第七章ー11
「戻りましたー!」
ガラガラと玄関のドアが開き、同時に、松岡主任の野太い声がする。
「ほら、西条さん、家ですよ。ちょっと休みましょう」
「お母さん、入ってくださ――いいですから! もう、早く入ってください。お願いします」
「西条さん、自宅です。帰ってきましたよ。入りましょう。中でゆっくりしませんか?」
続けて、なにやら争うような声が聞こえて来る。
俺は親戚の皆さんと一緒に玄関へ向かう。
「西条さん! また転びますよ。一服しませんか?」
「いいです! ここは違います。離してください!」
「お母さん、いい加減にしてください!!」
「いい加減にするのはあんたの方だよ! 悪いことなんてしてないじゃないか。なんでこんなことするんだい?」
「西条さん、分かりましたから。お話しをきちんと伺いますので、とりあえず中に入って、腰を落ち着けて、ゆっくり話しませんか?」
「ゆっくりなんてしてられないよ! なんだい、人のことを馬鹿にして。おかしいのはあんたたちじゃないか!」
戻ってきた西条さんは、市川園長、松岡主任、娘さんの三人に両脇と腰を抑えつけられ、無理やり歩かされるような形で玄関へ入ってきた。
見るからに興奮しており、誰かが抑えていないと、また、今すぐにでも出て行きそうな雰囲気だった。それどころか、気安い相手である娘さんには、暴力を振るう一歩手前、という勢いで、娘さんにとっても西条さん自身にとっても、危険であることは一目瞭然だった。
慌てて駆け寄り、手伝う。
親戚の皆さんも察したらしく、約十人がかりで、ほとんど羽交い締めにして家へ連れ込んだ。
「お前さんたち! 人にこんなことをしてただで済むと思ってるのかい!? 警察呼ぶよ!」
西条さんは喚き散らし、暴れ続ける。
手を、腕を、足を、腰を、それぞれ抑えつけるようにして無理やり引っ張っていき、なんとか廊下まで移動する。
そこまで来て、一同が手を離すと
「ふん。一体なんだって言うんだ」
まだ不満はあるようだが、西条さんは諦めた様子で、その場に座り込む。
「とてもじゃないけど、一緒に片付けができる様子じゃなくて、先に引き上げてきた。山根さんの家にはご主人が残ってるよ」
松岡主任が西条さん本人には聞こえないよう、小さな声で説明してくれる。
確かに、これでは片付けどころではないだろう。
「あの」
少し離れた位置で様子を見ていたら彩花が話しかけて来る。
愛する祖母が羽交い締めにされる姿を、どんな気持ちで見ていたのか。
「なにか、あったんですか?」
「ああ、いや……」
松岡主任は言葉を濁す。
どう伝えるべきか、悩んでいるようだった。
彩花の疑問はもっともだ。
いくらなんでも、興奮し過ぎだった。
ふれあい西家にいる時、帰宅願望が出て玄関から動かなくなることはあったが、その時でも、ここまで興奮することはなかった。
山根さんの自宅でなにかあったのだろうか。
松岡主任はため息一つ。
彩花の真剣な表情に圧されたのか、「別に大したことではないんだが」と前置きをして、事情を説明する。
「娘さんや俺らが山根さんに頭を下げてるのを見て、突然、怒り出してな……。たぶん、自分は悪いことをしていないのに、なんで頭を下げてるんだ、って感じだろ。俺らはともかく、娘さんのことはきちんと認識できているみたいだから、余計に、訳がわからなかったんじゃないかな。それで、『なにやってるんだい!?』って怒り始めて、それに対して、娘さんも言い返してな……。あとはこんな感じだ」
「あー……」
察した。
それは、百パーセント興奮してしまうパターンだ。
認知症を持つ人へ、いくら苛々することがあっても、こちらが興奮して怒鳴り返すなどの対応は厳禁だ。
認知症の方々は、記憶は残らなくても気持ちは残る。
なにかあった時、それに釣られてこっちまで興奮すると、火に油を注ぐことになるのだ。認知症の方が興奮した時は、なにがあったのかを忘れても、『苛々する』、『気分が悪い』という気持ちは残るため、物事を理解させようとするのではなく、とにかく気分を紛らわせる対応をするべきなのだ。
とはいえ、そう簡単にいくものではない。
介護者だってストレスは溜まるし、怒りたくなることも多い。
肉親が他人に迷惑をかけたとなれば尚更だろう。
「それで、三人がかりで戻ってきたってわけですか」
「そういうことだ」




