第六章ー2
◆◇◆
誕生会当日。
彩花の様子がおかしかった。
「彩花! それ胡椒だよ!」
「え? あ……」
悠の声で、彩花はようやく我に返る。
どうやったら間違えるのか。
コーヒーにコショウを入れようとしていた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当だって。北条さん、心配しすぎ」
私は、彩花と悠、二人とともに収録現場近くにある、食事も摂れるカフェへ来ていた。
時刻は午前九時過ぎ。
今日は百坂・東都のグレーゾーンの収録日だ。
収録が終わり次第、彩花は新幹線で新潟へ戻ることになっている。
「気合いが入るのも分かるけど、普段通りでいいんだからな」
「だから心配しすぎだって。大丈夫だよ」
彩花は笑顔でひらひらと手を振って見せるが、私は悠と目を合わせる。
視線で語り合う。
《北条さん、本当に大丈夫だと思う?》
《いえ、思いませんね》
《なるべくフォローはするけど、収録ブース外でなにかあったら任せるよ》
《そっちは任せてもらって構いません。彩花をお願いします》
悠にも誕生会のことは知らせてある。
彼女も企画には賛同してくれて、なるべく早く収録が終わるよう、協力すると宣言してくれていた。
ただ、当の彩花の様子がおかしい。
何年も続いている番組だ。コーナーや、通常のトークパートで話すことはだいたい決まっている。ここ最近は、台本を渡されても必要以上に目を通さず、自分の思うように喋っていたのだが、今日に限って、彩花は移動中の車内で熱心に台本を読み、なにを話そうか、とか、こんな話題はどうだろう、といったことを延々と考えていた。
終了後に控えていることを考えれば、気合いが入るのも理解できるのだが、入れ込み過ぎに感じた。
「彩花! だからそれ砂糖じゃないって!」
「え? ああ、うん、分かってる」
「いや、分かってないでしょ……」
「あはは。ごめんごめん」
二人のやり取りを眺めつつ。
私はスマホを取り出す。
彩花の様子は心配だが、ポジティブに捉えれば悪いことではない。それだけ楽しみにしているのだろう。
それよりも、むしろ――。
懸念事項があるとすれば、やはり、南原さんだ。
二人には秘密で、ある話を進めていたのだが、誕生会があると聞き、この一週間でまとめてもらった。
――なるべくなら、使いたくないカードですが。
最初から『念のため』と思い、進めていた話だ。
必要がなければそれで良い。
そちらの方が良い。
だが、今日は特別な日だ。
彩花の今後の仕事にも影響する。
もし南原さんが無茶な要求をしてきたり、妨害行為をするようなら、こちらにも、用意がある。
――今日だけは、邪魔させませんよ。
彩花のことを注意できる立場ではないなと独り言ちる。
私は私で、気合いを入れていた。




