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第五章ー4

     ◆◇◆



「西条さん、皆さんがいるところへ戻りませんか? そろそろおやつの時間ですよ」

 六月末。梅雨もそろそろ終わりの季節だ。

 俺は玄関で西条さんと二人、ぼんやり外を眺めていた。

 しとしとと降る雨は俺の心境を表しているようだった。

「はい、あなたは戻ってください。わたしはここにいますので。お構いなく」

 お構いなく、ではない。

 西条さんは頑として動こうとせず、自動ドアの前でじっと外を見つめている。

 端的に言うなら、悪化していた。

 市川園長が提案した『気を逸らす』方法も、まるで意味を為さず、西条さんの帰宅願望は日に日に強くなっていた。

 当初は、「帰りたいです」と職員に声をかけてくるだけで、その都度説明すれば納得されていたのだが、今では納得せず、聞く耳をもたなくなっていた。

 玄関へ向かう頻度が多くなり、目が離せなかった。

「西条さん、ここは鍵がかかっていて、どちらにしろ外へ出られませんので、とりあえず向こうへ行きませんか?」

「はい、分かってます。開けてください。お願いします」

「申し訳ないのですが、ここは、お客様が来た時以外、開けることができないんです。私たちも規則があるので――」

「そうですか。では開くまで待っていますので、どうぞ、気にしないでください」

「……」

 西条さんにばれないよう、細くため息を吐く。

 ふれあい西家の玄関は、自動ドアではあるが、事業所内から開けるためのボタンは、下駄箱の裏に隠されている。鍵がかかっているわけではなく、ボタンの位置が隠されているため、鍵がかけられているかのように思えるだけだ。

 西条さんのような、帰宅願望が強い方への対策だった。

 御利用者本人の意向に沿い、気持ちに寄り添うことが第一とされる介護の理念からすると、『拘束』、又は『虐待』と捉えられなくもないのだが、ふれあい西家に限らず、こうした対応をしている施設はどこにでもある。

 介護施設において、ある意味、事故や怪我以上に警戒しなければならないのが、『離設りせつ離園りえん行為』だ。読んで字のごとく、その施設、事業所からいなくなってしまうことを指す。職員の目を盗み、玄関や窓から外へ出てしまうのだ。

 認知症を持つ人に発症する『見当識障害』。

 これが、『離設・離園行為』で悪さをする。

 ニュースなどでたまに見る、認知症を持っている人が行方不明になった、という事件はほとんどの場合、これが原因だ。

 家に戻り、火事を起こしてしまう危険などとは別に、そもそも、本人が「家に帰る」と言っても、家に帰れないのだ。見当識障害で方向感覚が狂ってしまっているため、外へ出たとしても、全く逆方向へ突き進んでいったり、自分の家ではない場所を「ここはわたしの家です」と言い張ったりと、『家へ帰るコト』それ自体が、不可能なのだ。

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