の線を探ってみたが、こちらをじっと見据える猫耳少女の眼が大マジなので、マジなのだろう。

 助けた女の子は、まさかのドメンヘラだった。けど、メンヘラな女の子に骨の髄まで依存されて愛されたい欲求ってあるよな。愛してくれないオタサーの姫なら、俺は愛してくれるメンヘラ少女のほうがいい。一度でいいから愛の海に溺れたい。

 いや、笑い話じゃないんだけどさ。ここは、ちゃんと応えてやらないと。

 詳しくはわからないけど、ここまで相当苦労してきたのだろう。

 そう思うと、少し心が痛む。 


「最初に言っておく。お前の頼みを聞くことはできない。早急にここから立ち去れ」

「……どうして」

「それより、お前の正体を教えろ。……何故フィエンドの裏を知っている。お前は、何者だ」


 威圧的に尋ねる。少女は猫耳をぴくりと震わせた。


「……頼みを聞いてくれるなら、答える」

「お前、自分が交渉可能な立場だと思っているのか?」


 そう凄んで一歩詰め寄ると、少女はびくりと身体を痙攣させた。


「……まだ死ねない。復讐を果たすまでは」


 だが、それでもじっとこちらを見つめたまま、食い下がる。

 固い決意は少しも揺らぐ様子がない。

 最初に断られるのも、想定内だったのだろう。これは、思ったより手強そうだ。

 俺は小さく溜息を吐いて、会話を巻き戻した。


「……お前の言う通り、フィエンドは確かに帝国の裏の仕事を請け負う貴族だ。だが、不幸な他人の復讐を代行するような、正義の味方じゃない。……私怨なら他を当たれ」


 というかそもそもフィエンド家、壊滅してるしな。

 そう考えると、相当タイミングが悪い。


「貴方たち以外に、頼れる人がいない。その為なら、何でもする」

「お前に一体、何ができる」

「……私の身体を好きにしていい。望みならば、この命も」


 最強暗殺者モードを維持しながらも、内心俺はごくりと喉を鳴らした。

 好きにしていいって、つまりそういうことか。初対面でこれって、これがイケメンのなせる技なのか。

 いや、文脈的に顔は関係ないんだろうけどさ。


「精一杯頭を捻った結果がその答えか。……話にならない」

「私は本気。復讐の為なら、何だって――ッ」


 俺は猫耳少女の懐に潜り込み、右手の指先で顎をくいと持ち上げ、その秀麗な面を覗き込む。 

 不意の出来事に驚いたのか、少女はびくりと目を丸くし、顔を赤らめた。こちらから視線を逸らし、怖じけたように肩を震わせる。

 

「どうした、身体が震えているぞ。怖いのか?」


 正直、こっちの心臓の方がバクバクだった。

 イケメンにしか許されない指先で女の子の顎クイを美少女相手にやるなんて、オタクにはハードルが高すぎる。

 けど、リトアに成りきってたらこうなったんだよ。仕方ないだろ。あいつは割とこういうことを平気でするんだから。


「……なんでもする。今ここで好きにしてくれても……構わないっ……」


 少女はぎゅっと瞼を絞り、涙目になりながらそう決意を語った。

 だが、その声は小刻みに震えていて、とてもじゃないがそれを望んでいるようには見えない。好きでもない男の元に、無理矢理嫁がされる花嫁のような表情だ。

 正直滅茶苦茶かわいい。マジでかわいい。

 けど、望んでもいない相手に、そんなことは出来ないぜ。

 

「……悪いが、安い女に興味はない」


 くるりと背を向け、猫耳少女から離れる。

 ただのオタクには許されない台詞でも、リトアが言えば様になる。

 が、流石に格好付けすぎたような気もする。でも、そこが寧ろかっこいい。但しイケメンに限るを地でいく男リトア・フィエンド。原作ファンならわかるはずだ。


「出口までは送ってやる。その間に、少し頭を冷やせ」


 髪を掻き上げ、背を向けながらそう諭した。


「……わかった」

 

