第六章ー10
南原株式会社は、ここ数年で急成長し、声優業界では、有名ラジオ制作会社として、その地位を確立しつつある。
そんな影響力のある会社から、どういう形であれ、『自分たちの都合で勝手に抜けた』となれば、後日、どんな報復があるか分かったものではない。後ろ盾があろうがなかろうが関係ない。表立ったものではなくても、水面下で、妨害や嫌がらせがある可能性も否めない。
だから、私は待った。
本当に、後ろ盾を変えることになるのならば、なるべく、後腐れないように動かなければならない。
まず第一条件として、南原さん本人が『百坂・東都のグレーゾーン』を、南原株式会社から排除していようとしていることを確認しなければならなかった。
南原さんは確かに言った。
『こちからとしては、辞めてもらって構いませんよ? あなたたちは、数多くある人気番組の一つに過ぎませんからね』
これは明らかに、番組を切る算段がある発言だ。南原さんが番組を切ろうとしていることについて、疑う余地はない。
そして第二条件。
当事者である、彩花と悠が、どう考えているのか。
二人が、南原株式会社から抜けることをためらうようであれば、私が勝手に動くわけにはいかない。
これに関しては、言わずもがな。
悠は激怒し、彩花は、そんな悠を見ても止めなかった。
最後に、第三条件。
『こちらから言い出さないこと』。
確実に、南原さんの妨害を止めるためには、南原さんのように相手を煽って、言葉を引き出したのでは良くない。あとで「あなたたちが○○と煽ってきたから」などと、言い訳されたらたまったものではない。
確実に息の根を止めるためには、相手に非がある状態を引き出し、その上で、『仕方なくそういう手段を取った』形を作らなければならなかった。
「スタッフの皆さんも、今までの会話、聞いておられましたよね? もしも、今後、なにかありましたら、口添えしていただけると幸いです。よろしくお願いします」
私はわざとらしく、ぺこりと頭を下げる。
スタッフさんたちは、心得た、という顔で頷いてくださる。
勝負ありだった。
「~~~~~~っ!」
南原さんは、「このクソガキがっ!」とでも言いたそうな視線を向けてきたが、それを言葉することはできない。
ここで、今以上に暴言を吐くのがどれほど危険なことか、分かっているのだろう。
このまま百坂・東都のグレーゾーンを手放すことになる場合、周囲から『なんらかの事情があり』、南原株式会社から離れた、と見られることは必至だ。そうなった時、これまでのやり取りが明るみに出れば南原さんの株は大暴落するだろう。
その上、ここからさらに暴言を吐くようなことがあれば、それはもはや、経営者として、やっていけなくなることを意味する。ダメ押しにしかならないのだ。
逆に、このまま百坂・東都のグレーゾーンを手放したくないのならば、なおのこと、これ以上の暴言は禁物だ。
パーソナリティーの二人や私に対し、ここに至ってまだ悪印象を与えるようなことを口にすれば、信頼関係は完全に崩壊する。
そうなれば、なにがどうなろうと、移転先がある以上、そちらに移るだけだ。
頭の回る南原さんのことだ。
その辺のことは、よく理解できているだろう。
「――ん?」
と、ポケットの中のスマートフォンが振動する。
怒り心頭で拳をぷるぷると震わせている南原さんに「すみません」と一声かけ、スマートフォンを取り出す。
相手は彩花のお母様だった。
気付けば、十四時半を回っていた。
仕事が押してしまっていることは連絡してあったが、心配してかけてきてくださったのだろうか。
私が電話に出ると、
「北条さん! 今、どちらですか?」
やけに焦った声が聞こえてきた。
西条ヨシさんと同じく、彩花のお母様が、いつも穏やかな方であることは私も知っている。
どうしたのだろうと疑問に思いつつ、仕事が長引いていることを再度、謝罪しつつ、用件を尋ねる。
「母が、西条ヨシが、家から出て行ってしまいました! 探しているのですが、見つからないのです!」




