第五章ー11
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限界だった。
彩花が声を作れなくなってから、約一ヶ月。
百坂・東都のグレーゾーンを始め、各種ラジオ番組や、雑誌に載せる写真の撮影、インタビューなど、だましだまし仕事を続けていたが、さすがに限界だった。
声優としての活動ができなくなっているのだ。
オーディションで配役が決まっていたアニメのアフレコや、アプリゲームの新規ボイス収録など、事情を話して延期してもらっていたが、制作会社から急かされ始めている。
「――だ、そうだ、彩花」
スマホをポケットにしまう。
「……はい」
私はそのこと含め、今後の方針を決めるため、事務所の一室を借り、彩花と一対一で話していた。
事務所の外は、雨が降りしきっている。
窓ガラスに当たる雨音がやけにうるさく感じる。
運が良いのか悪いのか。
このタイミングで、桜川さんから、電話がかかってきた。
内容は、西条ヨシさんと彩花の、ダブル誕生会。
西条さんのことだけを頼んだはずが、桜川さんには助けられてばかりだ。
私も詳しいことは知らないが、誕生パーティーを企画し、わざわざこちらにまで連絡してくるなど、介護職のすることなのだろうか。聞けば、施設内で行うことではなく、彩花の自宅でやることだという。
彼は大丈夫だと言っていたが、上司からあまり良い目で見られていないのではないだろうか。
「ありがたいな」
「本当に」
彩花は、ずず、と鼻をすする。
泣いていた。
桜川さんからの電話を取る前、私は彼女に、これ以上長引くようなら、完全休養という形を取らざるを得ないと、はっきり伝えていた。
彩花がどれだけ強い意志を持っていようと関係ない。
仕事自体に、ストップがかかり始めている。
そう、話をしていた。
彩花はその時点で既に涙目になっていたのだが、今は別の意味で涙腺が崩壊していた。桜川さんは独自に動き、西条さんとの誕生会を提案、ご家族の許可も取り付けたらしい。
未だ、声が戻らず、きっかけすらつかめない彩花にとって、応援してくれるファンが、ここまで真剣に向き合い、行動に移してくれていることが、どれだけ心強いか。
想像に難くなかった。
私とて、例外ではない。
これまで、なんとか調整してきたが、彩花に復活の兆しが見えないこともあり、手詰まりな感じは否めなかった。電話口だというのに、自分の不甲斐なさが身に染みて、思わずため息をついてしまうほどには、私自身、内心焦っていた。
適材適所、とはよく言ったものだ。
私には真似できない方法だった。
本当に、頭が下がる想いで一杯だ。
「彩花。これがラストチャンスだ」
「……分かってる」
彼女は涙を拭き、いつもの、前向きな表情を見せる。
「あと一週間。それまでは、私が無理やりにでも繋ぎとめておく。家に帰って、声を取り戻して来い」
「はい!」
彩花は、雨音に負けないくらい、大きな声を出した。




