第七章ー15
思えば、最初から違和感はあった。
西条さんの情報を見た時、『声だけを認識できなくなる』なんて症状は聞いたことがなく、疑問を抱いた。
山根さんも、間近で西条さんの喜びようを見ていたからこそ、『本当に、西条さんはお孫さんのことを忘れてしまったのでしょうか?』と信じられない様子だった。あれだけ自分の孫を自慢し、喜んでいた人が、そんなに簡単に忘れてしまうものなのだろうか、と。
全て、最初から、俺たちの認識が違っていたのだ。
西条さんは、忘れてなんかいなかった。
いや、忘れてはいた。西条家の一員としての彩花のことは、確かに忘れたのだろう。
だがそれは、彩花という人間を忘れたのではなかった。西条さんの中から抜け落ちてしまっていたのは、ほんの極一部だ。
むしろ、普通のことかもしれなかった。
西条さんにとって、最も自慢したい孫は、西条家にいた普通の女の子である彩花ではなく、声優として名を馳せている、百坂彩花だったのだから。
――ある意味、悲しいこと、なんだろうけどな。
心の片隅でそう思う。
西条さんにとっては、画面越しに活躍する彩花が『本当の彩花』で、今、目の前にいるはずの彩花は、彩花ではない。
自身の孫である彩花だと、認識できないのだ。
それは果たして、良いことなのか。
――当人たちの問題、か。
再度、彩花へ視線を向けると、その頬には涙が伝っていた。
自身の初主演作を熱心に語る祖母を見て、何を感じたのか。なにを思ったのか。
茫然とした表情は変わらないまま、涙が溢れていた。
その隣では。
「――っ」
悠も、涙ぐんていた。
思い出す。
捜索中、悠は不安がっていた。
自分を一番に応援してくれる人が、いつか、自分のことを忘れてしまうんじゃないか。
そんな不安を口にしていた。
西条さんは、忘れていなかった。
その事実が、悠にとっても、どれだけ救いになるか。
想像に難くなかった。
「いいですか、皆さん、この子が――」
西条さんは、テレビの横に立ち、意気揚々と解説し続けている。
娘さんは彩花と西条さんを交互に見て、苦笑いを浮かべていた。
もしも、この光景が、家出騒動なんてなく、誕生会で見られていたら……。
きっと、そんな風に思っているのだろう。
それに関しては、激しく同意する。
「桜川さん」
「ヒロ」
市川園長と松岡主任に呼ばれて。
振り返ると、二人は疲れ果てた笑みを浮かべ、
「お疲れ様でした」
「良かったな」
それぞれ、言葉は違ったけれど。
今回の騒動が、終わりを告げたことを教えてくれた。
一件落着、とはいかない。
いかないが、どうやら、悪いことばかりではなかったようだった。




