第五章ー7
「でも、それって想像ですよね」
と、ベテラン職員の一人が口を開く。
「一度帰ることで安定することもあり得るはずです。本人は帰りたいと希望されているのですから、その後がどうであろうと、本人の希望を叶えられるよう、動くべきじゃないですか? 帰宅願望が強くなるとか、見守りが大変になるとか、それは介護者側の都合で、本人には関係ないことですよね」
「それはそうなんだがな」
松岡主任はさらに眉を寄せ、難しい表情で答える。
「言いたいことは分かる。その通りだ。御利用者本位で考えるなら、帰ってもらうのがベストだろう。……ベストだろうが、正解かどうかは分からん。それで悪化したら、結果、本人や家族のためになったとは言えないはずだ」
「だからそれは、想像でしかないですよね。やる前から予想で行き詰っても仕方ないじゃないですか。できることがあるなら、するべきですよ」
桜川さんはそう思いませんか、と振られる。
「自分は――」
と答えかけて、ちょっと待て、と思案する。
先ほどはああ言ったが、できることがあるならやるべきとの意見も、その通りだ。
介護は、なにが『正解』か、非常に判断しにくい職業だ。
御利用者によって、性格や価値観、家族構成や病状、全てが違うのだ。○○すれば百パーセント正解、という答えがない。
『後悔、しないようにね』
山根さんの言葉が思い出される。
正直な話、西条さんほど認知症が進んでしまっている人の場合、本人の希望通り、家へ帰したところで改善するかどうかは、かなり怪しい部分がある。
悪化している原因が不明である以上、逆効果になる確率の方が高い気がする。
介護のプロではない家族のもとへ送り出し、また転倒してしまったり、そうでなくても、さらに認知症が悪化したら、彩花はどう思うだろうか。
やはり、リスクの方が高くないだろうか。
どちらかと言えばもう少し様子を見てみるべきだと感じる。
感じるが……。
「一度、ご家族にお願いして、家へ帰れないか、検討した方が良いかもしれませんね」
俺は、考えていることと真逆の答えを口にした。
どうしてそう答えたのか、自分でも不思議だった。
この時、俺の頭に浮かんでいたのは、逆境の中でも必死に前を向く彩花の姿だった。
やってみてから――挑戦してみてから、考えれば良いと思う自分がいた。
「自分も、松岡主任と同じで、その後を考えると、不安の方が大きいですが――」
俺は、はっきりと、その言葉を口にした。
「もし、それで認知症が進んだり、さらに大変になったりしたら、その時は、自分たち介護職が、しっかり対応すれば良いだけですよね。そのための介護職で、プロなんですから」
俺のその一言で、方針が決まった。




