第六章ー5
収録ブース外も、同じく、南原さんを非難する空気はあった。
最初の数回は、彩花がハイテンションだったこともあり、「南原さんの言うことも分からなくもない」と容認する空気が流れていたのだが、今は、止める声がかかる度に、全員が「またかよ」と南原さんへ面倒くさそうな視線を向けていた。
「北条さん」
スタッフの一人が話しかけて来る。
「時間、大丈夫なんですか?」
「……大丈夫ではないです」
「でしたら――」
「ただ、ここで、こちらから申し出るわけにもいかないですよ。南原さんは、それを待ってますから」
スタッフは、ハッとした表情になる。
南原さんがグレーゾーンを潰そうとしているかも、という噂は、スタッフ間では周知の事実になっている。
それを快く思わないスタッフもおり、話しかけてきた彼もその一人だろう。
――きっと、こちらから振った時点で負け、でしょうね。
既に時刻は十三時半を回っている。
予定時刻を過ぎている。
南原さんに「今日は予定があるので、ここまでにしていただけないでしょうか? スケジュールを調整し、別日に録り直させてください」と今すぐにでも、かけ合いたかった。
彩花にとって、今日は特別な日だ。
こんな茶番に付き合っている暇ない。
だが、実際にそう言ってしまったら、どうなるか。
目に見えていた。
もしここで「予定があるから」と、収録を止めてもらい、新潟へ向かったとなれば、ただでさえ声が作れない彩花が、今度は、プライベートの予定を優先して、終わってない仕事を投げ出すことになる。
南原さんにとっては、これ以上ない攻撃材料だろう。
「そんな意識の人間と仕事はできない!」とか理由をつけて、そのままの勢いでグレーゾーンを潰す可能性もある。
既にハンデを抱えている彩花が、これ以上弱みを見せるわけにはいかないのだ。
「駄目だね~。今日は二人とも調子悪いのかな? これじゃあいつまで経っても終わらないよ。このあと、百坂さんは、予定があるんでしょう? ちゃんとやってくれないと」
もう数えるのもあほらしくなるほど、南原さんに止められている。
南原さんは先ほどから、とりあえず一回放送分、全て収録させてから、「駄目だ」と言い始めている。三十分喋り続けてから、「駄目だ」と言われる側のダメージは半端ではない。
こちらに、切れる手札がないわけではない。
不測の事態を考慮し、いざとなったらいつでも対応できるよう、準備をしてきた。
準備してきたが――
あくまで、最終手段だ。
こちらから、切りたくない手札だった。
切るべき時に、切らなければ、効果は薄い。
彩花たちに負担を強いていることは重々承知だ。
だけど、『未来』を見据えるならば、今、最終手段を打つのは得策ではないのだ。
「……」
私は、その時を待つ。
相応しいタイミングを探す。
「あー、はいはい。もう何も変わらないね。二人とも疲れてるみたいだし、そろそろ休憩にする? もうこれ以上だらだらやっても仕方ない気がするんだよね。スタッフの皆さんも集中力が切れて来てるみたいだし――」
南原さんはまたも、にやにやしながら止めに入る。
もはや、悪意を持って止めていることを隠そうともしていなかった。
その笑顔が、心底、気持ち悪い。
腕を組むふりをして、二の腕に爪を立てる。
そうでもしないと、苛立つ気持ちを抑えられなかった。
我慢比べだろうとやるしかない。
――私は、彩花の未来を背負っているんだから。
「……」
じりじりと進んでいく時計の針が、恨めしい。
これ程、時間が止まって欲しいと思ったこともない。
刻々と時は過ぎて行き。
ついに、午後二時を回る。
もう、タイミングがどうとか、言っている場合ではないだろうか。
そう感じた、その時。
「おい、いい加減にしろよ」
東都悠が、爆発した。




