第一章ー5
◆◇◆
しまったと思った時にはもう遅かった。
無意識に声が出てしまい、一番近くにいた北条プロデューサーの耳にも届いていた。
「……どちら様でしょうか」
北条プロデューサーは足を止め、俺に向き直る。
その様子に気付いた松岡主任が振り返り、女性――彩花もこちらに向き直った。ぴっちりとマスクをしていたせいで気付くのが遅れたが、そうだと思って見ると、小柄な女性は彩花本人に違いなかった。
話しかけるつもりはなかったが、こうなっては仕方がない。聞かれているのに答えないのも失礼だ。
意を決して口を開く。
「桜川智広、と申します。サクゾウという名前でメールを――」
「分かりました」
「え?」
「彩花、一人で大丈夫だな?」
北条プロデューサーの対応は早かった。
俺の名前を聞くや否や、話を遮る。
彩花が頷いたことを確認すると、松岡主任に「すみません、少しこの方とお話しがしたいのですが」と手早く許可を取り、そのまま、半ば強制的に事業所の玄関へ連れて行かれた。
「申し訳ございません。強引に連れ出してしまって」
周囲に人影がないことを確認すると、北条プロデューサーはすぐに頭を下げてきた。
俺は慌てて「とんでもないです」と答え、謝罪する。
「迷惑でしたよね……。すみませんでした」
例えば、レジャー施設で偶然出会ったのなら、話しかけても文句は言われないだろう。実際、ラジオ番組等で声優とリスナーが出会ったという話題はよく耳にするし、彩花本人も、「見つけたら話しかけてください」と口にしている。
だが、ここはそういった場所ではない。
介護を必要とする老人たちが集まる事業所で、彩花はその家族として来所している。
いくら有名人でも、気安く話しかけて良い場所ではない。
俺は「申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げた。
北条プロデューサーは「いえ」と即答する。
「常にこういう事態は想定して動いています。まあ――できれば、話しかけるにしても、帰り際にしていただきたかったですが」
嫌味な感じではなく、こちらを安心させようと冗談を言ってくれた風だった。
「桜川智広さん、サクゾウさん、ですね。よく、メールやファンレター、拝見させていただいています。フラワースタンド企画や誕生日のプレゼント企画等もよく参加されてますよね。いつも応援してくださってありがとうございます」
逆に、頭を下げられる。
「いえ、それは、好きでやっていることですから」
「それはそうだと思いますが、こちらにとっては熱心に応援してくださるファンの方々には、本当に頭が上がらないのです。特に桜川さんのメールやファンレターからは、心から応援してくださっていることがよく分かりますから」
「あ、ありがとうございます」
真面目な表情でお礼を言われ、照れてしまう。