第一章ー6
「桜川さんは、ここでお仕事を? 介護職に就かれているということは書かれていましたが」
「はい。そうです。今年で三年目になります」
「そうですか。三年目ということは、もう介護のプロですね」
「いえ、そんなことはないです。今でも、先輩職員に助けられる毎日で……」
あははと答え、しかしその後、言葉が続かなかった。
この機会に聞いてみたいことは沢山あった。
東京住まいのはずの彩花が、何故、地元、新潟へ戻ってきているのか。どうして彩花の家族ではなく、北条プロデューサーが付き添いで来ているのか。
そして――
「なにか聞きたいことがあれば、答えられる範囲で答えますよ」
「え? あ、その……」
顔に出ていただろうか。
北条プロデューサーに見透かされ、俺はさらに言葉に詰まる。
「もちろん未解禁情報も沢山ありますので、声優業に関することはお話しできませんが、それ以外であれば、答えますよ」
北条プロデューサーに促され、俺は隠すことをやめた。
無意識とはいえ、話しかけてしまったことは非難されても仕方がない。反面、一人のファンとしては、どうしても『せっかくの機会なのだから』という気持ちも出てしまう。
俺は大きく息を吐いてから、頭一つ高い北条プロデューサーと向き合う。
声優業とは関係がなく、聞いてみたいこと――。
「では、すみません。お言葉に甘えて」
「どうぞ」
「彩花さんは西条ヨシさんの、実のお孫さんなんですよね?」
「ええ、そうですよ」
さらりと北条プロデューサーは頷く。
「ということは……」
「お察しの通り、西条ヨシさんは、彩花がいつも話している『おばあちゃん』、です」
北条プロデューサーは、はっきりと肯定した。
彩花の祖母。
ファンであれば誰もが知っている存在だった。
彩花は今でこそ、知る人ぞ知る有名声優だが、最初から大成功を収めていたわけではない。特に、デビューするまでの道のりは長く厳しいものだった。その長い道のりの中で、彩花が一番大変だったと評するのが、家族からの反発だ。声優になるどころか、養成所へ通うことすら反対され、上京するのも一苦労だったと語っている。
周囲が猛反発する中、唯一、応援してくれていたのが件の『おばあちゃん』である。初めて主演作を勝ち取った際、彩花が真っ先に連絡したのは、親でも友達でもなく、おばあちゃんだったというエピソードはファンの間では有名だ。