 だが、少女は短く言葉を切り、


「……あなたには、頼らない」


 虚ろな眼差しで、一人森を進もうとする。


「どこへ向かうつもりだ」


 少女は立ち止まって、右面だけをこちら側に向ける。雨に濡れ、寒さで血色の悪くなった唇に、心が痛んだ。


「……助けてくれたことには感謝してる。けど、これ以上はあなたに関係ない」

「おい、」

「お屋敷へ、直接会いに行く。こんなところで……諦められない」


 今邸は相当ヘビーな状況だ。

 部屋が汚すぎて女の子に見せられないとかそういうレベルじゃない。

 まさに地獄絵図。

 それに、先のコカトリス戦を鑑みても、少女が無事に邸宅へと辿り着けるとは思えない。

 このまま邸へ向かっても、どの道無駄死にするだけだ。

 今日が初対面だが、それでも死ぬとわかっている旅路へ素直には送り出せない。


「道の途中で、無駄死にするだけだ」

「それでも、私にはこの選択しか残されていない」


 固い決意の言葉が返ってきた。

 果たして、どう説得するべきか。


「……」


 俺が次の言葉に迷っていると、会話はこれで終わりだと言わんばかりに、先へ進む少女の足音が聞こえてくる。


「……待て」   

「なに? もう話は終わり。ここから先は、私の問題。本当に、あなたには関係ない。私は、私の意志で向かう」

「邸に行っても無駄だ」

「例え誰が相手でも、私は諦めない」

「違う。そういう意味じゃない」

「……?」

「あそこにはもう、誰もいない」


 背を向けたまま猫のような耳が、ぴくりと引きつった。


「どういうこと?」

「言葉通りだ。フィエンド家に行っても無駄だ。回れ右して帰った方がいい」

「何故?」

「……それは」 


 言葉に詰まる。


「答えられないなら、自分で確かめる」


 そして俺は、結局――。


「俺が全部、殺したからだ」


 素直に真実を語ることを選択した。

 猫耳少女は立ち止まり、こちらを振り返る。


「……つまらない冗談は、嫌い」 

「冗談じゃない。俺は今日、一族を殺した」

「……私を馬鹿にしてるの? 覚悟が足りないってせせら笑ってる? 確かに私は一人じゃなにもできない。……けど、本当に、本当に……最後の頼みの綱でここまで来たの」


 少女は悔しさと無力さを吐き出すように声を震わせた。


「違う、全て真実だ。俺は……一族を殺した」

「……ふざけるのも、いい加減にして」

「おい、ま――」

「ついてこないで!」


 少女は不快そうに顔を歪めて足元を睨み、そのまま歩み去っていった。

 俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

「……ま、所詮俺はただのオタクだし」

 

 女の子に拒絶されるって、結構キツイね。

 普通に心にぐっさり来たわ。猫耳族は気まぐれだから仕方がないか。

 ま、そもそも今日が初対面だ。わざわざ面倒を見てやる義理もない。

 今この森は危険だが、一人で生還する可能性がゼロってことはない。

 俺には俺の問題が山積みだ。こんなところで、余計な油売ってる場合じゃないな。

 ……とっとと森を抜けてしまおう。

 それに、あの子にも色々あるんだろう。

 踵を返し、地を踏みしめ、先へと進む。


「……色々、か」


 しかし、その足取りは重い。

 ウィスプがふらふらと目の前を通り抜ける。

 この精霊の正体は、成仏出来なかった死者の魂だ。

 さっき殺されたフィエンドの暗殺者達が、森を彷徨っているのだ。

 この森における彼等の存在は、ゲームでは乱数によって夜明け前に発生する、強制敗北イベントを意味していた。

 夜明け前、この森ではフィエンドの亡霊達が彷徨き、ランダムでエンカウントする仕様で、彼等と遭遇してしまえばパーティーは全滅必至。

 そんな初見殺しの強制敗北イベントが用意されている。


「……そういや、結局正体を聞きそびれたな」


 タイムリミットは、おそらくあと数十分。

 今から森を真っ直ぐに抜ければ、亡霊とご対面しなくても済みそうだが。

 少女を追えば、ギリギリだろう。


「……ああ、くそ。世話が焼けるなあ、あの猫耳も」


 その言葉はリトアではなく、俺自身の言葉だった。


   *


 鬱蒼と茂る森を、猫耳の少女が小走りに進んでいた。 

 その容貌は極めて可憐。

 元々愛玩奴隷として上流階級者達に人気のある猫耳族だが、その中でも彼女は一際眼を引く愛くるしさだった。

 小ぶりだが形の良い鼻、可愛さと美しさを兼ね備えた丸く大きな榛色の瞳、引き締まった口元。そして、その全てを理想的な黄金比にまとめ上げる細面の輪郭。銀の髪は月光を浴びて燐光が如く煌めき、白皙の肌は初雪のようにきめ細やかで濁りがない。

