第七章ー1
西条家までは、ふれあい西家から車で十分ほどの距離だ。
道すがら、市川園長に今後の方針を説明された。
行方不明者を探す場合、それぞれが勝手に動くのではなく、情報を共有し、誰がどこに行くのか、見つかった時はどうするのか、きちんと対応を決め、動くことが重要とのこと。
ちなみに、先ほどの電話でご家族から「市川園長に指揮を執ってもらいたい」とお願いがあったそうだ。市川園長曰く、電話口でも動転されているのが分かるほどで、とてもじゃないが捜索の指揮を執れそうな様子ではなかったらしい。
正直、俺個人としても市川園長がまとめた方が良いと感じる。
聞けば、市川園長は過去にも、こうした事例に何度も関わったことがあるらしく、対応の仕方も熟知しているとか。
「遅くなりました」
「あ、市川園長……と、桜川さん」
俺と市川園長が西条家へ到着すると、既に十人弱の方が西条家へ集合していた。騒ぎを聞きつけた近所の方が、集まってくださっているらしい。
彩花のお母様は憔悴し切った様子で、すがるような目で俺たちを見てくる。
俺は一瞬、その目を見て気後れしそうになるが、隣にいたこの人は違った。
「西条さん、お世話になっています。一刻を争いますので、すぐに本題に入らせていただきますが、よろしいですか?」
「はい。お願いします」
市川園長は挨拶もそこそこに、集まった人の中心にためらいなく進み出る。自信に満ちた表情と、堂々としたその立ち振る舞いは、その場にいた全員の目を引いた。
「皆さん、初めまして――」
市川園長は自分の身分を明かし、自身が介護のプロであること、それなりの地位にいることを表明し、信頼を得る。その上で、捜索の指揮をご家族からお願いされたことを話し、それで良いか、確認する。
「大丈夫です」
「お願いします」
異論は出なかった。
緊急事態でも責任ある立場を背負えるだけの覚悟と、知識と経験を持ち合わせているのは、この場において、市川園長の他にはいなかった。
「では、現状確認です」
市川園長は、意識のズレが起こらないよう、丁寧に状況を説明していく。
共通で認識しなければならないのは、これが命に関わる案件だということ。
七月初旬の十五時前。
気温は二十五度を超え、三十度近くまで上がっている。
交通事故など不慮の事故も怖いが、それ以上に怖いのは、熱中症だ。お年寄りは、のどの渇きを感じにくくなっており、汗をかいても、水分を取らないことが多々ある。
炎天下の中、水分を取らずに歩き回り、どこかで倒れ、そのまま亡くなる可能性は十分ある。
「――なので皆さん、もし見つけたら、とにかくまず、水分を取って頂いてください。また、捜索する皆さんも、熱中症には注意してください」
市川園長は、今がいかに緊急性の高い状況であるか、手早く話し、その上で対応策も打ち出していく。
さらに、
「周辺の地図を持ってきていますので、皆さんそれぞれ、方向を決めて捜索していきたいと思います。車で探される方は、二人以上で行動し、移動しながらでも常に連絡できる状態にしておいてください」
いつの間に持ってきていたのか。
市川園長は、持ってきた手提げ袋の中から地図を取り出し、皆さんと確認しながら指示を飛ばす。
「――では、そのようにお願いします。他になにか気になることなど、ある方はいらっしゃいますか?」
ある程度、方針が決まったところで、最後に確認しておきたいことや、質問がないか、尋ねる。
「あの、探す際、手掛かりのようなものはないのでしょうか?」
若いお兄さんが手をあげ、発言する。
市川園長は苦い顔をする。
「正直、ありません。認知症の方は、見当識障害といって、時間や方向感覚が分からなくなってしまう症状が見られます。○○へ行く、と言って出て行った情報があったとしても、必ずしも、その方向へ行ったとは限らないのです。唯一手掛かりとなるのは、目撃情報です。それ以外は期待しない方が良いでしょう」
「それって……」
若いお兄さんは、なにかを言いかけて、口を閉じる。
家族の手前、ためらったのだろう。
ここへ来るまでの道中で、俺も市川園長にいろいろ尋ねたが、見つける方法は、人海戦術以外にないのだ。
どの方向へ行ったのか、何故出て行ったのか。
そんなことはもはや、関係ない。出て行ってしまった時点で、どこへ歩いて行ったのか分からないのだ。
今後、こういったことがないよう、原因を考える際に「何故なのか?」と探ることは重要だが、捜索する時に考えても無意味なのだ。
「それから、既にご家族から警察へ連絡していただき、警察にも動いてもらっています。捜索している道中、パトカーなど見かけたら、声をかけ合って、連携してください」
市川園長は、最後にそう付け足す。
これは俺も初めて知ったのだが、こうした緊急事態の際、ご家族の許可が取れれば、防災無線で住民の方に協力を呼びかけてもらえるらしい。
過去には、防災無線でそのことを知った住民の方が、捜索には協力していなかったが、たまたま見かけて保護してくださった事例もあるとか。
防災無線と聞くと、なんとなく地震や津波など、災害時を想像しがちだが、そういった使い道もあるらしい。
捜索する側としてはありがたいことだった。
市川園長の話では、そうした行政、警察からの呼びかけで、捜索に協力してくださる方が増えることもよくあるということだった。
「では、皆さん、よろしくお願いします!」
「はい!」
市川園長の声に答えて、俺は西条家を飛び出した。




