第七章ー5
「遅くなりました!」
と、よく通る大きな声が背後から響いた。
わざわざ見なくても、その声の主が誰なのか分かった。
「彩花!」
真っ先に駆け寄ったのは、市川園長とともにいつでも動けるよう、待機していた彩花のお母様。
俺はそこでようやく振り返り。
少し後ろに、もう一人いることに気付く。
彩花の大親友――東都悠。
「さく、ら……川さん、はぁ……お……疲れ様、です」
彼女は俺の姿を見つけて声をかけてくるが、全速力で走ってきたのか、汗で髪の毛が頬に張り付き、息を切らしていた。
「あ、えっと、お疲れ様です。なにか飲みますか?」
その姿が、声優として活動している時とあまりに違いすぎて、ちょっとだけ可笑しく思えてしまう。
俺は住民の方が持ってきてくださった差し入れの中から一本、お茶をもらい、彼女に手渡す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彩花のペースに合わせて走ってきたのだろう。
五百ミリリットルのペットボトルを一気に半分近く飲み干した。
それからようやく、一息つく。
「えっと……」
一息ついたら、彼女は居心地悪そうに、周囲を見回す。
「彩花――さんなら、さっき、ご家族と一緒に、家に入って行きましたよ」
「あ、そうですか」
「はい……」
「……」
会話が続かない。
互いに、こんな変な時間の使い方をしている状況でないことは理解しているが、こうして改めて顔を合わせると、前回、ふれあい西家で出会った時のことが思い出される。
なんとなく話しづらい。
「ヒロ、あー、アレか。俺がいたら話にくいか? じゃあ俺はもう一回りしてくるから、なんかあったら連絡くれ。頼むぞ」
「え? あっ、ちょっ! 主任!」
止める間もなく、隣にいた頼りになる松岡主任は去っていく。
変な気を回されたらしい。
「……」
「……」
余計に、困る。
SNSのフォロワー数では彩花を下回るとはいえ、彩花と並んでも遜色ないオーラと、確かな実力を兼ね備えた大人気声優、東都悠。
どれだけ心臓に毛が生えていたら普通に話せるのか。
「えっ……と、と、とりあえず! 状況を教えてください!」
沈黙に耐えかねたのか、彼女の方から話を振ってくれた。
「は、はい! 分かりました!」
何故か、二人して大きな声を出し。
勢いそのまま、西条ヨシさんがいなくなってから、現状に至るまでの経緯を説明する。
話し終える頃には、なんとなく落ち着いていて。
気付けば、俺は普段通り話していた。
「――なので、あとは隠れられそうな場所か、もしくは捜索範囲を広げて、もう少し遠くまで探してみるしかない状況です。彩花――さんはきっと、家族の一員ですから、ここに残ることになると思いますが、東都さんはどうされますか?」
「一緒に探させてください」
即答だった。
竹を割ったような、気持ちのいい声がかえってくる。
「彩花は、家族がついているなら安心です。あたしがここに残って一緒にいる理由はないですし、それなら、人手は一人でも多い方がいいですよね。迷惑でなければ、ですが……」
最後は少し、こちらの様子を窺うような調子だったが、最初からそうすると決めていたのだろう。
仕事で疲れているはずなのに、それを感じさせなかった。
三十分程前、あまりにも到着が遅いものだから、北条さんに連絡を入れてみた。
詳しくは教えてもらえなかったが、どうやら、百坂・東都のグレーゾーンの収録でひと悶着あったらしく、かなり時間が押したらしい。
北条さんはその件に関する後処理があり、東京に残っていることも聞いていた。
なにがあったかは分からないが、そんなあれこれがあった後、ろくに休まず、二人だけで新潟へ戻ってきたのだろう。東京、新潟間は、新幹線で二時間と少しだ。仕事を終えて、長距離移動、さらに、新潟へ着いてからも、最寄り駅からここまで走ってきたはずだ。
疲れていないはずはないのだが……彼女の顔にそんな言葉は浮かんでいなかった。
なんというか。
――みんな、凄いな。
挑戦し続けている彩花しかり。
市川園長しかり。
目の前にいるこの人も、俺なんか及びもつかない覚悟を持って、ここまで来たのだろう。
「迷惑だなんて、とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、彼女は笑って言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。……それと、さっきから気になってるんですけど、彩花のことは彩花でいいし、あたしのことも悠でいいですよ。気にしませんから」
東都悠のファンは、彼女の笑顔をこう評する。
周囲を明るく照らす、不思議な力がある。
その通りだった。
不安な気持ちが、少しだけ和らいだ。




