第五章ー5
「西条さん、ずっとこんなところに立っていても仕方ないので、一度、椅子に座りませんか?」
「どうぞ、座ってください。わたしは立ってます。ここを開けてもらえれば、一人で帰れますので、お願いします」
ぺこり、と礼儀正しく頭を下げられる。
頭を下げられても、開けることはできない。
「……あ」
ふと、フロアの方へ視線を向けると、廊下の奥、フロアから松岡主任がなにか言いたげな顔でこちらを見ていた。
フロアへ戻ってきて欲しいのだろう。
ここに職員が一人取られているせいで、フロアが手薄になっているのだ。松岡主任の顔には「早く連れ戻せ」と書いてあった。
心の中で「戻りたいのは山々なんです!」と叫んでおく。
俺は西条さんと向き合い、バトルを開始する。
「西条さん、どうして家に帰りたいんですか?」
「子どもが待っているんです」
「子どもさんは、今日仕事が忙しくて、家にはずっと遅くにならないと帰れないそうですよ」
「それなら尚更、ご飯の準備しておかないと」
「ご飯は外で食べて来ると話されていましたよ。心配しなくても大丈夫だと聞いていますので、西条さんも戻りましょう」
「そんな話、わたしは聞いてませんけどね。どうやって聞いたんですか?」
「先ほど、電話がありましたので」
「じゃあ、わたしにも聞かせてください。電話してください」
「分かりました。電話してみますので、一度、あちらへ戻りましょう。お願いします」
「いいえ、ここで待ってます」
「なんでですか?」
「なんでもなにもないでしょう。先に行っててください」
「西条さん――」
梃子でも動かないとはまさにこのこと。
ああ言えばこう言う。
そして少し経つとループする。
これではキリがない。
ボタンの位置を知られてない以上、離園だけを考慮するなら、可能性は低かったが、先日、転倒した件もある。目を離した隙に転ばれたら取り返しがつかない。
「……西条さん、疲れないですか?」
「はい、疲れません」
「お元気ですね」
「元気ですよ」
俺は、その言葉にあははと苦笑いで答える。
こっちの方が余程疲れてしまった。
結局、あまりにも動こうとしないため、松岡主任と、市川園長までもがやってきて、三人がかりで説得し、フロアへ連れ戻した。