 至高の人形師による生涯最高傑作と言っても差し支えなく、作り物めいた完璧な美がそこにあった。

 だが、その瞳は虚ろで、表情は僅かに歪んでいる。その不完全さが、皮肉にも少女が血の通った人間であることを証明していた。

 彼女の人生は、ある人物によって狂わされた。その人物が何者なのか、そもそも自分は何者なのか、今の彼女には、それすらもわからない。

 隙を突いて逃げ出し、僅かな手がかりを頼りにここまで辿り着いた。

 深い闇に覆われた森の視界は悪く、雨で泥濘んだ土は体力と集中力を削ってくる。

 突然の豪雨に濡れそぼった衣服は未だ乾かず、ひんやりとした空気と相まって身体の熱を徐々に徐々に奪う。

 素足に小枝が突き刺さるたび、唇を歪める。柔らかな銀の毛が生えそろった猫耳が、ぴくりと痙攣する。

 生まれた心の隙間に、どうしてか先ほどの男が入り込んでくる。

 不思議で……不愉快な男だった。

 鋭利な刃物のような雰囲気を醸し出す、染みついた血の臭いがやけに刺々しくて、生臭い、まるで精巧に作られた自動人形、殺戮兵器のような男。

 だが、そうかと思えば、時折酷く間抜けな空気を覗かせる、奇妙な男。それはまるで、舞台で喜劇を踊るふざけた道化師のような。

 果たして、どちらが彼の真実なのか。

 もうすぐ邸に到着する。そうすれば、このやるせない気持ちも消え去るだろう。

 それまでの、我慢だ。

 

「――――!」


 だが、不意に前方から何者かの視線を感じ、少女は足を止めた。

 針葉樹が連なる木立の狭間から、巨大な怪鳥コカトリスが現れる。先ほど彼女を襲ったものと同じ個体だ。

 顔を大きく歪め、少女は逃げるように踵を返し、駆けだした。

 そのまま、死の淵で追いかけっこが繰り広げられる。

 だが、それからしばらく、大地の泥濘みに足を取られたのか、少女は滑って転倒する。


「……うっ」


 背後より迫り来るコカトリスは、地面に横たわる彼女目掛け、蛇の頭を振り上げる。

 少女を見下すは、残忍な瞳。今度は石に変えるではなく、猛毒によって直接息の根を止めるつもりなのだろう。

 負けない。

 こんなところで。

 せっかくここまで来たんだ。

 奥歯を強く噛み締め、砂利塗れになった拳を握りしめ、立ち上がろうと敵を振り仰ぐ。


「……ぐぅううううううううううううううッ!」


 だが、コカトリスは、そんな少女の想いを一蹴するように、彼女を翼で横殴りにした。

 衝撃に少女はぬかるんだ地面を転がり、肌を焼くような痛みに襲われる。


「うぐっ……」


 その痛みは、蛮勇に麻痺していた少女の心を、現実にまで引き戻した。

 そして、間近で屹立するコカトリスを、聳え立ち爬虫類のような瞳でこちらを見下すその姿を、


「くけけけけけけけけッ! くけけけけけけけけぇぇぇぇぇッ!」


 翼を広げ、威嚇する巨大な怪鳥を眼前に見上げると。


「ひぅ……」


 腹の底から恐怖がせり上がってくる。頭が真っ白になり、身体の力が抜け、太ももに生暖かい液体が伝う。

 嫌だ、もう石に変えられたくない。こんなところで、死にたくない。

 そんな感情が、今更襲い掛かってくる。

 けれど、本能的に助けを求めようとする彼女の喉からは、壊れた機械のように、言葉にすらならない吐息が溢れ出すだけだった。


「……だ……れ……か」


 誰か、助けて――。


「今度は、待ち合った……!」


 視界の端から、誰かが入り込んでくる。

 怪物と少女の間に入り込んだ彼の背中を、少女は朧な意識のまま、見つめていた。


「誰……?」


 説対絶命の危機だというのに、その声はどこか間が抜けている。

 そして、次の瞬間に気付く。

 それが、先ほど自分が無下に扱った男だということに。

 身体が強張って震えだし、不安と、確かな安心感と、疑問の渦が湧いてくる。

 けれど、声が出ない。


「……ど……う……して」

「女に冷たくされるのなんて、慣れてるんだよこっちわ!」

 

 彼は背を向けたまま少女を振り返らず、コカトリスだけを見据える。


「フェイクのバレンタインチョコが入ってた時は、本当にショックだったんだぞ! フェイクもフェイクで本物があるんじゃないかとしばらく机を探したわ! あれは絶対にやっちゃいけない残酷な悪戯だろ!」


 そして――ただ勢いに任せて剣を振り下ろし、魔物を二つに切り裂いた。 

 彼はへたり込む彼女から視線を外しつつ、手を差し伸べる。

 そんな彼の姿を、少女は呆然と見上げていた。

 恐怖も、苛立ちも、不安も、後悔も、何もかもが抜け落ちて。


「……早く逃げるぞ、今ここはちょっとやばい」


 初めてまともに見上げた青年の横顔は、不思議と不快じゃなかった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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