第七章ー7
俺は、その言葉に対して、返事が出来なかった。
身に染みて、よく知っていたから。
アニメ作品だけではない。
認知症が進む前、その人が毎日のように一生懸命取り組んでいたことや、大切にしていたモノを、ゴミのように扱う日が来ることを、俺はよく知っている。
とても仲の良かったご夫婦が、互いのことを忘れてしまい、ずっと一緒の部屋で寝泊まりしていたのに、「こんな人と一緒なんて嫌だ」と言い始める日が来ることを、俺はよく知っている。
個人差はある。
そうならずに最期を迎える人がいることも知っている。
でも、そうならずに終えられる保証が、誰にもないことも知っている。
西条ヨシさんが最愛の孫を忘れてかけているように、誰にでも起こり得ることで、ありふれたことなのだ。
本人が忘れたくないと思っていても関係ない。
その記憶、その気持ちすら、忘れてしまのだから。
悲しいけれど、それが現実なのだ。
「去年、彩花が声を作れなくなった時、あたし、彩花のこと殴ったんですよ。『そんな簡単に潰れるとは思わなかった』とか、『甘えるのもいい加減にしろ』とか言って。……でも本当は、あたし自身に余裕がなくて、それを彩花にぶつけていただけなんです」
悠は自嘲気味に、笑っちゃいますよね、なんて言う。
「声優の中には、ファンのことを『自分にお金を落としてくれる人たち』、ってドライに捉えている人もいますけど、彩花やあたしにとっては違います。あたしたちにとってファンの皆さんは、金銭面だけじゃなく、いろんなところで、あたしたちを支えてくれている大切な人たちです。……だから、ショックだったんですよ。彩花のことを一番応援していて、誰よりも彩花のことが大好きで、一番の『ファン』だったはずの西条ヨシさんが、彩花のことを忘れるなんて、思っていなかったから」
俺はもう一度、ちらっと振り返ってみるが、彼女はやはり、足を止めず、目を動かし続けていた。
その瞳には、いつもの強気な色はなく、恐れが宿っていた。
「彩花と西条さんを見ていたら、あたし、急に不安になっちゃったんです。今、あたしのことを一番好きだって応援してくれている人も、いつか、あたしのことなんか忘れてしまうんじゃないかって。そして、そうなった時、あたしはあたしのままでいられるのかなって……。必死に声を作って、いろんな役をやって、誰かの記憶に、自分の記憶に残ることを沢山やってきたつもりだけど、それってなにか意味があるのかな? なんて、思っちゃって」
悠はやはり足を止めないまま、
「あたしたちって、なにをしているんでしょうね……?」
そう言った。




